第13話 少年の日、ハッタリと奇跡
1 王子の幼いころ――不器用と笑顔
アウグスベルグ・ハイデニアJr.は、小さいころから不器用だった。
剣を握れば転ぶ。魔法は呪文をかんで火花すら出ない。勉強も答えを出すのが遅く、友だちに笑われた。
でも、王子はバカではなかった。
考えれば答えには必ずたどり着いた。遅いだけ。
そして、人の顔色を読むのが得意だった。どの言葉で安心し、どの言葉で傷つくかがよく分かった。
だから王子は、いつも笑っていた。怖くても笑う。泣きたい時も笑う。
それは自分を守るためでもあり、周りを落ち着かせるためでもあった。
この「笑って言いきる」力が、のちに《ハッタリ(極)》となる。
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2 スラウザーとの出会い――路地裏の五人
ある日、王子は城下町で大人の怒鳴り声を聞いた。
路地をのぞくと、五人の大人が行商人を脅していた。剣やこん棒を持ち、酔っている。
その前に立っていたのは、大きな体をした子ども――スラウザーだった。まだ十歳にもなっていない。
「やめろ! 相手は俺だ!」
スラウザーの拳で一人は倒れたが、多勢に押さえ込まれ、こん棒が振り下ろされようとした。
(ここで止めなきゃ……!)
王子は震える足を前に出し、木箱の上に立って叫んだ。
「やめろ! その者は俺の騎士だ! いまこの場で騎士団長にする!」
男たちが動きを止める。王子はさらに畳みかける。
「これは王太子の命令だ。逆らえば反逆だ! 屋根の上には弓兵がいる。試すか?」
もちろん弓兵はいなかった。だが、まわりの人たちが屋根を見上げ、空気が変わった。
五人は顔色を変え、武器を落として逃げていった。
スラウザーは泥だらけで立ち上がり、驚いた顔で王子を見た。
「……団長って、俺のことか?」
「ああ。俺が決めた」
「じゃあ、俺は団長だ! 殿下を守る!」
その言葉は子どもの冗談に聞こえた。だが十数年後、本当にスラウザーは騎士団長になった。
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3 ユリウスとの出会い――宰相の約束
別の日、王子は学舎を訪れた。
そこで見たのは、机に座るユリウスという少年。
「知識の源泉(極)」というまれなスキルを持ち、先生より正しく答えを出せるほどだった。
だが家が貧しく、周りからは笑われていた。
「本ばかり読んで何になる」「貧乏人に宰相は無理だ」
ユリウスは言い返さなかった。机の下で拳を握るだけだった。
授業後、王子はユリウスに封書を渡した。王家の印が押された本物だ。
「ユリウスを宰相見習いに任ず。政務の補佐をせよ」
ユリウスは驚いた。「……え?」
王子は言った。
「君が必要だ。俺は考えるのが遅い。だから君に助けてほしい」
笑う子もいたが、王子は強く言い切った。
「宰相は俺が決める! 反対があるなら城に来い!」
その目は本気だった。ユリウスは胸が熱くなり、深く頭を下げた。
「承ります」
この時の約束も、本当に現実になった。
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4 二人が見た王子の姿
スラウザーは見ていた。
王子が剣のけいこで何度も転んでも、翌日も必ず木剣を持って来ることを。
膝は傷だらけ。手にはまめ。
それでも「あと三回だけ」と言い、最後まで振り続ける姿を。
ユリウスも見ていた。
王子が夜遅く、何度も書類を書き直していたことを。字はゆがみ、数字はずれる。
それでも「ここを教えて」と素直に聞き、覚えたふりをせずに自分の言葉でまとめ直していた。
王子は不器用で遅い。けれど、絶対に逃げなかった。
それを知っているからこそ、二人は心に決めた。
「この人こそ、人の上に立つべきだ」と。
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5 父の背中――重い謁見
三つの大国の使者が王城に来た。
「鉄を二割増しで出せ」「兵を千人よこせ」
できなければ協定をやめる、と脅してきた。
父王はまっすぐ座り、ひとつずつ答えた。
「鉄は一割なら出せる。兵は六百人を一か月なら出せる。その代わり、塩の税を下げ、港の整備を一緒にやってもらう」
使者たちは顔を見合わせ、相談してからうなずいた。
「検討しよう」
父は勝ったわけではない。だが、国の飯と兵を守り抜いた。
王子はその指先がわずかに震えているのを見た。
父は強い。だが強さは我慢の上にある強さだった。
謁見後、父は王子に言った。
「国を守るのは勝つことだけではない。折れるところは折り、守るところは守る。明日の民の飯を減らさぬように、少しずつ動かすんだ」
王子は胸の奥で思った。
(父上ばかりに背負わせられない。いつか俺が守る)
その夜、王子はユリウスに数字を教わり、スラウザーに城門の記録を見に行かせた。
三人で集めた情報を、次の日の小さな決定につなげた。
「港の荷下ろし人を十人ふやす」「街道の泥を固める」――小さなことから始めるのが、王子のやり方だった。
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6 初めての奇跡――嵐と天使
やがて国を大嵐がおそった。
空は黒雲で覆われ、雷が走り、屋根が飛んだ。畑は水に沈み、人々は泣き叫んだ。
王子は城壁に立ち、叫んだ。
「恐れるな! 我らには天の加護がある! 嵐は割れ、王都を避ける!」
誰も信じなかった。
だが次の瞬間、雷が空を裂き、雲が左右に割れた。
風は向きを変え、王都を外れた。
その時、一瞬だけ光の中に白い翼の天使が見えた。
剣を持ち、王都を守るように立ち並んでいた。すぐ消えたが、確かに見た者がいた。
「殿下の声に応じたんだ!」
人々は歓声を上げた。
王子はにかっと笑った。胃は痛かったが、みんなが笑っているのを見て安心した。
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7 三人の今
十数年後。
スラウザーは騎士団長に、ユリウスは宰相に、王子は王太子に。
子どものころの冗談のような言葉は、全部ほんとうになった。
三人は互いの弱さを知り、支え合いながら国を守っている。
そして今も、王子の「ハッタリ」が国を動かしていた。