表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/42

第5話 ハッタリ王子、策謀をひっくり返す

1.揺れる城内


 王都は「百二十億」の話題で持ちきりだった。

 酒場では大声で「俺は百二十億のひとりだ!」と叫ぶ酔っぱらいが出て、子どもたちは遊びの掛け声を「百二十億!」に変えて走り回っていた。


 兵舎でも変化があった。

 若い兵士たちは「剣を振れば風が出るんだ!」と真顔で稽古し、藁人形が並んでいれば「風よ、吹け!」と叫んで斬りかかる。

 宰相が視察に行くと、藁人形の列がなぜか本当に倒れており、胃がさらに痛んだ。


 だが、こうした熱狂を冷ややかに見つめる目もある。

 王城の奥、豪奢な会議室。

 数人の貴族が、絨毯を踏みしめて集まっていた。


「民が騒いでおる。あの王子のせいだ」

「百二十億? 聞いたこともない数字だ。馬鹿げておる」

「だが、民と兵は本気で信じ始めている」

「……このままでは我らの言葉が軽くなる」


 彼らの懸念は一つだった。

 ――王太子が、民心と兵心を掌握しつつある。


「手を打たねばなるまい。王の前で、あやつを笑い者にすればよい」

「宴を開こう。兵と民を集め、『証明せよ』と迫るのだ」

「虚言であるなら、その場で化けの皮が剥がれる」


 計画は静かにまとまった。



2.仕組まれた宴


 数日後。王宮の大広間。

 煌びやかな燭台が並び、長卓には肉料理と果実酒が山と積まれていた。

 「兵と民をねぎらう宴」と題されたその場は、表向きは和やかだ。だが、陰で動く貴族派の視線は冷ややかだった。


 王太子が現れると、場は自然と静まった。

 兵士や町人は笑顔で迎えるが、貴族たちの目は探るようだ。

 スラウザーは早速肉にかぶりつき、宰相はすでに胃を押さえている。


 やがて、一人の貴族が杯を掲げて立ち上がった。

「殿下! 本日の宴は、あなたの『百二十億』の話を祝い、確かめるための場でもあります!」


 どよめきが広がる。

 貴族の声はさらに高くなる。

「剣を振れば風が起きる――そう仰ったとか。ならば、この場で見せていただきたい!」


 兵士と町人が息をのむ。

 宰相の顔は真っ青になり、スラウザーの手が肉から離れた。



3.挑発の裏


 貴族の狙いは明確だった。

 ここで王太子が失敗すれば、「口だけの王子」という烙印を押せる。

 民心を集めるどころか、笑い者にできる。

 王の目の前でそれが実現すれば、王太子の未来は絶たれる。


 宰相は歯を噛みしめた。

(殿下……ここでしくじれば終わりだ。胃では済まん……心臓が……!)


 だが王太子は微動だにしない。

「風を起こすのは私ではない」


「ほう?」貴族が挑発的に笑う。「ならば誰が?」


「お前たちだ」


 その瞬間、兵士も町人もざわめいた。

 貴族派の顔が強張る。



4.ハッタリの宣言


 王太子は胸を張り、会場を見渡した。

「風は剣だけではなく、声でも起きる。声は空気を震わせる。震えが集まれば、風となる」


 貴族が鼻で笑う。「たわ言を!」


「ならば証明しよう。――皆の者、私の声に続け!」


 王太子は大きく息を吸い込み、叫んだ。

「ハイデニア!」


 兵士と町人が呼応する。

「ハイデニア!」


 さらに王太子が煽る。

「もっとだ! 腹から出せ!」


「ハイデニアァァァァ!」



5.声の風


 その瞬間だった。

 広間に突風が走った。

 燭台の火が大きく揺れ、幕がばさばさとはためき、卓上の皿がガタガタと跳ねる。

 葡萄酒の入った盃が倒れ、赤い液が絨毯に飛び散った。


 兵士と町人の目が見開かれる。

「……風だ」

「声で……風が出た!」


 再び王太子が叫ぶ。

「ハイデニア!」

「ハイデニア!」


 声は一つにまとまり、さきほどより強い風が広間を突き抜けた。

 装飾の布が舞い上がり、貴族の帽子が吹き飛ぶ。



6.宰相の驚愕


 宰相は椅子にしがみつきながら呟いた。

(ありえん……これは群衆心理や錯覚ではない……本当に空気が動いている! 《ハッタリ(極)》は、信じる者が多ければ多いほど、現実をねじ曲げるのか……!)


 胃の痛みを忘れるほどの衝撃だった。



7.貴族派の崩壊


 声の風が収まると、会場は歓声で満ちた。

「殿下万歳!」

「百二十億の嵐だ!」

「俺たちはひとつだ!」


 兵士も町人も、顔を紅潮させて拳を突き上げる。


 貴族派は口を開いたが、声は震えていた。

「こ、これは偶然だ!」

「民が騒いだだけだ!」


 だが誰も耳を貸さない。

 宴は完全に王太子の勝利で終わった。

 貴族たちは屈辱に顔を歪め、席を蹴って去っていくしかなかった。



8.王の視線


 高座に座る王は、静かにその様子を見ていた。

 風が走る瞬間を、この目で確かに見た。

 だが、王の顔は険しかった。

「……ジュニア。お前の言葉は、人を笑わせ、人を立たせる。だが、同時に恐ろしい」


 王はそれ以上何も言わなかった。

 ただ、深く考え込むように眉間にしわを寄せた。



9.夜の回廊


 宴の後、王太子は回廊を歩いていた。

 月明かりの下、スラウザーが横に並び、宰相が少し後ろからついてくる。


「殿下! 今日のはすげえ! 声で風が出るなんて、俺、鳥肌立った!」

「あれは何だったんだろうな。意味が分からん。」


 宰相は額を押さえた。

「……殿下の《ハッタリ(極)》は、常識で測れません。人々が心から信じたとき、それは現実に力を及ぼす。……もしこの力が大陸全土に広まれば……」


 王太子は微笑む。

「ただのハッタリだよ。たまたまだ」


 三人の影が月明かりに伸び、やがて夜の闇に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