第32話 屈辱の精算
1 スラウザーの逆襲
スラウザーは身体強化の魔法をかけると数十人をまとめて吹き飛ばした。倒れた護衛の髪を掴み、石畳に叩きつけた。
「爺さんを殴ったよな。子供を泣かせたよな」
彼が指を鳴らすと、地面の隙間や建物の影から、無数の虫が這い出した。
蟻、ムカデ、甲虫……黒い波が一斉に護衛の体を覆い尽くす。
「ぎゃああああっ!」
噛みつかれ、這い回られ、全身を食い荒らされるかのような痛みに、護衛は絶叫した。
スラウザーは冷ややかに吐き捨てる。
「自業自得だな」
⸻
2 ゼノヴァンの影と怒り
ゼノヴァンは低く唸り、影を広げた。
「……守護する者を傷つけた報いだ。精算してやる」
影から放たれた魔力が護衛団を包み込む。
次の瞬間、護衛の一人が目を見開き、喉を裂くような悲鳴をあげた。
「うぎゃあああああっ!」
それは【痛覚倍増】の魔法だった。半年間で魔法を使えるようになったのは、ゼノヴァンも同じだった。
守護竜の自分がなぜ人を苦しめる為の魔法を習得したのかは分からなかった。使うつもりもなかった。だが、「精算」を行う際にここまで適した魔法はない。
「必然か…」これも友の力によるものだと無理矢理納得した。
最初は二倍。次は五倍。そして十倍。
かすり傷さえ、骨を砕かれるような痛みに変わる。
やがて護衛は白目を剥き、気絶した。
ゼノヴァンは小瓶のポーションを投げつけ、治癒の光で傷を癒す。護衛は息を荒げながら意識を取り戻すが、次の瞬間また悲鳴をあげる。
「百回謝るまで許さんぞ! 我の守護する国民を、貴様らごときが踏みにじって!」
憤慨した声が広場に響き、影がさらに締め上げた。
⸻
3 ラウドの悪夢
魔王ラウドは冷たい視線を敵に向け、指をひと振りした。
「貴様らには、永遠に終わらぬ苦痛を」
護衛たちの瞳が一斉に虚ろになり、絶叫が響く。
彼らの脳裏には、切り刻まれる悪夢の世界が延々と流れ込んでいた。
一太刀、また一太刀。肉を裂かれ、骨を削がれ、何年も続く幻の苦痛。
ほとんどの者は涎を垂らし、意識を手放しかける。
それでも気絶せず耐える数人に、ラウドは口の端を吊り上げた。
「まだ保てるか……ならば、さらに深く沈めてやろう」
悪夢が強まり、彼らは泣き叫んで地面に頭を打ち付けた。
痛みにのたうち、悪夢に怯え、虫に覆われたポルトスの兵たちが広場に散らばる。
泣き叫び、地を転げ回る彼らを前に、国民の表情は複雑だった。
怒りと歓喜が入り混じり、しかし同時に胸の奥を抉るような痛みもあった。
4 精算の終わり
その中で、一人の若い娘が声を張り上げた。
「――もう十分です!」
場が揺れる。皆が一斉に娘を振り返った。
恐怖に震えながらも、必死に言葉を続ける。
「殿下……! ラウド様、スラウザー様、ゼノヴァン様……! あなた達のそのような姿は、見たくありません!」
涙に濡れた声が、広場の石畳に響き渡る。
それは一人だけではなかった。
老いた男が震える声で、子どもが泣きながら、次々に同じ言葉を叫ぶ。
「もう……もう十分だ!」
「殿下、俺たちは……救われたんだ!」
「だから……これ以上は……!」
広場に溢れるのは怨嗟ではなく、切なる願い。
その叫びに、王太子は深く息を吐いた。
そして、ラウド、スラウザー、ゼノヴァンと目を見合わせる。
三人は同時に口を開いた。
「……これで勘弁してやろう」
声は低く、しかし確かに怒りを抑え込む決意に満ちていた。
広場の空気が、張り詰めた糸が切れたように和らいでいく。
民の声が、最後の一線を止めたのだ。
痛みに呻くポルトスの兵たちは、もはや立ち上がることすらできなかった。
虫に覆われた者は涙と涎を垂らし、悪夢に苛まれた者は虚ろな目で空を見つめ、痛覚を増幅された者は嗚咽と悲鳴を繰り返す。
彼らの威勢は完全に砕かれていた。
王太子は静かに広場を見渡し、ゆっくりと手を下げた。
「……国民を辱めた罪は、これで精算した。もう十分だ」
その声に、国民たちの肩が一斉に震える。
誰からともなく、涙を流しながら膝をつき、深く頭を垂れた。
「殿下……!」
「私たちは救われました……!」
「命より大切な誇りを、取り戻してくださった……!」
嗚咽混じりの声が次々に広場を埋め尽くす。
涙を流す老女の手を孫が握り、男たちは拳を強く胸に当て、子どもたちは目を輝かせて王太子を見上げた。
その中で、王太子アウグスベルグは背筋を伸ばし、ただ一言、穏やかに告げた。
「――これからも、俺はお前たちを守る」
その瞬間、広場を埋め尽くしていた国民たちの嗚咽は歓声へと変わり、ハイデニアの夜空を震わせた。
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