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第14話 信じる力、届かぬ声

1 王子の宣言


 朝の王都の広場は、人でいっぱいになっていた。

 屋台からはパンの香り、焼いた肉の匂いが漂い、子どもたちが走り回る。農民は泥のついた靴のまま集まり、商人は帳簿を手に立っている。


 王太子アウグスベルグが壇に立ち、胸を張った。

 その姿に人々の視線が集まる。


「今年の収穫は三倍だ!」


 広場がざわついた。


「去年は不作だったな。畑の実りは少なく、米も麦も足りず、干した野菜も冬を越せなかった。だが今年は違う! その分を取り返す。みんな、腹いっぱい食える年にしよう!」


 子どもたちは「やった!」と叫び、商人は「ありがたい!」と手を打つ。

 だが、農民の一部は腕を組み、「そんなはずがない」と眉をひそめていた。

 「水も足りないのに三倍だと?」「言うのは簡単だ」と小声でつぶやく者もいた。


 壇の横で記録をとっていた王女リディアは、その様子をじっと見つめていた。

(……殿下の言葉に、民の反応が重なると、不思議と何かが起こる。信じる人が多いほど力が大きくなるように見える。もし信じる声が減ったら……どうなるのだろう)



2 畑を見て


 数日後。王子一行は郊外の村を回った。

 春の風に土の匂いが混じり、道の両脇には広がる畑。


 一つ目の村では、畑の苗が青々と伸びていた。

 農民たちは汗だくの顔で笑って言った。

「殿下の言葉を信じました。すると風が吹いて、虫が一気に逃げていったんです! 水も集まってきた。畑が息をしてるみたいで……」


 農民の子が抜いたばかりの大根を掲げた。

「見てください! もうこんなに大きいんです!」


 王子は大きくうなずき、子の頭を撫でた。


 だが、次の村では様子が違った。

 土はひび割れ、苗はしおれていた。農民の顔も暗い。


「俺たちは……信じきれなかったんです。やっぱり水を入れなきゃ駄目だと思って。畑に水路を増やそうとしたんですが……それも追いつかなくて」


 王子は腕を組み、何も言えなかった。

 ユリウスが帳面を開き、冷静にまとめた。

「条件が見えてきました。殿下の言葉は、信じる人間が必要です。信じなければ発動しない」


 リディアは農民の顔を見ながら、そっと頷いた。

(やっぱりそう……信じた数が多いときに、あの“奇跡”は確かに動いていた)


 王子は大きく息をつき、無理に笑った。

「なるほどな。言うだけじゃ駄目で、信じてもらわなきゃいけないってわけか」


 スラウザーが拳を握りしめた。

「じゃあ、俺たちがもっと民を信じさせればいい。信じるように動けばいいんだ」



3 効かない例


 その夜、城の一室。ランプの明かりの下で、王子は肩をさすりながらぼやいた。


「“痛みよ消えろ”って言っても効かないんだよな。

 “俺の剣技は一流だ”って言っても当たらないし。

 “俺のスキルは三つある”って言っても、何も増えない」


 リディアは真剣に耳を傾けていた。

「つまり、殿下ご自身の体や能力やスキルの変更には、絶対に効かないのですね」


 ユリウスが帳面に太い線を引いた。

「確定です。これは殿下自身に向けては発動しません」


 王子は頭をかき、苦笑した。

「『俺は天才剣士だ』って言えたら楽なのにな」


 スラウザーが豪快に笑い、王子の背中をバンと叩いた。

「殿下が剣士だったら、俺が要らなくなる! 今のままで十分だ」


 王子は少し照れくさそうに笑った。



4 間者の種


 その頃、城下町に旅人を装った男が現れた。

 広場の片隅で、大声で叫んだ。

「殿下の言葉は全部が効くわけじゃない! 枯れた畑だってあるじゃないか!」


 噂は瞬く間に広がり、人々の心を揺らした。

 兵士の訓練場でも、影が薄れ、風も止まってしまう。


 ユリウスが険しい顔で言った。

「殿下……やはり、信じる人間がいて初めて発動するのです」


 その場にいたスラウザーが前に出て、旅人をつかんで怒鳴った。

「俺は殿下を信じる! 俺一人でも信じる!」


 その瞬間、訓練場の旗が一斉にはためき、兵士の影が濃くなった。

 兵たちが声を上げる。

「殿下を信じるぞ!」


 その叫びが広がり、旅人は顔を青ざめさせて逃げ出した。



5 ユリウスの仮説


 その夜、四人は机を囲んで話し合った。

 机の上には開かれた帳面と、ランプの炎が揺れている。


 ユリウスが指で帳面を叩きながら言った。

「分かってきたことは四つです。

 一、殿下自身の体・能力・スキルを変えることはできない。

 二、大きすぎる願いは基本的に通らない。

 三、ただし嵐をそらしたように、例外的に通る場合がある。

 四、必ず信じる人間が必要。信じなければ発動しない」


 リディアが小さくうなずき、ペンを走らせた。

「信じる声がある限り、この国は動く……」


 スラウザーは胸を叩いた。

「じゃあ問題ない! 俺は殿下を信じる。それで十分だ!」


 王子は苦笑しながらも、少し誇らしげに言った。

「そうだな。俺一人じゃ駄目でも、みんなが信じてくれれば奇跡になる」



6 結び


 こうして《ハッタリ》の限界は、少しずつ形を見せてきた。

 自分自身には効かない。大きすぎる願いは通らない。必ず信じる人間が必要。


 それでも――時に理屈を超えて通ることがある。

 なぜそうなるのかは、まだ誰にも分からない。


 けれど民が信じる限り、王太子の声は力を持ち、国を前へ押し出していくのだった。

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