抱いて欲しくば、跪け。だけど、俺は悪くない。
「土下座しろ」と書きたかったのですが、ナーロッパなので「跪け」にしてみました。
暴力や性的描写があります。
主人公が自分勝手で共感できず、不愉快に感じる方もいらっしゃると思います。
苦手な方は、申し訳ありませんが、ページを閉じてください。(R15)
「抱いて欲しければ、跪け」
初夜に、新郎が新婦に命令した。
伯爵家子息の自分が、格下の男爵家に婿入りしてやるというのに。
この女は、式直前の両家の最終確認の場で、俺の品質保持費を超えた出費は実家が支払うよう「浪費補填条項」を結婚契約に追加させたのだ。
さらに、恋人と別れろ、結婚前に婚家のツケで買った贅沢品は支払わないと言い、俺に恥をかかせた。
両親はその場で床に額をつけて謝罪し、家に帰ってから説教された。
父は結婚式があるから殴れないと睨み、母には結婚式まで家計の勉強をさせられた。
兄は、この家を潰す気か。自分と父がどれだけ苦労しているか考えろと、木剣をつきつけて脅された。
この家のために売り飛ばされる、犠牲者の俺に向かって、よく言えたもんだ。
……恋人に別れを言う暇もなかった、俺は悪くない。
そんなこんながあっての、冒頭の台詞である。
花嫁は、鼻に皺を寄せて、俺を射貫くように見た。生意気だ。
「男子がいない家の長女として、仕事として、私だって我慢しているのよ。自分だけ被害者ぶるのはやめてほしいわ」
その言葉に、俺はカッとなり、家を飛び出した。
当然、向かう先は恋人の元だ。
久しぶりの逢瀬に、盛り上がった。
やはり、女は可愛げが無ければ、な。
翌日、反省したかと婚家に帰ってやったが、嫁は部屋に籠もっているらしい。
いつも嫁にぴったりと寄り添っている秘書官が、しれっと言う。
「初夜の翌日は、そういうものだ」と。
俺が今、外から帰ってきたのを知っているのに?
見栄を張って、愚かなり!
そういうことに、したいのか。恥ずかしくて、家の者にも言えないよな。
初夜を終えてから俺が外出したとか、辻褄を合わせているわけか。
惨めだな!
金を儲けるのはうまくても、二代前に貴族になったばかりの家など、こんなものだ。
俺は美味しい朝食をいただいてから、また恋人の元に戻った。
気が向くときに嫁の家に行き、食事を取りながらなにやら書類に署名をする。
嫁に嫌味を言われて、恋人と憂さ晴らしに買い物をする。
必死に稼いだ金を浪費してやるんだ。
そんな生活が三ヶ月経ったころ、父と兄が血相を変えて、俺と恋人の家に来た。
結婚してから、俺が借りてやった居心地のいい家だ。
今度は遠慮なく、父に殴られた。
テーブルにぶつかって、派手な音を立てて俺は床に転がった。
「あの最終確認のときに、破談にしておけばよかった! この馬鹿もんが!」
「そうしてくれたら、よかったのに! 俺を犠牲にした、当然の報いだ!」
あまりに理不尽な言葉に、怒鳴り返した。
恋人が、う~う~と唸っている。
痛む頬に手を当てながら、そちらに目を向ける。兄が恋人を縛り上げ、猿ぐつわを噛ましている。
「何してるんだ!」
兄は嫌悪の表情を隠さなかった。
「お前たちの散財のせいで、爵位返上の危機だ。
こいつの実家にこいつが浪費した分の支払いを要求したら、払えないから娼館に売り払ってくれと言われた。お前が入れあげるだけのことはあるな。
どうぞ、入室して結構ですよ」
扉の外に呼びかけた。
がたいのいい男が二人、にちゃりと気持ち悪い笑顔の男を先頭に入ってきた。
「ほうほう、これはこれは」
舌なめずりしながら、彼女の顎に手をかける。
男の一人が彼女を押さえつけ、もう一人が彼女の服を丁寧にむいていく。
彼女が暴れてもびくともせず、首を振って涙を流す。
俺は、床に座ったままそれを眺めるしかない。
「では、これくらいで」
いやらしい男が小切手を切り、父はうなずいて受け取った。
恋人を肩に抱えて、三人の乱入者は去って行った。
