表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/42

第4話 ハッタリ王子、国内をまとめる

1.王の間――父と子


 朝。王城の長い廊下を、王太子アウグスベルグ・ハイデニアJr.は真っ直ぐ進んだ。

 昨日の「百二十億」の話は、一晩で城と街に広がっている。門番も台所の女たちも、ひそひそとその数字を口にした。


 王の間。

 王――アウグスベルグ五世は重い玉座に腰を下ろし、息子を見据える。宰相は横で、いつものように胃を押さえていた。


「ジュニア。昨日の件だ」

 王の声は低い。

「五千の敵軍が混乱したのは事実だ。だが百二十億とは何だ。国を危うくする言葉は慎め」


 王太子は一歩前へ。

「父上。私は嘘は言っていません。兵の心がひとつになれば、数は百二十億を超えます」


「心が数を超えるだと?」


「広すぎると、声が遠くなる。遠い声は声ではなくなる。――だから私は、近くで同じ声をそろえます。百人が同じ声で叫べば千に聞こえる。千がそろえば万に見える。兵の心も同じです」


 王は黙る。理屈は変だ。だが昨日は勝てた。

「……お前の言い回しは妙だ。だが、兵も民も動いた。今は結果を見よう。――ただし、責任は取れ」


「かしこまりました」


 王太子は下がりかけて、振り向く。

「今日から三日、街と訓練場を回って声をそろえます」


「好きにやれ。ただし、荒らすな」


「荒らしません。整えます」


 宰相は(言い方が怖い)と心でつぶやき、あわてて後を追った。



2.市門前――民の声をそろえる


 王都の南門前は、朝から人でいっぱいだった。八百屋、魚売り、鍛冶屋の若者、子ども、旅人。

 王太子が木箱の上に立つと、ひと目で静まる。スラウザーは後ろで腕を組み、宰相は人垣の端で胃を押さえる。


「みんな。税は重いか?」


「重い!」

「麦も魚も値が下がってる!」

「冬がこわい!」


 王太子は大きくうなずく。

「重い税は、軽い税より軽い」


「???」と首がかしげられる。


「一人で米俵は重い。十人なら軽い。百人なら笑って運べる。税も同じ。みんなで担げば軽い」


 笑いと拍手。

 王太子はさらに続ける。


「それから――順番だ。

 今つらい家は今月は軽く。余裕のある家は少し多く。来月は入れ替える。紙に書いて、広場に貼る。みんなで見て、間違いは赤で直す。隠さない」


 宰相ははっと顔を上げた。(具体だ……掲示の段取りで、体感は確かに軽くなる!)


