第12話 王女、広場で宣言する
1 準備の朝
朝。王都の広場は人でいっぱいだった。
屋台からは肉の匂い、パンの匂い、果物の甘い香り。子どもたちが走り回り、兵士が列を整える。
今日は王女リディアが初めて民の前で話す日だ。壇の横には王太子アウグスベルグが立ち、にこにこと笑っている。
「緊張してるな?」
「ええ……少し」
「大丈夫だ。名前、立場、やること。この三つだけ言えばいい」
宰相ユリウスが横から口を挟む。
「声は短く、分かりやすく。余計な飾りはいりません」
騎士団長スラウザーは大きな手でリディアの背中を軽く叩いた。
「困ったら俺を見ろ。俺はいつも笑ってる」
リディアは思わず笑った。少しだけ肩の力が抜けた。
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2 王太子の紹介
太鼓が三度鳴り、王太子が壇に上がる。
ざわついていた広場が一瞬で静まり返る。
「皆の者。紹介しよう。ルミナリア王国の王女、リディアだ。今日からこの国の婚約者として共に歩む!」
拍手と歓声。人々の視線が壇に集まる。
王太子が下がり、リディアが前に出る番になった。
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3 リディアの宣言
「私はリディア。ルミナリアの王女です」
声は少し震えていたが、広場の端まで届いた。
「アウグスベルグ殿下の婚約者として、この国に残ります」
人々の顔に安堵が広がる。
子どもが手を振り、女たちが頷く。
「私のスキルは《看破(特)》です。人や物の力を見ます。殿下も、宰相も、騎士団長も見ました。ごまかしはしません」
リディアは深呼吸して続けた。
「そして、私がやること。それは数えることです。食べ物、人の困りごと、道具。数を出して、足りない所に足します。余っている物は分けます」
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4 一千億の意味
「この国は兵三万。影を足せば六万。さらに鳥や虫や魚を加える。だから『一千億』と言うのです。私はそれを笑えません。実際に動いているのを見たからです」
人々の間にざわめき。
その直後、兵士の列が一歩そろえて前に出た。
風が起きた。旗が揃ってはためく。
上空の鳥が輪を描き、遠く港から波の音が届く。
兵の足元の影が伸び、木人が一体倒れた。
「おお……!」
驚きと歓声が混じる。
リディアは胸を張って前を見た。
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5 野次と沈静化
後ろから叫び声が上がる。
「嘘だ! そんな数あるものか!」
スラウザーがゆっくり歩いて行き、笑顔でその男の前に立った。
「じゃあお前が試してみろ。俺が相手だ」
男は顔を青ざめさせ、言葉を失った。
足元の影が軽くまとわりつき、腰が抜けたように座り込む。
周囲の人々がその様子を見て黙る。
再び広場が静まり、拍手が大きく広がった。
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6 王女の約束
「私はこの国で暮らします。市場にも、畑にも、港にも行きます。困りごとを教えてください。私は数えます」
漁師が声を上げた。「氷箱が足りねぇ!」
市場の女が言った。「雨の日は泥で困る!」
ユリウスが即座に書きとめる。
王太子が頷いた。「今日から手を打つ」
スラウザーが「やるぞ!」と叫び、兵士が応える。
リディアは壇の上で人々を見渡し、続けた。
「私は人を数字だけで見ません。顔で見ます。名前で呼びます。でも、決めるときは数で決めます」
広場から「おう!」と返事が飛び、自然と声が重なった。
「一千億!」
風が強く吹き、鳥が低く旋回した。
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7 広場の熱気
その後も人々は声をかけてきた。
「畑の水路が詰まってる!」
「街灯の油が足りない!」
ユリウスが次々と記録し、王太子が「明日やる」「三日で直す」と即答する。
スラウザーは子どもを肩車し、笑いながら広場を回る。
リディアは思った。
(この国の人は、殿下を信じている。数字を信じ、声を信じている。そして……私の声にも反応があった)
胸が熱くなる。
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8 終わりと余韻
広場が解散し、人々が帰っていく。
王太子が横に並び、短く言った。
「よかった」
「声が震えていました」
「震えても言えば伝わる。それで十分だ」
ユリウスは記録帳を閉じた。
「王女殿下の声でも反応が確認されました。これは大きな成果です」
スラウザーは肩に乗せた子どもを降ろし、「またな!」と手を振った。
子どもが嬉しそうに走って帰っていく。
王妃が歩み寄り、リディアの手を握った。
「あなたの言葉、みんなに届きましたよ」
リディアは小さく頷いた。
「……明日もやります」
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9 夜の決意
夜。部屋に戻ったリディアは机に紙を広げ、今日の出来事を簡単に書いた。
「王太子紹介。王女名乗り。兵と影が反応。野次は沈静化。困りごと氷箱十、泥対策。王女の声に反応あり」
最後に一行。
「私の声にも、この国は応えた」