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第23話 共存の始まりと仮説

1 魔族の日常の始まり


 ハイデニアの朝は、以前よりもずっと賑やかになっていた。

 広場には見慣れぬ姿の者たちが混じり、港には背の高い影が立ち並ぶ。翼をたたんだ魔族の若者が、網を引き上げる漁師に声をかけていた。


「風が変わるぞ。南から潮が押し寄せている」

「なんだと?」

 漁師が驚いて船の舵を切ると、確かに大波が近づいていた。だが青年の声に従ったおかげで、船は難なくかわす。

「すげえ……あんた、海鳥みたいに風が読めるのか!」

「翼があれば、空気の流れも分かるさ」

 笑い合い、青年の背を漁師が力強く叩いた。


 石切り場では、皮膚が岩のように硬い魔族の大男が、人間の労働者と並んで岩を削っていた。

「よいしょっ!」

 人間が二人がかりで動かせない岩を、大男は片手で押し転がす。

「……反則だろ、それ」

「いやいや、俺たちの腰が楽になった。助かる!」

 人間の笑い声と魔族の笑い声が混ざり合った。


 市場には、薬草を並べる魔族の女の姿があった。

「これは“夜鳴き草”。子どもが夜泣きしたとき煎じて飲ませると落ち着く」

「へえ……効くのかい?」

 最初は半信半疑だった市民が、一度試すと効果を実感し、次々と買いに来た。

「すごいな!」「こんな薬、聞いたこともねぇ!」

 人垣ができるほどの人気になり、女は嬉しそうに微笑んだ。


 ほんの数日前まで敵として睨み合っていたはずの者たちが、こうして自然に混じり合い始めていた。



2 魔王の役割


 城壁の上では、魔王とスラウザーが並んで立っていた。

 魔王の背後には、戦闘に特化した三千の魔族――「魔軍」と呼ばれる精鋭部隊が控えている。鎧は纏わずとも、その肉体と気迫だけで圧倒的な威圧感を放っていた。


「よく集めたな、三千も」

 スラウザーが感心して言うと、魔王は口の端を上げた。

「百集めるより三千選ぶ方が簡単だ。魔族は元々、戦うことに特化している」

「へっ、俺の騎士団一万と比べるのはどうだ?」

「数では勝てぬ。だが質では負けん」

 二人はしばし睨み合い、やがて同時に笑った。

「お前は人の剣を鍛えろ。俺は魔の爪を鍛える。どちらが欠けても守りは成り立たん」

「なるほどな。双璧ってやつか」

 そのやりとりを耳にした兵たちは安堵の笑みを浮かべた。ハイデニアの守りは、今や盤石に見えた。



3 影の守り手の拡充


 ゼノヴァンが率いる「影の守り手」にも、新しい顔が加わった。

 影に潜る技を持つ人間五十人に加え、魔族からも選ばれた者たちだ。俊敏な脚を持つ者、影を自在に操れる者、夜目の利く者。


「これで、影はさらに厚くなるな」

 ゼノヴァンが低く言うと、兵士が頷いた。

「人間と魔族、両方が影に潜れる……これ以上の守りはない」


 市中では噂が広がっていた。

「魔族と共存しても、犯罪は一切発生しない」

 その声がさらに信頼を広げていった。



4 夜の会話


 その日の夜。城の執務室に、王太子、ユリウス、スラウザーの三人が残っていた。

 窓の外には灯が瞬き、静かな夜風が帳を揺らしている。


「殿下」

 ユリウスが真剣な顔で切り出した。

「あの奇跡……亡くなった兵まで生き返らせたあの現象、どういう心境で言葉を発したのです?」


 王太子はしばらく黙り、やがて苦笑した。

「正直、考えてなかった。ただ……どうにかしたい。みんなを助けたい。その気持ちだけだった」


 ユリウスはしばらく目を伏せ、ゆっくりと言った。

「……なるほど。つまり、一切の雑念がなかった。心からの想いが“言葉”になり、結果を呼んだのかもしれません」


「雑念?」

「はい。計算や体裁ではなく、ただ純粋に救いたいと思った時にこそ、“ハッタリ”は最大の力を発揮するのではと」


 スラウザーが大声で笑った。

「じゃあ殿下はいつも心からだから、最強だな!」

 王太子は頭を抱えた。

「やめろ……それじゃ俺がただのバカみたいじゃないか」

「おう、バカ殿で最強! いいじゃねぇか!」

 三人の笑い声が、執務室に響いた。



5 ユリウスの確信


 笑いが落ち着いた後、ユリウスは机に手を置き、真剣な目で王太子を見た。

「殿下……あなたの“ハッタリ”は、もはや虚勢ではありません。本物の力に変わりつつあるのです」


 その言葉に、王太子は小さく息を呑んだ。

 心の中ではまだ震えていた。

(俺は本当にただ“言っただけ”なのに……)


 だが同時に、信じる仲間と国民の姿が脳裏に浮かぶ。

 きっとこの道は間違っていない――そう思わせる夜だった。

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