 八百屋が叫ぶ。「そんなので本当に軽くなるのか?」

「感じが軽くなる。感じが軽いと、手が動く。手が動けば、物が動く。物が動けば、税は軽くなる」


 魚売りの女性が挙手。「港の横流しは? 密売人が得してる」

「港は灯りを増やす。見張りの交代を短く。船は入港順に札を渡す。番号は広場に掲示。――見えるものは、不正になりにくい」


 「なるほど!」の声。

 スラウザーがうんうんとうなずき、宰相は書記官へ視線で合図した。板札・掲示の手配が走る。


「最後に、百二十億の話」

 ざわっ。

「魚も鳥も虫も、味方だ。だが、彼らを動かすのは人の手。港は網を直す。倉庫は鳥よけの網。畑は虫よけの煙。これをやる。やれば、百二十億は今日も働く」


 子どもが「蟻にも敬礼ー!」と叫び、母親に軽く叱られて笑いが起きる。

 宰相は(言葉は軽い。だが、段取りは重い。これは使える)とメモを増やした。



3.寄り道――一言で止まる口げんか


 広場を離れると、荷車同士がぶつかって口げんか。

 樽の商人と干し草の農夫が道の真ん中でにらみ合う。


「どけ! こっちは腐る!」

「こっちも腐る!」


 王太子は間に入った。

「腐る順番は見える。匂いが先だ。強い方が先」


 二人は思わず鼻を近づける。樽の方が酸っぱい。

 商人が「確かに」と先に通り、農夫も笑って道を開けた。

 宰相は(意味は薄いのに、ちゃんと止まる……)と内心首を傾げ、スラウザーは親指を立てる。



4.王城の中庭――貴族への一撃


 正午。王城の中庭で有力貴族がざわつく。

 「見える税」や「掲示」が利権に触れるからだ。


 一人が皮肉を込めて進み出る。

「殿下。見える税など町を騒がせるだけ。紙は風で飛ぶ。数字は変わる。民はすぐ忘れる」


 王太子は笑わない。

「見えないものは、もっと飛ぶ」


 相手の目が泳ぐ。

「飛んだ先がお前の懐なら最悪だ。紙は飛ぶ。だから板に書く。板は飛びにくい。数字は変わる。だから変わったら赤で直す。民は忘れる。だから翌朝も貼る」


 沈黙。乾いた笑い。何人かは舌打ちしたが、反論はなかった。

 宰相は胸の中で拍手。(これなら通せる!)



5.訓練場――殿下の眼前で「風」が走る


 午後。訓練場。

 兵が整列し、教官が見守る。昨日の噂で、みんなの目が光っている。

 王太子は列の真正面に立った。スラウザーは最後尾、宰相は端で胃を押さえる。


「剣は抜かずに振れ。振れば風が起きる。風は敵を倒す」


 半信半疑の兵たちが、鞘に入れたまま剣を振った――その瞬間。


 ごうっ。


 訓練場の空気がまとめて押され、砂埃が円を描き、藁人形が三体いっぺんに倒れた。

 周囲の旗がはためき、兵の前髪が後ろへ流れる。


「な、なんだ今のは!」

「ほんとに風が……!」


 王太子は眉一つ動かさない。

「見えるように言えば、見える。見えれば、できる」


 今度は掛け声と同時に、全員で振る。

 ごごっ。さっきより強い。倒れた藁人形が転がり、教官が思わず後ずさる。


 宰相は目を疑った。

(ば、馬鹿な……これは偶然じゃない。殿下の目の前で起きている。《ハッタリ(極)》が本当に現実を動かした……!)


 スラウザーは拳を握りしめて叫ぶ。

「殿下の言葉は力だ! 俺たちは百二十億の兵だ!」



6.列・重さ・弓――簡単な言葉で強くなる


 王太子は続ける。

「盾は重いか? 重い盾は軽い盾より軽い。三人で一枚。交互に持て。走るのは一人、二人は休め。重いものほど分ければ軽い。敵には運ばせろ。ぬかるみ、坂、砂へ誘導しろ」


 兵がうなずく。

 王太子は白い紐を取り出し、地面に張る。

「列から出るな。出たら負け。歩け。走れ。止まれ。もう一度」


 最初はバラけた列が、三巡目には細い線になって走った。

 教官が低く唸る。「列が崩れない……」


「弓。狙うな、そろえろ。吸う、止める、三拍。一斉に放て」


 シュッ。

 矢は同じ高さで並び、藁の的の胸に横一線で突き刺さる。支柱が外れ、的は倒れた。

 小さな歓声が波のように広がった。



7.新兵の一歩――「速さは先に置け」


 端に、いつも遅れがちな若い新兵。おそるおそる手を挙げる。

「殿下……自分は遅いです。どうすれば速くなれますか」


「速さは、先に置け」

「先に……置く?」

「自分の前に見えない足を一本置け。そこに体を乗せろ。置いたら次を置け。置けば遅れない」


 新兵は言われた通りに走る。三歩ぎこちない。四歩目、彼の体が前へ吸い寄せられ、列の先頭に出た。

 並走の同輩が目を剥く。砂埃の中に、一瞬細い風の筋が見えた。


 宰相は喉を鳴らす。(やはり……現実が寄っている!)



8.古参兵の反発――十秒で掌返し


 腕太い古参兵が前へ。

「殿下。言葉で戦は勝てません。剣に血、盾に傷。そこに真実がある」


「その通り。だから、先に言う。剣に血がつく前、盾に傷がつく前に、列を作る。列がある場所に、負けは来ない。真実は後から来る」


 古参兵の眉が動く。

 王太子は白い紐を渡す。

「二十歩進め。二十歩戻れ。崩すな」


 走る。戻る。列は崩れず、息も乱れない。

 古参兵は無言で敬礼した。「了解」


 どよめき。宰相は心の中で叫ぶ。(いちばん頑固な男を、十秒で味方に――!)