「な……ど、どこへ……」
「変態紳士、御用達の秘密倶楽部だ」
兄が吐き捨てるように言った。
次に廊下が騒がしくなったと思ったら、家具や宝飾品を買い取る業者がどやどやと入ってきた。
「まあまあまあ、こんな贅沢品を。
お気の毒だが、この先もご贔屓に……とは、いかないんで、色は付けられませんぜ」
「……承知している」
父が沈痛な面持ちで応えた。
「たかが男爵家と同じレベルの家具だ……」
俺が力なくつぶやくと、兄に蹴飛ばされた。
「五十年前の、国難を乗り切るための大金を融通して叙爵された方々だ。
国家予算に匹敵する売上げを持つ商会を、我が国に縛り付けるための爵位。金で爵位を買う、そこらの男爵風情とはわけが違う。
生活レベルなど侯爵家に匹敵するわ」
父は俺をかばうこともせず、責めたてる。いつも、そうだ。
「我々は資金援助をしてもらい、半年くらいで新婚生活が落ち着いたら、彼らに貴族社会の暗黙の了解を教える……そういう約束になっていたんだ」
「お前一人が犠牲に? 私の妻を見てもそう言えるのか?」
兄が憎々しげに吐き出した。
そうだ、兄も持参金だけの、すごい女性と……。
友人にからかわれて、「兄上の趣味を疑うよ」と愚痴った記憶が蘇る。
家具が運び出され、父は金貨の入った袋を受け取った。
「買い取りでこんなに……一体、いくら払ったんだ。一リィンも稼いだことのない穀潰しが」
父の嘲りに、顔が赤くなった。
「俺を売り払った結婚契約金があるでしょう?!」
「お前の三ヶ月の散財で、そんなもの吹き飛んだわ。領地の立て直しに使う予定だったのに」
大きなため息に、血の気がひいた。
「……ようやく理解したか。この愚か者め。
払いきれない分は、タウンハウスで許してもらった」
父上は何を言っているんだ?
「我々はこの足で領地に向かう。さあ、父上、参りましょう」
肩を落とし、急に老け込んだ父を促して、兄が出て行こうとする。
「先祖代々のお屋敷を、どうしたのですか? 我が家の誇りが詰まった、あの家を!」
我が家の歴史や過去の栄光は……。
「……お前の嫁が住むそうだぞ」
兄の恨みが詰まった視線に、心が凍り付いた。
「そんなの、お家乗っ取りだ!」
「何を言っているのだ? 家屋と血筋の話を混同するな。
それに彼女がお前の子を産むのだから、我が家の歴史をお前が語り継いで……」
「俺は、あいつを抱いてない!」
兄の言葉を遮ると、父が急にシャキッとして胸ぐらを掴まれた。
「何? 今、何と言った?!」
鼓膜が痛くなるほどの大声。ぷるぷると震えて、父の血管が切れるのではないかと恐くなる。
青ざめた兄が俺の顔をじっと見つめて……笑い出した。
「ああ、そうか。お前、あの秘書官と髪も目も同じ色だな!」
父はさめざめと泣き出し、兄は気が狂ったように笑い続ける。
兄は笑いをとめて、真顔で忠告してきた。
「屋敷を取られ、寝取られた?
恥の上塗りをしたくなければ、黙っていろ。
言った途端に、お前が『貴族の勤めを果たしていない』と笑われるだけだ。
誰もお前に同情などしないぞ」
兄は父の背中に手を添え、何もなくなった部屋を横切って入り口まで辿り着く。
このまま出て行ってしまうのか?
「あの、俺はどうしたら……」
兄は首だけで振り返って、苦笑いした。
「さあな、好きにしろ。お前はもう、我が家の人間ではない。
お前が馬鹿にしていた、私の妻は、領地についてきてくれるんだ。
今も、母上が滅多なことをしないように貼り付いてくれている。家族って本当にありがたいよなぁ」
その中に、もう、俺の居場所は……。
「あ、母上に一目……」
「やめてくれ。錯乱状態で暴れだしたら、父上と私でも押さえるのに一苦労なんだ」
兄は、もう振り向かずに、出て行った。
――俺の妻に、跪いて謝ったら……許してくれるだろうか。
昨日の夜、寝入りばなにふと思いついた話です。
改めて書いてみると……再生不可能なクズですね。