第3話 ハッタリ王子、百二十億の軍勢を動員する
国境の危機
朝の会議で、宰相は青い顔をして報告した。
「知らせです! ザルツベルグ軍が五千の兵を国境に集めました。表向きは演習ですが、実際は脅しでしょう。村人は逃げ出し、港の商船も出港を止めています!」
重臣たちはざわめいた。
この国の兵は三万しかいない。そのうち国境に回せるのは二千。五千の軍を止めるのは不可能に近い。
だが王太子アウグスベルグ・ハイデニアJr.は落ち着いていた。
「使者を呼べ。こちらから条件を出す」
宰相は胃を押さえた。
(条件を出す? こっちは小国で、向こうは三千万でこちらは八百万だぞ? 胃が……!)
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使者との再会
海風の間に現れたのは、前と同じザルツベルグの使者だった。
今日は随員が四人に増えている。勝ちを取りに来た顔だ。
「我らの要求は四つだ。アシェルの割譲、通行税の撤廃、漁業権の優先、それから港で壊れた我が商船の修繕費の負担。すべて呑め」
重臣たちは真っ青になった。
アシェルは豊かな漁村、通行税は国の収入源。漁業権と修繕費まで取られたら、この国は干上がってしまう。
スラウザーが立ち上がり、机を叩いた。
「ふざけんな!」
しかし王太子が手を挙げると、場は静まり返った。
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ハッタリ炸裂
「五千? 少なすぎるな」
使者が眉をひそめる。
「なんだと?」
「こちらが本気を出せば、一夜で一億は集まる」
会議の空気が止まった。
宰相は頭を抱えた。(い、一億!? どこから……!?)
使者は鼻で笑う。
「馬鹿を言うな。お前たちの兵は三万だろう」
王太子は平然としたまま言った。
「数え間違いだ。我らは三万ではない。――百二十億だ」
「狂言だ!」使者が叫ぶ。
王太子はまっすぐに答えた。
「**この国に生きるすべての生物が兵だ。**蟻も鳥も魚も虫も、猫も犬も、畑のミミズも。国を害するなら、すべてが立ち上がる」
宰相:「?????」
(殿下……数字という概念を放り投げた……! 胃が……!)
スラウザーは感動して拳を握った。
「なるほど! 虫も兵士!」
兵士たちも「百二十億!」「勝った!」と大盛り上がり。
随員たちは顔をしかめた。
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偶然の幸運
そのとき、角笛が鳴り、伝令が走りこんできた。
「報告! 国境のザルツベルグ軍、補給列が崩れて大混乱! 馬が暴れ、荷物が散乱しています!」
使者が怒鳴る。「整理しろ!」
王太子は静かに頷いた。
「ひとつ目だ」
兵士たちはざわめき、スラウザーは「きた!」と拳を握った。
宰相は胃を抱えた。(お願いだから違う偶然であってくれ!)
「偶然だ!」使者は声を荒らげた。
「では海はどうかな?」
王太子が窓の外を指差す。
そこに――魚の大群が現れた。
「群来だ!」見張りが叫ぶ。
港にいた小舟が魚の群れにぶつかって横転した。兵が海に落ち、樽や槍が漂う。
桟橋にしがみついた兵の足元を、魚がうねって通り過ぎ、悲鳴が上がる。
「ふたつ目」
使者は顔を青ざめさせる。
「魚ごときで!」
「では空は?」
今度は鳥の群れが押し寄せた。
干し肉の匂いに誘われ、頭上を旋回し、兜や弩に羽毛を絡める。
「目が!」「弦に絡んだ!」と叫ぶ兵士たち。
陣形はあっという間に崩れた。
「みっつ目」
スラウザーは涙目で「殿下……百二十億が動いてます!」と叫んだ。
「では陸はどうだ?」
その声と同時に、地面がざわめき出す。
草地から現れたのは――バッタの群れ。
騎兵の馬が怯え、兵士は顔を払い、盾を捨て、剣を空振りし、味方に当たり怒号が飛ぶ。
鍋には数秒で虫入りスープができあがり、誰も喜ばない。
「よっつ目」
兵士たちは呆然としながらも、「本当に百二十億が……」と信じ始めた。
宰相は胃の痛みで倒れそうだった。
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勝利と熱狂
ザルツベルグ軍五千は、死者こそほぼ出なかったが、半分以上が戦闘不能になり、撤退を余儀なくされた。
使者は蒼白になり、呻く。
「……本日のところは持ち帰る」
随員を連れて退室した。
扉が閉まると同時に、兵士たちの歓声が爆発した。
「殿下万歳!」
「百二十億の軍勢!」
「やっぱり《統治》と《幸運》の極だ!」
スラウザーは王太子の肩を掴む。
「殿下! 俺、明日から虫にも百二十億回敬礼する!」
「やめろ。踏むから」
宰相は机に突っ伏し、「数字という概念を返してください……胃と一緒に……」と呻いた。
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その夜
夜、王太子は月を見ながらつぶやいた。
「……百二十億。……言いすぎたな」
宰相が後ろから答える。「だいぶです」
二人は思わず笑った。
スラウザーが大あくびをしながら聞く。
「明日は何を動員する?」
「言葉だ。いつも通り」




