第27話 怒りは力に、嘘は絆に
1 城下の朝
翌朝。王都は早くから騒がしかった。
「殿下が襲われたらしい」「勇者が来たんだってよ」と噂が駆け、店の戸が開くたびに人が集まる。
「許せねぇ」「ここは俺たちの国だろ」
「強くならなきゃ」「稼いで税を入れよう。城壁も道も直すんだ」
怒りは恐怖より速く広がった。人間も魔族も関係ない。角のある青年が拳を握れば、隣の漁師も頷く。
少年たちは木剣を振り、少女たちは「影を動かせるように練習する」と言い合う。市場の女将は帳簿を開き、塩や干し肉の在庫を数え直した。
「泣いてる暇はない。次は勝つ準備だよ」
誰かが言い、周りが「おう」と返した。
2 王太子の宣言
王太子は王城前の広場に国民を集めていた。
「半月後、ポルトスが使節団を派遣してくる。国として、これを受ける」
広場を埋め尽くした国民の間から、怒号が上がる。
「かかってこい!」
「もう誰にも屈しない!」
「戦だ、殿下!」
しかし、王太子は静かに右手を上げた。
「駄目だ。今、戦えば蹂躙されるだけだ」
その言葉に、国民の声が止まる。
ユリウスが一歩前に出て、低く問う。
「では、どうなさるおつもりですか。断れば開戦、受け入れても同じでしょう」
王太子はわずかに笑みを浮かべた。
「使節団を――来れなくすればいい」
場が静まり返った。
王太子ははっきりと宣言した。
「半年間。あの帝国の使節団はこの国に辿り着けない」
その言葉に、ユリウスが思わず息を呑み、小声で問う。
「……半年? なぜ、期間を?」
王太子は視線を逸らさずに答えた。
「理由は分からない。だが、“半年が限界”だと感じた。なぜかは自分でも分からない」
ユリウスの眉がひそむ。
(感覚……またあの“直感のハッタリ”か)
だが、王太子は続けた。
「半年あれば、我々はもっと強くなれる。国を立て直せる。国民を守る術を整えられる」
彼の声が静かに、しかし確かに広場へ響いた。
国民たちは顔を見合わせ、そして拳を握りしめた。
「半年でいいんだな、殿下!」
「信じる! 半年で必ず強くなる!」
熱気が広場を包む。
ユリウスは考える。
理屈ではなく、直感。
けれど、これまで殿下の“感覚”が外れたことは一度もない。
3 護衛は常に
王城の執務室。ユリウスは疲れた顔で書類を積み上げ、短く言った。
「結論です。今後、殿下のそばには必ず誰かが付きます。スラウザー殿、ゼノヴァン殿、そして……魔王殿の三名から一人必ず」
「俺だ」「いや、私がやる」
スラウザーとゼノヴァンが同時に前へ出る。そこへ魔王が静かに入ってきた。
「順番を決めよう。争って決めるな」王太子が笑う。
「ちっ、分かったよ」とスラウザーが頭をかき、ゼノヴァンは「友の護りに異論はない」と頷いた。
ユリウスはさらさらと日程表を書き、三人に配る。
「昼は交代、夜は二人。非常時は三名同時に」
「了解!」とスラウザー。
「異存なし」とゼノヴァン。
魔王も小さく頷いた。
4 超大国への抗議
同時刻、ユリウスは使者を通じ、超大国ポルトスへ抗議状を送った。内容は簡潔だ。
――貴国の庇護下にある勇者が王太子を暗殺しかけた。説明と謝罪を求める。
返事は、夕刻には届いた。羊皮紙一枚。短い文だ。
――勇者は神の使い。国家は関与しない。以上。
ユリウスは唇を噛む。スラウザーが机を拳で叩きそうになり、王太子が手で制した。
「やはりな。都合のいい時だけ“神の使い”か。まあ、想定どおりだ」
「殿下……」
「怒っても道は開かない。道は、作る」
王太子は窓の外、働く民を見つめた。
「こっちはこっちで、積むべきものを積む。人も、金も、技も、信じる心も」
スラウザーは深く息を吐き、「分かった。鍛える。前よりもっとだ」とだけ言った。
5 魔王の名
