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第41話 神は、そこにいた

◆1 神の国の境界


 アトラシアとの国境は、奇妙な場所だった。


 空は晴れているのに、光が鈍い。

 風は吹いているのに、音がない。


 まるで世界が一枚、薄い膜で隔てられているようだった。


「……嫌な場所だな」


 スラウザーが低く呟く。


「空気が重い。殴れる相手なら楽なんだが」


 ラウドは目を細めた。


「これは“戦場”じゃない。信仰の中だ。理屈が歪む」


 ゼノヴァンが空から降りてきて、低く唸る。


「友よ。ここには……強い“意志”がある。生き物じゃない」


 アウグスベルグは一歩前に出た。


「神、か」


 その声に、世界が応えた。


 ——ゴォ……。


 音とも振動ともつかないものが、地面から湧き上がる。


 国境線の向こう。

 白い光が集まり、人の形を取り始めた。


 顔はない。

 目も口もない。

 だが、確かに“見られている”。


『……人の王太子よ』


 声は、頭の中に直接響いた。


『我が理を乱す者よ』


 勇者が震えた。


「……この声……」


 膝が自然と落ちそうになるのを、必死でこらえる。


 だが——


「やめろ」


 アウグスベルグの声が、はっきりと割り込んだ。


「俺に話しかけるなら、俺に話せ。仲間に触るな」


 一瞬、沈黙。


 そして、神の声が低くなる。


『……傲慢だな』


「違う。普通だ」


 アウグスベルグは、まっすぐ前を見た。


「話すなら、対等に話せ。それが理だ」



◆2 神の論理


 光の人型が、少し形を変えた。


『我は秩序。

 我は正しさ。

 魔族は排除されるべき存在』


 リディアが息をのむ。


「……神殿の教義そのまま……」


 アウグスベルグは首をかしげた。


「質問いいか」


『許可しよう』


「なんで排除する?」


 間。


『人と異なるからだ』


「それだけか?」


『それだけで十分だ』


 アウグスベルグは、小さく息を吐いた。


「それ、ただの好き嫌いだな」


 空気が、軋んだ。


『……我を侮辱するか』


「事実を言ってるだけだ。

 違い=悪、ってのは短絡的すぎる」


 神の光が強まる。


『理を語るな。

 理は我のものだ』


 その瞬間。


「違うな」


 ラウドが前に出た。


「理は“結果”だ。

 神が言ったから正しい? 笑わせる」


 スラウザーが肩を鳴らす。


「殿下。この“神様”、話が長ぇ」


 ゼノヴァンが翼を広げる。


「友よ。こやつは“選ばない”。

 決めつけているだけだ」


 神の声が、初めて揺れた。


『……竜が……魔王が……

 なぜ人の王に従う』


 アウグスベルグは、即答した。


「従ってない。

 一緒に歩いてるだけだ」



◆3 最初の攻撃


『……ならば、力で示せ』


 光が、膨張した。


 空間が歪む。

 大地が沈む。


 神の“手”が、形を持って振り下ろされた。


「来るぞ!」


 スラウザーが前に出る。


 だが——


 拳は、届かなかった。


 触れた瞬間、力が抜ける。


「……殴れねぇ……?」


 ラウドが魔力を放つ。


 影が走る。


 ——消えた。


「効かないな。

 物理でも魔法でもない」


 神の声が響く。


『我は概念。

 壊せるものではない』


 勇者が叫んだ。


「……やっぱり……勝てない……!」


 そのとき。


「だから、殴らない」


 アウグスベルグが、一歩前に出た。


「壊さない。

 “問い返す”」


 神の光が止まる。


『……何?』


「お前は正しさを名乗る。

 じゃあ聞く」


 アウグスベルグは、はっきり言った。


「今のハイデニアで、誰が不幸だ?」


 沈黙。


「魔族か?

 人間か?

 子どもか?

 老人か?」


 リディアが“遠見”を展開する。


 映るのは、街。

 働く者。

 笑う者。

 泣いて、支えられて、立ち上がる者。


「ここには、争いはない。

 不満はある。問題もある。

 でも——」


 アウグスベルグは言い切った。


「排除しなきゃならない存在はいない」


 神の光が、初めて揺らいだ。


『……それは……』


「答えろ」


 アウグスベルグは、神を見据える。


「“神の理”とやらは、

 この現実より正しいのか?」



◆4 神の沈黙


 長い沈黙。


 光が、弱くなる。


『……我は……』


 神の声が、途切れた。


 勇者が、はっと顔を上げる。


「……声が……薄い……」


 ラウドが低く笑う。


「効いてるな。

 殴られるより、ずっと」


 ゼノヴァンが静かに言う。


「友よ。

 これは戦いだ。

 だが武器は“理”だ」


 神の声が、かすれる。


『……人は……変数だ……

 予測できぬ……』


「だから面白い」


 アウグスベルグは、そう言った。


「神が管理する世界より、

 人が考えて選ぶ世界の方がな」


 光が、砕けるように散り始めた。


 完全には消えない。

 だが、力は明らかに落ちている。


『……次は……違う形で……』


 その声を最後に、神の姿は霧のように薄れていった。



◆5 戦いは終わっていない


 静寂。


 風が、戻る。


 勇者は、その場に座り込んだ。


「……勝った、んですか……?」


 アウグスベルグは首を振った。


「いや。

 “殴り合いを始める前段階”が終わっただけだ」


 スラウザーが笑う。


「神様相手に、よくそんな冷静でいられるな」


「冷静じゃない。

 ただ、逃げなかっただけだ」


 リディアが、そっと言う。


「殿下……今、はっきり見えました」


「何が?」


「殿下の“力”が。

 ……前より、はっきり」


 アウグスベルグは苦笑した。


「それは困るな」


 だが、空を見上げる目は真剣だった。


「神は、まだ引いてない。

 次はもっと露骨に来る」


 ラウドが頷く。


「“神の軍”か、“神そのもの”か……

 どちらにせよ、面倒だ」


 アウグスベルグは、仲間を見渡した。


「それでも行く。

 ここで止まったら、今まで全部が嘘になる」


 誰も反対しなかった。


 こうして——

 神との戦いは、正式に始まった。

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