第28話 魔法の灯(ひ)
1 国が大きくなる
城の高台から見下ろす王都は、前よりずっとにぎやかだった。
新しい屋根が増え、道は広くなり、荷を積んだ馬車が列を作る。市場では人間も魔族も声を張り、港には大きな船が三隻も並んでいる。
人口は、ついに二千万を超えた。移住してきた人たちと、帰ってきた人たちで、町は毎日ふえていく。
パン屋の兄ちゃんが言う。「粉が足りねぇ、でも嬉しい悲鳴だ」
鍛冶場の親方が言う。「注文が追いつかねぇ。若いの、腕を上げろ!」
広場の掲示板には、仕事の札がびっしり。見張り台の番、港の荷運び、畑の用水、学校の手伝い……。
誰もが分かっていた。国が、本当に大きくなっている、と。
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2 王太子の演説
昼。王都の広場。
太鼓が鳴り、人々が集まる。兵の列の横には魔族の列も並び、子どもたちが最前にしゃがみこんでいる。
王太子アウグスベルグが、いつもの笑顔で壇に立った。
「聞いてくれ。勇者だけが魔法じゃない。魔王ラウドも攻撃魔法を使う。つまりだ――」
王太子は右手を高く挙げ、きっぱり言った。
「ハイデニアの国民も、魔法を使えるようになる!」
どよめき。
「まさか」「本当に?」「オレたちが?」と声が走る。
王太子はうなずいた。
「やり方はむずかしくない。“正しくこわがって”“正しく信じる”。それだけだ。あとは感覚だ」
ユリウスが眉をひそめる。(また感覚と言った……!)
だが群衆は、なぜか納得して笑った。「感覚か!」「分かる気がする!」
「師はラウドだ。短く、強く、教えてもらう。失敗は笑え。危ないことはするな。命は一つだ。いいな?」
「おう!」と広場が揺れた。
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3 はじめての授業
その日の午後、城の訓練場。
黒い外套の魔王――ラウドが前に立つ。目だけがよく光る。
「まず、身体の中の“火”を見つけろ。呼吸で上下する、温度の山だ。そこに形をつけ、狙いを決め――」
五分で兵の半分が固まった。
「むずい」「何言ってるか分からねぇ」
ラウドはため息を押し殺して続ける。「では別の言い方を。内の気配と外の気配を重ね――」
王太子が横から手を挙げた。
「結局は感覚だ。胸の奥が“いまだ”って言った瞬間に、ほんの少し前に押し出す。やさしく、でも迷わず。以上!」
兵たちの顔が、一斉に晴れる。
「それならいけそうだ」「分かった気がする!」
スラウザーが一歩前へ。
「殿下が言うなら間違いねぇ。やってみる」
スラウザーは目を閉じ、息を一つ。
次の瞬間、足元の砂が“ドン”と沈み、彼の体がふっと軽くなった。
「お……おおっ、体が走りたがってる!」
踏み込み。一直線。木人をすり抜ける速さで駆け、地面に深い足跡を残す。身体能力の強化だ。
「もう一個。火だな」
スラウザーは親指と人差し指をこすり、指先を見つめる。
ちいさな炎が“チッ”と灯り、指一本ぶんだけ揺れた。
「出た!」
兵たちがどよめき、子どもたちが跳ねる。「燃えた! 燃えた!」
その後ろで、ラウドの瞳がわずかに揺れた。
「……あり得ん」
彼は思わず前に進み、スラウザーの手を見つめる。
「魔法は“理”を理解し、式を重ねて初めて形になる。感覚だけで発動するなど……聞いたことがない」
周囲の兵士たちは何のことか分からず首をかしげるが、ラウドの声は真剣だった。
そして、ふっと視線を壇上の王太子へ向ける。
(主の言葉……“感覚だ”と。それを信じた者にだけ、理を越えて魔法が形になるのか……)
ラウドは胸の奥に冷たい戦慄と、熱い期待が同時に走るのを感じた。
「……やはり、主はただ者ではない」
王太子は肩をすくめて笑う。
「な? 結局は感覚だろう?」
「……感覚、か」ラウドは呟き、驚きを隠せぬまま目を細めた。
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4 広がる小さな魔法
コツをつかむと、兵士たちにも波が来た。
両手をすぼめた若い兵が、コップ一杯ぶんの水を“ぽすっ”と出した。
「飲めるか?」
「少し鉄の味がするけど、まぁいける!」
別の兵は指先からビリッと軽い雷を出し、仲間の肩に触れる。
「痛っ……でも平気!」
「“注意書き:人にやるな”だ」とユリウスが速攻で板に書く。
城の外でも変化は早かった。
漁師の爺さんが、目を閉じて海の音を聞く。「……そこだ」。網を入れると、銀色の群れが一気に跳ねる。魚群を感じる小さな魔法。
農村では、畑の上を手でなでる若い娘が、ぱちぱちと光を走らせる。害虫だけをはじく火が葉先で弾けた。
文官の部屋では、少年見習いが羊皮紙の上に手のひらを置く。字がすうっと移る。文字の転写だ。
「これ、写本の速度が十倍になりますね」
「間違いも減る。いいぞ」とユリウス。言いつつ胃を押さえる。
