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勇者は学校で本を返したい  作者: 雲丹屋
9/21

朝礼の校長の話の最中コソコソしゃべたくなる気持ちはわかる

 聖堂で大司祭の祝福を受けた聖勇者召喚者は、その後、聖堂前の中央広場から8頭立ての無蓋馬車に乗り、まっすぐに伸びた大通りをパレードして王宮前にやってきた。前倒しされすぎの日程のために、豪奢に……というほどでもなかったが、沿道に並んだ一般観衆は十分に多かった。そして戦勝パレード用の馬車で堂々とふんぞり返っている聖勇者召喚者ゴリ(正式名称は忘れた)は、たいそう様になっていたので、おおいに歓声を集めた。


 ゴリは背が高く筋肉質で恰幅のいい雄牛のような体格の男だった。

 伝説の大魔導師の生まれ変わりで最強の勇者召喚者という触れ込みだったが、見た目の印象としてはその"最強"は本人の筋力と体力を修飾しているのだなと誰もが思った。

 俺の目から見ても、今朝のゴリは気迫十分で、金糸の飾り紐が付いた真っ黒な裾の長い上着の上から、式典用に聖堂の司祭達と同じ赤いケープをまとった姿は、まるで闘牛士を突き倒した後の猛牛のように思えた。


 王宮まで来たゴリは王族より一段だけ下のテラスに出て、王宮前広場に集まった観衆に何やら演説をしたらしい。

 式典には付き合わず、一足先に奥離宮に向かっていた俺にはゴリの演説は聞こえなかったが、群衆の歓声が2度程上がったのは聞こえた。

 おそらく"勇者"を出して見せたのだろう。

 実は、マナが俺を顕現させっぱなしにして放し飼いにしているのはとんだ暴挙で、普通の勇者召喚者は必要な時だけ勇者の姿を己のすぐ近くに短時間出現させるものなのだ。

 ゴリの"勇者"は金色に揺らめくゴーストなので、背後に立たせるととても見栄えがいい。

 なにせ意思もないし、無駄口も叩かないから守護霊っぽく見える。たいそう祝典向きといえる。

 たしかに俺とマナのセットよりも魔王を討伐してくれそうな安心感はあるので民衆受けは良い。そういう意味では実に納得の選抜だと言えた。


 というわけで、退屈な儀礼全般はゴリにお任せして、自由意志のある勇者な俺は、裏で好きに活動させてもらっていた。


 最終的に魔王討伐の儀式が行われる予定の奥離宮は、その名の通り、王宮の敷地の一番奥まったところにあった。普段は使われていないそうで、日頃の存在感はゼロ。どこにあるのかと思ったら、本宮の裏手に広がる庭園の先に、木立に隠されるようにひっそりと建っていた。


 普段、ひと気のないこの奥離宮も、今日は物々しく警備されている。正面には式典用に磨かれた軽鎧をつけた衛兵が等間隔で並んでいるほどだ。


 とはいえ、そこは急遽突っ込まれた不慣れな警備任務。武官トップのタマネギ1号とその直属がいきなり抜けた体制で、抜擢された代理は、それほど無茶がこなせる奴ではなかったようである。

 なんか頭硬そうなヒゲ面のおっさん武官だったからなぁ。根性論と人数でそれっぽく対応しただけらしい。警備の質は見た目ほど高くはなかった。

 もっとも、俺は侵入者としては甚だしくたちが悪い特異な存在なので、タマネギ1号が仕切っていたとしても易々と警備をすり抜けていただろう。勇者にインポッシブルなミッションはない。


 不可視で身軽な俺は、下調べの時と同程度の気安さで今日も奥離宮に出入りできた。

 儀式が行われる聖殿は、奥離宮の中心にあたる建屋で、ドーム屋根が付いたぶち抜きワンフロアの古い石造建築物だ。


 俺は高い位置にある小テラスに登ってフロア全体を見渡した。

 この狭い張り出しは、釣り灯籠や飾り幕用のローブを上げ下げするために設けられた作業足場らしい。クッションも椅子もないが、見物にはちょうどよい。


 聖殿は構造強度を高めるために四方の壁に凹凸が付けられている。その結果できた壁龕にはいい感じに絵画や彫刻が飾られているため、フロアの全体的な印象は円形または円が内接した正方形だ。

