第10話 看破の王女と光鱗の贈り物
1 婚約と使命
ルミナリア王国。人口二千万、豊かな平野と豊富な鉱物資源を抱える中堅大国。
だが、周辺の覇権を握る三大強国の前では、常に均衡を意識せねばならない立場でもあった。
その玉座の間で、王女リディアは父王の言葉を拝聴していた。
「リディア。お前をハイデニアに送り、王太子と婚約させる」
王の声は重く、広間に響いた。
「表向きは友好だ。だが、真実は違う。ハイデニアはたった人口八百万の小国。『一千億の兵』などという噂を流しているが、虚偽に決まっている。もし虚ならば、婚姻を口実に即座に併合する」
重臣たちはざわめいた。「当然です」「愚かな虚勢を」と口々にささやく。
リディアは胸の前で両手を組み、落ち着いた声で答えた。
「承知しました。わたくしの**《看破(特)》**で、必ず真実を見抜きます」
胸元には青白く光る小さな水晶――通信の魔道具。
遠隔の宮廷と映像・音声をつなぎ、彼女の視界と声をそのまま届ける。
王は重々しく頷いた。
「虚を暴けばよい。真であったとしても、恐れるに足らぬ。だが――確かに記録せよ」
(――一千億など、あるはずがない。誇張を暴いて報告するだけ)
リディアはそう思いながら、ハイデニアへと旅立った。
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2 王都の空気
城門をくぐった瞬間、リディアは息をのんだ。
市場の喧騒。荷車が次々と行き交い、笑い声が響く。
子どもたちが「一千億!」と叫びながら駆け抜け、兵士たちの訓練の掛け声が遠くからも響いた。
(小国なら沈んでいるはず……。けれど、これは“勝った国”の空気)
護衛の騎士が小声で言う。
「王女様、虚勢にしては自然すぎます」
「ええ。……だからこそ、看破で確かめる必要があるのです」
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3 謁見と王太子
謁見の間に通される。
王と王妃、そして王太子アウグスベルグ・ハイデニアJr.がいた。
王太子は軽く笑みを浮かべ、気さくに言った。
「遠路ご苦労だった、リディア王女。これからよろしく頼む」
リディアは礼をとり、同時にスキルを発動――《看破》。
(表示:統治(極)?/幸運(極)……。“統治”に疑問符がついている? 背後には靄のような層……もう一つ視えない)
リディアの瞳が揺れた。
極に疑問符がつくなど、かつて一度もなかった。
「どうした?」
王太子が不思議そうに首を傾げる。
「いえ……なんでもありません」
(統治は極のはず。なぜ“?”が……。看破できない層まである?)
宰相ユリウスが一歩進み出た。
「王女殿下。私が案内を務めます。数字も、現場も、どうぞご覧ください」
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4 宰相ユリウスの“極”
執務室。地図と帳簿が整然と並べられている。
ユリウスは指先で表を示し、冷静に説明した。
「港の入港回数、三か月で一・八倍。漁獲は光鱗出現の影響を除いても増加。税収は連動して上昇。兵糧は干し肉・干し魚で三か月分を確保」
「短期間で……これほど?」
「殿下の言葉を合言葉にし、私が制度に落とすのです。旗の角度、太鼓の回数、列の順。誰でも同じ動きができる形に」
リディアは看破を起動。
(表示:知識の源泉(極)。歪みなし。完全に読み取れる。……“知の極”。安定している)
(王太子は看破不能。だがユリウスは知の極で国を動かしている。なるほど)
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5 訓練場――兵と影
訓練場。数千の兵が声を合わせていた。
「我らは何人だ!」
「一千億!」
――その瞬間、突風が吹いた。
兵の槍が振り下ろされ、砂埃が一掃される。
「兵が……風を?」
さらに、上空では鳥が隊列を組み、港では魚が一斉に跳ね、畑からは虫の群れが黒い帯となって飛ぶ。
極めつけは、兵士の影がうねり、木人を押し倒した。
リディアは慌てて看破を起動。
だが結果は――因果不明。
(兵が風を、鳥も魚も虫も、影すら戦っている……。これは誇張ではない!)
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6 スラウザーの“極”
巨体の騎士団長スラウザーが現れる。
「王女殿下、模擬戦を見てくれ!」
千人対一人。
彼は笑いながら盾を砕き、槍を胸で受け止め、倒れてもすぐに立ち上がる。
リディアは看破を起動。
(表示:神眼(極)/剛力(極)/剛体(極)/自然治癒(特)/気配遮断(特)……! 三つの極を持つ? 人間でありながら軍勢に等しい!)
だがスラウザーは威張らない。
転んだ兵を先に起こし、背中を叩いて励ます。
(理不尽な強さ。だが、優しさで人を掴む……。これも“柱”だ)
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7 休日の奇跡
休日。広場に民が集まる。
王太子が太鼓の前に立ち、声を放った。
「今日は皆に贈り物をしよう。――極上の魚が降ってくる!」
人々が笑う。「また始まった!」
だが太鼓が三打された直後、港が騒然となった。
「光鱗だ! 網に何十匹も!」
銀の魚が広場に並べられ、民は息を呑み、やがて歓声を上げた。
リディアは看破を使った。
だが――因果不明。
(偶然でも仕込みでもない。これは殿下の言葉通りに……現実が動いている!)
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8 揺らぐ心
宴の夜。光鱗の刺身、焼き、汁。人々は笑い、兵は杯を掲げる。
王妃がリディアにそっと言った。
「事実を、あなたの目で記せばいいのです」
ユリウスも頷く。
「理由は後で探せばいい。長く続くものは嘘ではありません」
リディアは胸に手を当てた。
(これは虚ではない。……私は、この人に惹かれている?)
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9 通信魔道具と贈り物
翌日。王太子がにやりと笑った。
「君の国にも、贈り物が必要だな」
リディアの胸元の水晶が淡く光る。
父王と重臣たちが見ている。――通信の魔道具だ。
王太子は片手を上げ、さらりと言った。
「――光鱗を贈ろう」
次の瞬間、水晶越しの映像。
ルミナリア王宮の玉座の間に、大量の光鱗が降り注いだ。
床一面が銀色に輝き、魚の跳ねる音が広間に響き渡る。
「な、なんだこれは!」
父王の驚愕の声が響き、重臣たちは立ち上がった。
リディアは青ざめ、震える声で言った。
「……殿下の言葉通りです。説明は……できません」
王太子は微笑み、肩をすくめる。
「俺の言葉は、いつも“少し先の現実”になるんだ」
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10 看破不能の答え
リディアは最後にもう一度、看破を試みた。
(表示:統治(極)?/幸運(極)……。やはり“?”は消えない。背後に靄……看破不能)
それでも、彼女は王太子の手を取った。
「……政略で来たつもりでした。けれど、今は心でここにいます」
王太子は笑い、答えた。
「なら、婚約を形にしよう。君の国のためでも、君のためでも、俺のためでもある」
「はい」
その声は、看破では測れない――だが確かな真実だった。