第42話 神は、世界を使う
◆1 神が去った後
神の姿が消えたあと、国境には妙な静けさが残っていた。
風は吹いている。
草も揺れている。
だが、どこか“作られた景色”のようだった。
「……消えた、よな?」
スラウザーが周囲を見回す。
「ああ。ただし、逃げたわけじゃない」
ラウドは空を見上げた。
「次は“間接的”に来る。
ああいう連中は、自分の手を汚さない」
ゼノヴァンが低く唸る。
「友よ。
世界そのものに、悪意が混ざり始めている」
アウグスベルグはマントを翻した。
「帰るぞ。
城が無事とは限らない」
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◆2 最初の異変
王都に戻る途中、異変は起きた。
「……おかしい」
リディアが足を止める。
「遠見に……ノイズが混じっています」
「ノイズ?」
「はい。
本来見えるはずの街の一部が、歪んで……」
その瞬間。
——ドンッ!
遠くで、重い音が響いた。
「爆発……?」
スラウザーが歯を食いしばる。
「殿下、城下だ!」
走る。
見えてきたのは、崩れた倉庫と、集まる人だかり。
幸い、死者はいない。
だが、人々の顔は青ざめていた。
「な、何が起きたんだ……」
「急に……地面が揺れて……」
ユリウスが駆け寄る。
「殿下!
同時刻に、国内三か所で似た事象が!」
「狙ってるな」
アウグスベルグは即断した。
「これは偶然じゃない。
“神の警告”だ」
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◆3 神のやり口
会議室。
地図の上に、印が増えていく。
「地震。
突風。
井戸の水が一時的に枯れる……」
ユリウスがまとめる。
「どれも致命的ではない。
だが、確実に不安を煽る規模です」
ラウドが鼻で笑った。
「見せしめだな。
“言うことを聞かないと、こうなる”って」
リディアが唇を噛む。
「しかも……神の力を使っているのは、
アトラシアの神官たちです」
「つまり——」
アウグスベルグが言う。
「神は“手足”を持った。
国を使ってくる」
スラウザーが拳を握る。
「潰すか?」
「ダメだ」
即答だった。
「それをやった瞬間、
“神に逆らう魔王の国”が完成する」
ゼノヴァンが頷く。
「相手の土俵に立つな、ということか」
「そうだ。
神は“信じる者”を盾にする」
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◆4 勇者の迷い
その夜。
勇者は、一人で中庭に立っていた。
剣を見つめる。
神の声は、まだ耳に残っている。
(……俺は……神を裏切ったのか?)
だが、あの場面を思い出す。
子どもたち。
笑う人々。
魔族と人が、普通に話す街。
(……あれを、壊せって……?)
背後から足音。
「眠れないか」
アウグスベルグだった。
「……はい」
「なら、正解だ」
「え?」
「迷わない奴は、考えてない。
迷うってことは、自分で選ぼうとしてる」
勇者は拳を握る。
「俺は……どうすれば……」
「決めるな。
今は“見る”だけでいい」
「見る?」
「神が何を壊そうとするか。
それを、ちゃんと見ろ」
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◆5 神の次の一手
翌日。
アトラシアから、布告が届いた。
『神の声は告げる。
ハイデニアに異変あり。
これは天罰の前触れである』
城下がざわつく。
「天罰……?」
「やっぱり神の怒りじゃ……」
不安が、静かに広がる。
その様子を、城の高台から見下ろしながら。
「……来たな」
アウグスベルグは呟いた。
「殿下、どうします?」
ユリウスが問う。
アウグスベルグは、迷わなかった。
「見せる」
「何を?」
「“神のいない世界でも、
人は生きていける”ってことを」
ラウドが口角を上げる。
「つまり?」
「神に頼らず、
自分たちで問題を解決する」
スラウザーが笑った。
「燃えるじゃねぇか」
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◆6 理で対抗する国
その日から、動きが変わった。
地震が起きれば、
即座に原因を調べ、補強をする。
水が減れば、
魔法と技術で代替を用意する。
不安が出れば、
情報を隠さず、すべて説明する。
リディアの遠見で、
全てを国民と共有した。
「神の罰ではありません」
「原因と対処は、こちらです」
人々は最初、怯えた。
だが——
「……あれ?」
「神、関係なくね?」
少しずつ、気づき始める。
神が“壊そう”としているものを、
人が“直している”ことに。
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◆7 神の苛立ち
アトラシア大神殿。
神官たちが跪く。
「……神よ。
人々の信仰が……揺らいでおります」
沈黙。
そして、低い声。
『……ならば……
次は“選別”だ』
神官たちが息をのむ。
『信じる者と、信じぬ者を分けよ』
その言葉が、世界に波紋を広げていく。
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◆8 王太子の宣言
ハイデニアの広場。
アウグスベルグは、国民の前に立った。
「神は、選別すると言っている」
ざわめき。
「だが、先に言っておく」
声は、はっきりしていた。
「この国で、
神に従うかどうかで
人の価値は決まらない」
静まり返る広場。
「信じるなら信じろ。
信じないなら信じるな」
そして、言い切った。
「——それでも、
俺は全員を守る」
一瞬の沈黙のあと。
誰かが、拍手した。
それは小さく、だが確かに広がっていく。
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◆9 戦いの形
夜。
城のバルコニーで、仲間が集まる。
「殿下、これはもう……戦争では?」
ユリウスが言う。
「そうだな」
アウグスベルグは頷いた。
「でも、剣の戦争じゃない」
空を見上げる。
「“考える力”の戦いだ」
勇者が、静かに言った。
「……俺も、
考えていいですか」
「もちろんだ」
アウグスベルグは笑った。
「それが、一番の武器だからな」
遠くで雷が鳴る。
神はまだ、動いている。
だが——
人も、もう止まらない。




