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前編

 緑茂る山に囲まれ、都会まで車で一時間かかる田舎の町。この町で啓太は生まれ育った。好奇心旺盛な啓太は、今年で12歳になる。

 学校が終わるとすぐに、裏山に遊びに出かけるのが啓太の日課だ。今日も、真夏の太陽の下、慣れ親しんだ山の中を新たな発見を求めて歩き回っていた。


 二時間ほど遊んだあとで、啓太は母からお使いを頼まれていたことを思い出した。少し風邪気味の妹のために、薬局で薬を買って帰るよう言われていたのだった。

 急いで、尾根に沿って山を駆け下りる。夕飯までにはおつかいを終えて家に帰れるだろうと啓太は考えていた。するとその途中、道端に見たこともない花が咲いていることに気がついた。

 七色に輝く花びらに、啓太は心を奪われた。


 その七色の花は、谷へと続く急な斜面に咲いていた。

 もっと間近で見たいと思った啓太は、谷に落ちないよう慎重に花へと手を伸ばした。しかし、花に手が届く寸前、足元が崩れ、啓太は谷へと滑り落ちてしまった。

「いったー。おれとしたことが……」

 啓太はずきずきと痛むお尻に手を当てながら辺りを見渡した。

(このまま川に沿って降りれば家に帰れるかなぁ)

 そう思って、再び山を降り始めたとき、啓太は右手の斜面に小さな洞穴があることに気がついた。

「こんなとこに洞穴? 動物でも住んでるんか?」

 お尻の痛みなどすっかり忘れて、啓太は洞穴の方へ向かった。

 近くによって見てみると、その穴は直径50cm程度の入り口で、奥の方には何かキラキラしたものが置いてあった。

 誰かが隠した宝物かもしれない。

 そう胸を躍らせて中のものを取り出すと、出てきたのはレモン程度の大きさの、虹色の輝きを放つ石だった。

 今まで一番の大発見に、啓太は興奮を抑えられなかった。家族に自慢してやろうと、啓太は全速力で家に向かって駆け出したのだった。


 はぁはぁ、と息を切らせながら、玄関の扉を開けると、すぐに母が駆け寄ってきた。

「遅かったじゃない、啓太。それで、ちゃんと薬は買ってきたの?」

 そこで啓太は、頼まれていたおつかいのことを思い出した。

「あ! やっべー。忘れてた」

「何やってるの。……もういいわ。母さんが買ってくるから」

 

 叱られた啓太は、しょんぼりしながら妹の部屋へと入った。畳と湿気の匂いの混じる部屋の中に、妹が寝込んでいた。

 寝ている妹の顔は、今朝よりも熱っぽいように見えた。

 その顔を見て、啓太の心に後悔の念が広がった。

 もし山の中で遊ばなければ、もっと早く風邪薬を届けていれば良かったと。そして、妹の風邪が今すぐに治ればいいのにと、石を持った手をギュッと握り締めた。

 すると突然、虹色の石が輝きだした。部屋中に青色の光が満ち、啓太は驚きのあまり尻餅をついて、石をその場に落としてしまった。


 青色の光はすぐに収まった。

「おにいちゃん?」

 物音で妹が目を覚ました。しかし啓太は、何が起きたのか理解できず、返事もできずにすっかり困惑していた。

 そんな啓太とは裏腹に、妹はゆっくりと布団から起き上がると、すたすたと歩き出した。

「お、おい。寝てなきゃだめだろ」

「ん? なんか風邪治ったみたい。ほら、大丈夫だよ」

 妹はそう言うと、ぴょんぴょんと、その場で飛び跳ねてみせた。

 突然治った風邪には、程なくして帰ってきた母も驚いていた。妹はすっかり良くなったようで、夕飯ではいつも以上に食べていた。


 夜になって、啓太は山で拾った虹色の石のことを思い出した。妹の騒動で、それまですっかり忘れていたのだった。

 慌てて和室に向かうと、石は部屋の隅の方に転がっていた。

 手に取ってみると、虹色の石は昼とどこか変わっているように見えた。拾ったときほど綺麗ではない、そんな風だった。

 

 それでも、キラキラ輝く石は綺麗で、さっそく台所で夕飯の片付けをしている母に見せに行った。

「かーちゃん、これ見てよ。今日山で拾ったんだけど、すごく綺麗なんだよ」

「それよりも啓太、あなた宿題は終わったの? 帰ってきてから一度も勉強してないじゃない」

「そんなことより、この石見てよ。すごく綺麗なんだよ」

「作文、明日までなんでしょ? 昨日も明日やるって言って、全然やってないじゃない」

 そう言われ、またしょんぼりしながら、啓太は自分の部屋へ帰った。


「なんだよ、いっつも宿題宿題って」

 ふて腐れながら、机にうつ伏せになる。

「はぁ、めんどくさい。明日学校なくなればいいのに」

 すると、啓太の声に反応するように、虹色の石が再び輝き出した。今度は、部屋中が緑色の光で満たされた。


 光はすぐに収まったが、すぐに「ずごごごご……」っと地鳴りのような音が聞こえてきた。

「うわぁ。な、なんだなんだ」

 怖くなった啓太は、布団の中に潜り込んだ。地鳴りは、15秒程で鳴り止んだが、啓太にはそれ以上に感じられた。

 全てが過ぎ去った後の部屋には、時計の音だけが響き渡っていた。

 それ以上の速さで脈打つ自分の鼓動を必死で抑えながら、啓太は、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。

 ふと、遠くで電話の鳴る音が聞こえ、誰かの足音がした。おそらく母が電話に出たのだろう。耳を澄ませていると、ドタドタという足音が近づいてきた。がらっ、と啓太の部屋のドアが開き、慌てた顔の母が入ってきた。

「大変よ! 学校の裏山が崩れたんだって」


 その後、地元の建設会社で働く父が帰ってきて、詳細を聞かされた。学校の裏山が突然崩れて、その土砂で学校の一部が潰れたらしい。

 幸い怪我人はいなかったようだが、土砂を取り除くまでの間学校は休校するしかないとのことだった。


 啓太は、石が、自分の願いを叶えていることを知った。啓太が願ったから、妹の風邪が治り、啓太が願ったから、明日学校が休みになった。

 青と緑の光を放った石は、元の虹色の面影はなく、真っ赤な石となっていた。

 理科の授業で習ったことがある。光の三原色は青、緑、そして赤だ。多分、あと一つだけ、なんでも自分の願いが叶ってしまう。


 その日の夜、啓太は怖くて眠ることができなかった。


第三者の視点から物語を書こうと決め、書き始めたのがこの物語です。結構な時間をかけて書いたものの、改めて読んでみると大したボリュームではなく、一瞬で読み終わることにちょっと驚いてます。

近々後編をアップします。

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