表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

第17話 影の守り手

1 新しい力


ゼノヴァンは最近、自分の中に新しい感覚が芽生えていることに気づいていた。

「悪意」――それは風でも匂いでもない。人の胸の奥に潜む黒い棘のようなもので、笑顔の裏に隠された敵意や、誰かを傷つけようとする衝動が、まるで熱のように伝わってくる。


(……俺が裏切られてきた記憶が、形になったのだろうな)


彼は幾度も人に利用され、見捨てられてきた。信じたものに牙を向けられた回数は数え切れない。だからこそ、ゼノヴァンは誰よりも「悪意」を敏感に察知できるようになったのだ。


ある日、王都を歩いていると、人混みの中で異様に濃い悪意が混じっていた。

顔は笑みを装っているが、心の底には刺すような敵意を隠している男――。ゼノヴァンの目は鋭く細められた。


ゼノヴァンは王太子、ユリウス、スラウザーに報告した。

「まだ何もしていないのだな?人間の国の法では、行動する前は裁けない」ユリウスが確認する。


「そうだ。だが……必ず動く」ゼノヴァンは影の奥で低く答えた。


王太子は笑った。

「なら、動いたときに止めればいい。それを皆に見せてやるんだ」


スラウザーが拳を握る。

「話を聞いて影に潜れる手練れを五十人揃えた。こいつらを使え」


こうして、ゼノヴァンを中心とする特別部隊――影の守り手が正式に発足した。



2 犯行の瞬間


数日後。

市場の裏路地で、あの男が一人の女を追い詰めていた。女は声を押し殺し、壁に塞がれて後ずさる。恐怖で震える手が逃げ場を探している。


男の目は獲物を狙う獣のように光り、懐から刃物を抜いた。

「助けて……!」女のか細い声が響いた瞬間――。


ゼノヴァンは影から滑り出た。男が女に刃を向けたその瞬間、彼の肩を軽く押さえる。力強い押さえ込みではなく、ほんの一押し。しかしそれだけで男の体は硬直し、手から刃がこぼれ落ちた。


直後、影の守り手が次々と飛び出し、男を取り押さえる。刃は奪われ、男はあっという間に拘束された。


「今……止めたのか?」

「事前に気づいてたのか……?」


野次馬の声がざわつく。

助けられた女は胸を押さえ、震えながら何度も頭を下げた。子どもたちは目を輝かせてゼノヴァンを見上げ、手を振る。


ゼノヴァンは静かに言った。

「行動したから、止めた。それだけだ」


ただそれだけ。だが、その言葉が不思議な重みを持って路地に残った。



3 影の守り手の仕事


影の守り手たちは街に散り、ゼノヴァンの感知に従って動いた。

悪意が行動に移されたその瞬間に、影が飛び出し、犯人を拘束する。


泥棒が袋を持ち上げた時。

暴漢が拳を振り上げた時。

扉を壊して侵入しようとした時。


すべて被害が出る前に止められた。事件は未遂のまま終わり、人々は次第に気づき始める。

「この街では悪事ができない」――そう広まった噂は、やがて王都の空気を一変させた。


夜道を歩いても襲われない。商人は安心して取引をし、酒場の喧嘩もすぐに収まる。王都は大陸一安全な街と呼ばれるようになった。



4 国の変化


ゼノヴァンが狩った伝説級の魔物の素材は、想像を超える価値を生んだ。市場に並んだそれは王都を活気づけ、国庫を大きく潤す。


王太子は即座に笑った。

「税を下げよう。安全で税の安い国にすれば、人は必ず集まる」


その言葉通り、移住希望者が門前に列をなし、商人や職人、家族連れが次々と移ってきた。宿屋は溢れ、街道は活気に包まれ、工事現場は人手が追いつかないほどになった。

数か月のうちに、人口は八百万から一千五百万へと膨らんだ。



5 ゼノヴァンの心


夜、城の屋上。涼しい風が吹き抜ける中、ゼノヴァンは遠くの街を見下ろしていた。灯りが増え、夜でも活気がある。


その下から、子どもたちが「竜様だ!」と声をあげ、笑顔で手を振っているのが見えた。市場では、救われた女が影の守り手の事を何度も話していた。兵士たちも「竜様がいるから心強い」と口々に言っていた。


ゼノヴァンは胸の奥に初めて覚える感覚を感じていた。

――感謝されることが、これほど心を満たすものなのか。

孤独と裏切りばかりだった過去にはなかった、温かな充実感が広がっていく。


背後から王太子が声をかけた。

「どうだ? みんな、嬉しそうだぞ」


ゼノヴァンは小さく頷いた。

「……悪くない。友よ。俺は、守って良かったと思える」


王太子はにっこり笑い、いつもの調子で言った。

「これからもっと言われるぞ。“竜様のおかげで生きてる”ってな。耳が痛くなるくらい、感謝を浴びろ」


ゼノヴァンは思わず笑った。こんな笑いは、随分と久しぶりだった。



6 次の夜明けへ


ハイデニアは安全で、税が安く、人が集まる国となった。

影が街を守り、竜が安心の象徴となる時代。だが同時に、灯りが強まれば遠くからも見えるようになる。


ゼノヴァンは夜空を仰ぎ、胸の奥で静かに誓った。

「来るなら来い。この国を、俺は守る」


そして遠くから子どもの声が届いた。

「影の守り手って、やっぱりかっこいい!」


ゼノヴァンは目を細め、静かに笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