先生、お願いします
「晴れ舞台を観てやろうと王都まで来てやったのに、地下活動とは……何をやっておるのだ、お前達」
「ごめんなさいっ、師匠」
『来ていただけるとは思っていませんでした』
2号さんに用意してもらった隠れ家で、俺とマナは机に額をこすりつける勢いでお師匠様に謝罪した。
聞けばマナの奴が「試練の成績が良いので勇者召喚者の代表になれそうです」と連絡していたらしい。
『連絡って……王城の人に手紙の配達でも頼んだのか?』
「ううん。魔法だよ」
『そんな手段あったの!?』
「とんでもない魔力の浪費だから、よほどの緊急時にしか使われない古い魔法があってな」
『この魔力お化けだから使えるインチキ手段か』
「それでも相手が私だからかろうじて半分ほど判別できたというところだな」
発表会の参観のお知らせ並みの能天気さで送られたメッセージだとは思わなかったから、緊急事態だと思って急いで来たそうだ。
すみません。監督不行き届きでした。でも結果オーライです。
『お師匠様に来ていただけたのは幸運でした』
「まったく。運の強い奴だ」
たしかに。街で偶然、乗合馬車の昇降場付近にいたお師匠様を俺が見つけたからいいようなものの、そうでなければ行き違いだった。周囲の有能が全部マナの利益につながるのは強運としかいいようがない。
こういうの主人公補正っていうんだぞ、俺、知ってる。
マナはドジっ子、天然、見た目田舎娘だけどオシャレしたら実はかわいくて、無二の才能持ち。主人公特徴の数え役満だ。
そして俺は主人公じゃない……ぐすん。いいもん、脇役好きだから。助演男優賞や読者投票はたぶんタマネギ1号が持っていくだろうが俺もアイツに投票するからそれは問題ない。
『現状の問題点は2つ。うち、タマネギ出荷作戦は優秀な部下の皆さん達のおかげで順調なのですが、魔王の件の方で必要な知識がどうにも足らなかったんですよ。お師匠様、ぜひともお知恵をお借りしたく』
「野菜の流通はわからんと断言できるが、魔王の方もどれだけ答えられるか自信はないぞ」
それでも身を乗り出して相談に乗ってくれるお師匠様、最高です。
マナは本気出せば記憶力がやたらに良かったので、パズルのピースは揃っていたのだが、それを解くのに必要な知識が不足していたのだ。推論を進めるのにはこの世界の魔術の知識が不可欠だ。
『魔王が、勇者召喚と同源の術式で召喚されると仮定した場合、その術式はどのようなもので、召喚される魔王とはいかなる特徴を備えていると考えられますか?』
「魔王召喚陣が存在するというのか」
『おそらくは。勇者召喚術式の上位互換です』
偉い人が国の魔法使いに、これで勇者を召喚しろって、配布した召喚術の文書のオリジナルがそれだろう。
簡易術式を広め、多数の術者にトライアンドエラーをさせて事例を検証し、精度を高めて満を持して発動させるのだとすると、相当ヤバい。
「国が魔王を召喚してどうする」
『国が、なら討伐を前提とした国威高揚策の茶番でしょう。そうでなかった場合は……』
「破滅願望か」
『魔王の力を御しきれると踏んだ野心かもしれません』
「どちらにせよ迷惑極まりないな」
世界征服か世界滅亡の野望を"迷惑"と切って捨てられるお師匠様ステキ。
「わかった。何事もなければよいが最悪の事態を想定しておく必要はありそうだ」
だが仮に魔王召喚陣があったとしても、陣に描かれた内容がまったくわからない状態では、召喚対象の特徴までは同定しきれないと前置きしつつ、それでも彼女は俺にもわかりやすく、マナが使った勇者召喚陣と術式の解説をしてくれた。
「もし上位の召喚陣が存在し、魔王が勇者と同質だと考えた場合、その魔王は他の勇者とお前の延長線上にあるはずだ」
俺が、王都でみかけた他の勇者は自我もろくになく召喚主から離れての自立行動はできなかったと説明すると、彼女はそれは術式の達成度合いが要因だろうと言った。
「召喚術は異界から術者に共鳴する存在を引き寄せて、魔力で具現化する術だ」
基本構造が同じ場合、召喚対象の強さは、呼び寄せた元の存在の種類や強さにもよるが、術がいかに正確に大量の魔力を注ぎ込めたかによるという。
マナが大成功したのはバカげた魔力量のゴリ押しということか。
「いや、きちんとした下準備と丁寧に陣を構築することも重要だ」
『そんなこと、コイツができたんですか』
「私がやらせた」
『なるほど』
「お師匠様〜、そこは私がよくやったって褒めて〜」
『うんうん。マナはモチベとケアレスミスのチェッカーがいてきちんとやり直しさせれば根気よく精密作業ができる奴だよな。偉いぞ』
「えっへん」
マナはやらせればできる子だ。しかもこう見えて、意欲さえあれば手先だけではなく魔力制御も器用にこなす。
召喚陣というものは図柄や魔法文字を描くときに魔力を正確に置かないといけないらしい。染料はむしろ術者が形状をイメージしやすくするために使うのだという。手先が器用なだけで、字は綺麗にかけても魔力をのせるのが下手な魔法使いのために、魔力を帯びた素材のインクを作ることはできるが、製造も保存も難しいため高価で取引されていると師匠は教えてくれた。
その点、マナは形をイメージして魔力を落とし込む能力が抜群に高い。
だから、俺が召喚された時に光っていた召喚陣はフリーハンドで作画したとは思えないほど綺麗なできだったし、型抜きもいい仕上がりだった。
それを越える精度と魔力の投入が魔王召喚には必要だということになるのか……。
そこで俺はふと思いついた。
『マナ。型抜きのときにくり抜かされた図形、描き出させた一覧の紙あったよな。あれ出してくれ』
「全部書いたけど何が何だか分からなかったこのウネウネ模様?」
『それぞれ』
俺は雲形定規の見本帳みたいに謎の形状が並ぶ絵図をお師匠様の前に広げた。
『これ。ひょっとして、組み合わせたら召喚陣の魔法文字になりませんか?』
「なにっ」
『ですから、この変な形を並べ直したら文字ができるんじゃないかと』
「たしかに古典的な書体の一部に似ているな」
俺達はメモ書きの絵図をパーツごとに切り取って並べ直した。
「これは……!」
「たしかにこうやって並べると魔法文字になりますね〜、面白い〜。でもこことか、点が足りませんよ?」
『単純な点や直線は加工しやすいからな。お前に切り抜かせなくても他の魔法使いでなんとかできるから課題に入っていなかったんだろう』
そう。俺達は利用されたのだ。
「だが、本当にこんな陣を完成させる気なら、とてつもない量の魔力が必要だぞ。そんなもの普通の生身の術者では提供は無理だ。人間は精霊ではないんだから」
俺とマナは顔を見合わせた。
「お魚……いっぱい捕っちゃいましたね」
『大漁だったな。あれは供給過多だったかも』
「お前達、野菜以外にも魚介の流通にも関わっているのか!?」
俺とマナはお師匠様に平謝りしながら、事の顛末を説明し、一緒に対策を練った。
このまま魔王が顕現したら、それは俺達にも責任がある。
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