第22話 変革の痛みと第一歩
1 宣言の朝
朝。王都の広場は、ざわめきで満ちていた。
露店は半分が店を閉め、家々の窓は固く閉ざされる。城壁沿いには兵が並び、宰相ユリウスと騎士団長スラウザーが控え、婚約者リディア、守護竜ゼノヴァン(人の姿)も後ろに立つ。
広場の向こう側には、移住してきた魔族たち。背の高い者、角を持つ者、硬い皮膚や翼を備えた者――誰もが列を乱さず立っていた。魔王も幹部を連れている。
王太子アウグスベルグが壇に上がり、声を放った。
「聞け。ハイデニアは魔族を受け入れる。人と対等だ。従属ではない。同じ法の下で、同じ義務と権利を持つ」
瞬間、広場が爆ぜるように騒がしくなった。
「冗談だろ!」「昨日仲間が死にかけたんだぞ!」「魔を家族のそばに住まわせるのか!」
怒号、罵声、投げられた石。兵が防ぐが、広場は混乱に包まれる。
スラウザーが一歩踏み出しかけたが、王太子が片手で制した。ユリウスが低く囁く。
「殿下、今日は退くべきです」
王太子は首を振り、魔王を見て問う。
「頼みがある。あなたの民が受けてきた“現実”を、皆に見せてもいいか」
魔王は一瞬目を細め、やがて頷いた。
「……構わない。我らの傷は偽れぬ」
2 ハッタリの投影
王太子は深く息を吸い、声を広場全体に響かせた。
「見よ。これが彼らの歩んできた現実だ」
言葉が落ちた刹那、音が遠のく。視界の奥に淡い像が浮かんだ。
――焼け落ちた村。
崩れた家の下からか細い泣き声。だが槍を構えた兵が「魔族を助けるな」と怒鳴り、誰も動けない。
――川の橋。
「魔は渡るな」
兵が叫び、母親を突き落とす。角を隠した母は幼子を抱いたまま濁流に消えた。叫び声はすぐに絶えた。
――市場。
幼い兄妹が持つ果物を地面に叩きつけ、拾おうとした瞬間に足で踏み潰す。兄が怒鳴れば拳が飛び、妹が泣き叫ぶ。
――森の奥。
飢えた少年が木の根をかじる。隣で寄り添っていた少女はもう動かない。冷たい体を揺すり続け、声は出ない。
――冬の小屋。
雪が吹き込み、翼の幼子たちが寄り添う。朝、目を開けたのは片方だけ。冷たい手を握り、泣き叫んだ。
――城門。
女が幼子を抱いて石を浴びる。血を流しても逃げ場はない。幼子は小さな手で母の顔を隠そうとした。
――祈る青年。
跪いて祈る背に矢が突き刺さる。倒れた彼の腕の中、小さな手がまだ掴んだまま離さない。
その一つひとつが音になり、痛みになり、脳裏に直接流れ込んだ。
助けられない。声も届かない。理不尽だけが押し寄せる。
広場の人々は膝をつき、嗚咽を漏らした。
「こんな……知らなかった……」
「俺たち、人間が……」
涙を流し、槍を落とす兵。石を握っていた手が開き、石は地面に転がった。
3 受け入れる者、去る者
像が消えると、広場に重苦しい沈黙が落ちた。
王太子は静かに言った。
「見たものが全てだ。受け入れる者は共に歩こう。受け入れられない者を責めはしない。国を出るなら止めない。だが扉は閉じない。いつでも戻れ」
一人の男が立ち上がる。
「……俺は無理だ。怖い。すまんが出ていく」
王太子は壇を降り、男の前で頭を下げた。
「分かった。護衛をつける。物資も手配する。生き延びろ。戻れるときに戻れ」
数家族が静かに列を離れた。誰も責めない。涙で見送る者すらいた。
一方で残った多くの人々は、投影の痛みを抱えたまま、魔族を見つめていた。
4 魔王の謝罪と誓い
魔王が前に出て深く頭を下げる。
「我らのせいで国を出る者が出た。すまない」
幹部たちも一斉に頭を垂れる。
王太子は首を振った。
「変革には痛みが伴う。それを背負うのが俺の役目だ。去る者も、残る者も、守る」
魔王は顔を上げ、やがて膝をついた。
「……あなたは我らを従わせなかった。対等と言い、遺恨を断ち、去る者にまで手を伸ばした。これが強さか。あなたに――命を賭けて仕えたい」
幹部たちは頭を垂れ、低く声を揃えた。
「……主様」
5 国民と魔族の一歩
沈黙を破ったのは、パン職人の女だった。
「その……これ、焼きたて」
角を隠した魔族の若い女に紙袋を差し出す。
魔族の女は震える手で受け取り、涙をこぼした。
「ありがとう……人間から、こんな……」
農夫が岩のような皮膚を持つ魔族に声をかける。
「畑の石どけるのに力貸してくれ。報酬は小麦だ」
「……働けるのか? 俺がここで」
「働いてくれ」
漁師は翼の青年を見上げて言った。
「網を上げるのに上から見張ってくれ」
「やってみる」
子どもが魔族の少女の角を触り、「冷たい」と笑った。少女は涙を隠したが、笑顔を浮かべた。
「見た目は怖えが、俺たちと同じだな」
「怒ったときの顔はうちの旦那そっくりだ」
そんな声が広場に溶けていく。
6 締めくくり
王太子は壇に戻り、広場を見渡した。
「今日、涙を流した者も、怒った者も、去る者も、残る者も、全部正しい。
この国は選んだ。人と魔族が共に暮らす道を。だから衝突する。すれ違う。痛む。
そのときは――俺に言え。遺恨は残させない」
拍手が一人から始まり、広場全体に広がった。
魔王は再び頭を下げ、はっきりと告げる。
「主様。我らは共に守るべきもののために剣を振るう」
王太子は微笑み、頷いた。
「頼む、友として」
夕陽が広場を染める中、国の歴史が大きく動き始めた。