9.兵站の三つ――パン・水・光


「パンは切るな。割れ。線で切ると腹が減る。割れ目は大きいが、満足する」

「水は重い。汲む人を替えろ。若者→年寄り→女。同じ人にやらせるな」

「光は味方。灯りは列の上に置け。明るい列は揃い、暗い列は崩れる」


 短い。覚えやすい。やってみようと思える。

 教官は手帳を開き、宰相はメモを増やし、スラウザーは「パン割るの楽しみ!」と笑った。



10.城内の小騒動――笑って消す


 夕方、廊下で若い騎士が口論。

「俺のほうが剣が速い!」

「いや俺だ!」


 王太子が手を叩く。

「速さは置け。二人とも同じ場所に速さを置け。交互に乗れ。先に笑ったほうが勝ち」


 交互に一歩ずつ踏み出す二人。五歩目で、どちらからともなく吹き出した。

 勝負はそこで終わった。

 宰相は(分からないのに、ちゃんと止まる……)と胃をさすり、スラウザーはニッと笑った。



11.夜の評議――言葉に「梁」を足す


 夜。小広間に王太子、宰相、スラウザー、各部署の責任者が集う。

 王太子は地図に手を置いた。


「今日の言葉を紙にする。明日から板にする。貼る場所は広場・港・兵舎。

 港:入港札、番号を大きく。抜かしたら赤。

 倉庫:鳥よけの網。太さ親指。

 畑:虫よけの煙。湿らせた藁と草。

 兵舎:白い紐。朝夕の列訓練。

 税:順番表。苦しい家は青、余裕のある家は黒。翌月は入れ替え」


 宰相が頷く。

「人手が要ります」

「いる。だから人を増やす。紙は書記。板は大工。札は子ども。役割を分ける。分ければ軽い」


「分かりました。今夜中に文を回します。梁を足しましょう。言葉の分だけ梁を足せば、言葉は倒れません」


 スラウザーが挙手。

「俺は兵に防虫布と白い紐と、割るパンを配る!」

「パンは厨房だ」

「了解!」


 笑いが起き、短く終わる会議。

 王太子は締める。

「明日も、同じことを言う。同じ言葉は、強くなる」



12.王の言葉――父の評価(報告の調整済み)


 夜更け。

 王は書見台の前で書状に目を通し、近侍に問う。


「今日、城下は賑やかだったそうだな」


 近侍は深くうなずく。

「はい。殿下が広場で演説をなされ、人々は笑いと拍手で応えました。さらに訓練場では、殿下の目の前で兵が一斉に剣を振り、本当に風が走ったと……多くの者が見ております」


 王は小さく笑う。

「風、か。……昔、わしも若い頃、風を起こしたと言われた。実際は皆が一度に走っただけだ。――あやつは、それを言葉で揃えたのだな」



13.月下の三人――次の合図


 南塔の回廊。月が薄い。

 王太子は街の灯を見下ろし、スラウザーは背伸び、宰相は板と札の束を抱えて歩く。


「殿下。今日、兵が自分から走ってました。列も崩れない。初めて見ました」

「言葉を先に置くと、体がついてくる…と思う」

「明日は何を置く?」

「分からん。ハッタリだからな」


 宰相が微笑む。

「広場と港の掲示は明朝から。順番表は青と黒で作成済み。兵舎の白い紐も準備完了。厨房には割るパンを頼みました」


「早いな、柱」

「胃が痛いと、仕事が速いのです」

 スラウザーが笑う。「じゃあ、ずっと――」

「やめてくれ」


14.城下の夜――広がる「合図」


 大工は板を削り、子どもは番号札を紐に通し、台所ではパンが割られていく。

 港の見張りは灯りを列の上に移し、倉庫の梁には太い網。

 畑の端で湿らせた藁に火が入り、薄い煙が静かに立つ。


 人々は気づく。

 ――今日は、やることが分かりやすい。

――誰が何をするか、書いてある。

――順番がある。

 それだけで、足取りが軽くなった。


「百二十億って、本当にあるのかね」

「あるさ。俺が一人で二に見えるなら、百二十億の一部だ」


 二人は笑い、灯りの下を歩いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