 ドーム屋根の明かり取り窓は間接照明構造なので差し込む光は柔らかい。勇者として視力は補正されているからあまり感じないが、一般人にとっては薄暗い空間だろう。


 フロアの中央には型抜きのときのテーブルと同じ素材の黒い石の板が敷き詰められ、あの白い石片が綺麗に並べられている。

 連日深夜までかかって、兵隊さんと下っ端魔法使いらしき作業員さん達が残業して設置した力作だ。

 描かれた図形は予想通りの召喚陣。お師匠の解説の結果、一応読めるようになった陣の魔法文字の文言は実にヤバい内容だった。


 脳筋魔法使いゴリの腕力では召喚される魔王は倒せない。


『そろそろ来るかな……』


 召喚陣を囲むようにぐるりと設置された観覧席は、招待された貴族や富裕層の観客で埋まりつつあった。


『来た』


 観客がひと通り入り終え、ざわめきが収まった頃、正面左側奥の扉から、偉い人が着る感じの偉そうな服を着たおっさんが入ってきた。

 この国の服飾事情には詳しくないが、国王ではなさそう。

 よく見ると眉頭に遠目でもよくわかるぐらい大きなイボがある。……トラさん!お前か。

 下町の人情家っぽい雰囲気は全くなく、悪徳成り金の豪商みたいな四角い顔をしているが、トラさんはこの国の政治の中枢にいる重要人物だ。実はこの魔王討伐プロジェクトを仕切っている総括責任者でもある。


 うーん。責任者名を見てもピンときてなかったんだけど、顔を見たら例の本の"トラさん"だと一発でわかったよ。やっぱりあだ名でしか登場人物を覚えてないのは良し悪しだな。今度から先頭数文字とだいたいの文字数の印象ぐらいは覚えよう。


 ……というか、統括責任者なのに今まで勇者の有力候補だった俺が会ってないってどういうことなんだよ! さてはほぼ最初から出来レースだったな、この勇者選抜。

 ばらまき作戦でゴリが出てきたあたりからアイツを聖勇者召喚者にするのは決定事項だったのに違いない。


 トラさんが何やら偉そうな長いスピーチを観衆にかまして、場内のうんざり感と期待感が十分に高まったところで、右奥の扉からゴリが現れた。


 パレードの時から衣装がさらに豪華になっている。金色の刺繍ががっつり入っていて重そうだ。あれが勇者召喚者の正装だとしたら、マナは衣装に着られて七五三みたいになっていた可能性が高いな。


『(なんですか? 七五三って!? 言葉はわからないけどなんか失礼な感じを感じましたよ、勇者様)』

『送ってない思念を拾うなよ……面倒な。魔力の無駄遣いだから黙ってろ』

『(だって退屈〜)』


 遠距離通話魔法が俺相手だとお気軽かつ微少魔力でお得にできることに気づいてから、マナはかなりどーでもいいことをテレパシー的に送ってくるようになったのだが、その副作用で俺が送ってない考えまで拾うようになったらしいのが困る。


『(勇者様、ろくなこと考えてないから呆れちゃいます)』

『やかましい。ほら国王入場だぞ』

『(それより今、私達がいるところ見えますか〜。西側の扉の近くの隅っこの席です)』

『わかってる。さっき入ってきた時にチェックした』

『(私のおめかしもちゃんとチェックしてくれました?)』


 マナと師匠は、2号さんのツテで偽の身分に成りすまして招待客としてやってきている。たしか貴族出身の3号さんの親戚筋で……甥の義姉の従兄弟がお嫁に行った先の貴族の寄親の次男の許婚とそのお付きだったかな。よくわからんがそんな感じのツテのツテ。

 当然、服装もいつもの地味ローブではなく、貴族女性が王宮で開かれる行事に出席するのにふさわしいドレスだ。馬子にも衣装と言うが、日頃とは見違える化けっぷりである。


『(照れなくていいんですよ?)』

『アホ。師匠が正装だと抜群に美人だなって思ってるだけだ』

『(ふ~ん)』

『バカなこと言ってないで集中しろ。始まるぞ』


 勇者がいかに凄いかの紹介や、これから行われる儀式の意義などのくだくだしい説明が終わった。いわく、魔王というのは世界の歪みで厄災である。これからその悪しき力を擬人化して捕縛した状態で呼び出し、勇者の力で滅するのだとか。

 うまい嘘というのは8割方真実だというのは本当だな。説明はほぼあっている。


 ただし、この召喚陣に捕縛機能はない。

次回、魔王召喚!

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― 新着の感想 ―
ラスト一行が不穏。あと、途中の、「筋肉では倒せない」……筋肉なんですね、魔法じゃないんですね? 召喚って、魔法だと思うのですが……闘牛、もとい、召喚主の魔法の腕はいかほどなのか、ちょっと興味があります…
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