商人街では、荷運びの男が腰に手を当てて笑った。
「重い箱を持つときだけ、体が軽くなるんだ。腰が楽だ!」
風呂屋の娘は、桶の湯に手をかざすと、ちょうどいい温度に「すっ」と変える。
パン屋では、発酵の見張りが上手くなり、焼き上がりがそろう。
日常の中に、ちいさな魔法が灯っていく。
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5 ユリウスの不安
夕暮れ。執務室。
王太子が報告を読みながら笑う。「良いぞ。みんなが速い」
スラウザーが胸を張る。「兵は、一週間で実戦でも使えるレベルまで持っていける。転びながらでも上手くなる」
ラウドは淡々と言う。「基礎ができれば、応用は早い。だが“戦いの魔法”は線引きが必要だ。境界を決めろ」
ユリウスは深く息を吐き、胃のあたりを押さえる。
「……殿下。国力は間違いなく上がります。漁も、農も、工房も。税収も。ですが――」
「ですが?」
「この動きが広まれば、世界中がハイデニアの魔法を盗りに来ます。密偵、誘拐、買収、同盟のふりをした干渉……。全部、来ます」
部屋に短い静けさが落ちた。
王太子は笑みを消し、まっすぐにうなずいた。
「来るだろうな。だからこそ、先に“型”を作る。教本、規則、師匠の育成、使用の線引き。セットで固めて、外には“型”だけを見せる」
「肝心の“感覚”は外に出さない、ですね」
「そう。感覚は人にしか渡らない。書き写せない」
ユリウスは小さく笑い、しかし胃をさすった。
「……分かりました。進めます。胃薬をください」
スラウザーが机を開け、なぜかすぐに瓶を出した。
「ほらよ、ユリ坊。三本目だ」
「君が持っているのがおかしい」
ラウドがぼそり。「私も一本もらおう」
「あなたは要らないでしょう!」とユリウス。部屋が少しだけ笑いに包まれた。
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6 夜の訓練と、小さな成功
夜。月が高い。
城の裏庭では、兵たちが順番に練習する。
スラウザーは小さな炎を“ち、ち、ち”と点けたり消したりして、まわりの兵に見せる。
「コツは、一瞬だけ“あ、火だ”って思い切ることだ。ちょっとでいい。ちょっとだけ。欲張ると指毛が焼ける。俺は焼けた」
兵たちが笑い、真似をする。
ひとりが、掌に小さな火を“ぽっ”と灯し、すぐに消す。
「やった!」
もうひとりは、足首からふっと風を出し、短く跳ねた。
「俺、跳べる!」
もうひとりは、指先に静電気を集め、紙切れを数枚くっつけた。
「雷はこれくらいからでいい。人にやるな」とスラウザー。昼の注意書きがまた増えた。
ラウドは言葉を少なくし、それでも大事なところだけははっきり言う。
「“止める”を先に覚えろ。出せる者は止められ。止められる者は出せる」
兵舎の屋根で、子どもたちがこそこそと真似をして、親に見つかって怒られた。
「夜は寝なさい! 明日、ひるにやりな!」
「はーい!」
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7 王太子の締め
最後に、王太子が兵の前に立つ。
「今日から、魔法は仕事だ。かっこつけるためじゃない。人を助けるため、国を回すために使う。約束だ」
「おう!」
「戦いの魔法は、線を引く。勝つために使うが、いらない命は取らない。武器は最小で使え。人はすぐに調子に乗る。俺もだ。だから、互いに声をかけろ」
スラウザーが大声で返す。
「殿下が言うなら、間違いねぇ!」
「おう!」と千の喉が返した。
王太子は最後に、いつもの調子で笑った。
「そして――感覚だ。紙は教えてくれない。君が君の体に教えるんだ。やって、転んで、覚えろ。俺が責任を取る。だから、進め」
兵も、民も、魔族も、みんながうなずいた。
誰もが胸の奥で、小さな火を確かめるように息をした。
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8 遠い影と、近い灯
その夜、ユリウスはひとり執務室で地図を広げた。
ポルトス。ガルディア。ザルツベルグ。
大国の名に小さく赤い印をつける。海の向こうにも、砂漠の先にも、小国が連なる。
(来る。必ず来る。だが――)
窓の外で、子どもたちの笑い声がした。
屋根の上を走る足音。親の叱る声。そして、遠くの訓練場で、ほんの小さな炎が一つ、二つ、また一つ灯る。
ユリウスは胃薬をあおり、苦笑した。
「……それでも、やるしかないか」
彼は羽根ペンを取り、最初の教本の表紙に題を書いた。
『はじめての魔法――仕事でつかうために』
夜風がページをめくる。
城下では今日も、灯りが遅くまで消えなかった。
国は、確かに強くなっている。
小さな魔法の灯が、あちこちで、消えずに燃えていた。
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