話がひと段落した時、王太子が思い出したように魔王へ向き直る。
「そういえば、まだ名を聞いていなかったな。何と呼べばいい」
男は少し目を細め、口元だけで笑った。
「……ラウドだ」
「ラウド。助かる」
「礼は無用だ、人の主よ。守るべきものがあるなら、剣は出す」
スラウザーが横目で見て「主とか言うな。殿下だ」とぶつぶつ言い、ゼノヴァンは「主でも殿下でも、友でも構わん。呼び方の問題ではない」と受け流した。
ユリウスは小さく笑い、議事録に“魔王ラウド”の名を記した。
6 街の手当てと準備
王命は早かった。
・城下の負傷者の手当てを最優先
・夜警の見回りを三倍に
・影の守り手に魔族員を二十名追加
・鍛冶場へ鉄の優先配分
・港は夜間閉鎖、沿岸の見張り台を増設
命令が出るそばから、人が動く。
魔族の鍛冶師が火床を赤くし、人間の木工職人が柄を削る。
市場の女将は若者におにぎりを握らせ、子どもたちは水を運ぶ。
「俺、見張り台の釘持ってく!」
「私は包帯!」
小さな声が、街を速くする。
7 静かな夜、二人
深夜。執務が終わり、人が引いた廊に足音が一つ。
リディアが王太子の部屋を訪ねた。扉を叩く前に、中から声がする。
「入っていい」
部屋には王太子と、窓際にゼノヴァン。スラウザーは廊に立ち番、もう一方の壁影にはラウドが気配だけを残している。
「少しだけ、二人にしてくれるか」
王太子の願いに、三人はさっと配置を外へ移した。気配はある。だが距離を置く。任せた、という距離だ。
リディアは部屋に入り、まっすぐ王太子の前まで来た。
「……聞いてもいいですか。あの時、どうして怖がらなかったのですか」
王太子は少し黙り、椅子に腰を下ろした。
「怖かったよ。正直、膝が笑ってた。剣が喉に当たると、人は笑えなくなるはずだ。なのに笑ってみせた。……ただのハッタリだ」
リディアは息を呑む。
王太子は続けた。
「俺のスキルは《ハッタリ(極)》だ。公表してる《統治》でも《幸運》でもない。俺は強くない。剣も魔法も駄目だ。だから、口で、姿勢で、皆を前に進める。……嘘で、押す」
言い終えてから、静かに頭を下げた。
「騙していた。危険も増えた。君は国へ戻るべきだ。婚約は――」
「待ってください」
リディアは慌てて手を伸ばし、王太子の言葉を遮った。
「殿下の“嘘”は、嘘じゃありません。殿下が言えば、兵が動きます。民が頷きます。街が速くなります。結果は……いつも本物になります」
彼女は涙をこぼしながら笑った。
「私、看破で見えるんです。今まで霧がかかって見えなかったけど、今日、やっと……薄く、でもはっきり。殿下のスキルが光りました。《ハッタリ(極)》です」
王太子の目がわずかに揺れる。
「殿下が本当の事を言ってくれたから、見えたのかもしれません。だから言います。私は帰りません。殿下を支えます。殿下のハッタリは、誰よりも強い。みんなを守るために使っている。最高に、かっこいいです」
言い切ると、リディアはぺこりと頭を下げた。
王太子は少しだけ顔をそむけ、息を吐いた。肩の力が抜ける。
「……ありがとう。俺は本当に、たいしたものじゃない。だから、助かる」
「こちらこそ」
言葉が重なって、二人は笑った。
8 手と影
沈黙。蝋燭の火が揺れる。
王太子は不器用に手を差し出した。
リディアは涙を指で拭い、その手をそっと握る。
指先は少し冷たい。でも、すぐに温度が伝わった。
足元で、二人の影が重なる。
重なった影は、少しだけ大きく見えた。部屋の外で、壁にもたれているスラウザーが小さく笑い、ゼノヴァンは目を細め、ラウドは気配を薄めたまま、静かに頷いた。
外は静かではない。大国は冷たい。勇者はまた来るかもしれない。
それでも――この国は今日、もう少し強くなった。




