第三の試練
神秘的な地底湖だった。
ポールに吊り下げられた古風なランタンの灯りは頼りなくて、俺達が立つ小さな円形の浮島をかろうじて照らしているだけだ。出入り口である地下通路から続く桟橋は闇に沈んでいる。……見えるけど。
勇者って人間止めてるなって、こういうところで地味に実感する。普通の視覚とは別に"なんかわかる"が最近増えた。知覚が魔力準拠になっているらしい。
マナの特訓の成果か。めでたい。俺の人間性を返せ。
さしあたって便利なので、地底湖の水底の様子をうかがう。
澄んだ水。TV局並みの光源があれば青の洞窟的に観光地化できそうだ。名前も精霊の湖っていうらしい。実にそれっぽい。
ただ、ここは観光地化できない理由がある。精霊うんぬんがガチなのだ。水の中に異常な魔力溜まりが点在している。濃いところはうっすら発光しているから普通の人でもチラチラ明滅する光点が見えるだろう。
「わあ~、光のお魚が泳いでますね〜」
『魚……うん、そう見えるかな』
魔法使いのマナには魚に見えるらしい。言われてみればそんな感じだ。光球の中央から水流に揺らいでフワッとはみ出ている部分がヒレっぽい。……金魚か?
「この湖底に凝縮した精霊珠を取得するのが第三の試練だ」
『水に潜るの?』
「その必要はない」
タマネギ1号は浮島の端っこにある2枚の板を指さした。水中から伸びた柱の上に固定された板は、戸板よりちょっと大きいぐらいのサイズ。内側の表面がシャボン玉のように虹色マーブルに薄く発光している謎素材だ。向かい合わせで、板と板の間隔は3〜4m程か。もうちょっとあるかも。
「このレバーを押し下げると、あの板の間に精霊珠が現れるから、それを捕れば良い」
「手で掴めるんですか?」
「これを使え。どちらを使ってもいい」
渡されたのは短いワンドと長い杖。どちらも先端に魔法文様の入った大きな環状の飾りが付いている。ワンドの方の輪は手のひら大。柄と輪の比率は虫眼鏡ぐらいか。長杖の方はそれよりも輪に対して柄が長い。それでも輪の直径は1m近くありそうだ。ネットがあれば大きなタモといったところ。
「これは宝具だ。壊さぬように注意してくれ」
『了解です』
術者が魔力を通すと輪の部分に精霊珠を捕らえられる薄膜が形成されるのだという。人の手や普通の物資が触れると精霊珠は壊れてしまうらしい。ちなみに掬ったあとに入れる椀も宝具。金かかってるなぁ。
宝具は貴重なので壊すと失格だと念を押された。
ちなみにレギュレーション統一のため、これらを使わなくても失格らしい。もちろん、お椀を捕獲に使うとかそういう用途外の利用も禁止。
『そのルール、俺達のために付け足されました?』
「後ろ盾がない君らを正勇者として最終選出したくない派閥はあるということだ」
「ほえ?」
『それ、俺達に言っちゃっていいんですか』
「どうせお前はとうに知っているんだろう」
『いやまあ?』
タマネギ1号はしらばっくれる気のない俺の顔を見て、口をへの字にし眉根を寄せた。
「付け入られる隙がない正攻法で圧勝しろ」
いい人だなぁ。
「はいっ! がんばりますっ」
『ルール範囲内で無茶します』
ビシッと気をつけの姿勢でお利口さんに返事をした俺達に、タマネギ1号は深いため息をついた。
例によって本番の前に、まずはお試しということで、俺はマナにワンドを持たせてみた。
「あ、膜みたいなのができました。キレイですぅ」
『薄いな。強化できるか?』
「力いれると割れちゃいます」
宝具の輪の中に形成される薄膜はほぼシャボン玉強度で、魔力を沢山注げば強化されるというものでもなかった。長杖の方の大きな輪となるとさらに薄膜形成は困難で不安定だった。輪の直径がほぼこの術式で膜構造を作れる限界なのだろう。
よく見ると、輪に巻かれた皮膜の内側に細かい点が空いていた。そこから微細な糸状に何かが放出されて、テニスラケットのガットのように輪の内側に薄膜を作る仕組みらしい。
径の短い方は放出された糸の端が対面の穴まで届いて、入出力がバランスよく循環している。しかし径の長い方は糸状の放出物は輪の中央付近で薄れて途切れている。片持ち梁のようなものだ。
「こっちの大きいのはずーっと魔力を入れ続けないといけないみたいです」
『なるほど』
これで捕まえるという精霊珠はどういう感じででてくるのだろうか。
俺はレバーを押し込んでみた。思ったより重い手応えだ。
向かい合った2枚の板の輝きが増した。
虹色の膜を突き抜けるように、水しぶきと共に光の魚のような精霊珠がいくつか飛び出し、反対側の板に吸い込まれていく。
硬質なはずの板の表面は水面のようにさざ波が起き、揺らいで見える。
レバー操作1回での噴射は数秒で小魚1,2匹。手押しポンプのように数回連続で操作すると、時間と魚の量は増えた。
『わ〜、キレイです。でも、真ん中より上はちっちゃい方だと手が届かないですね』
たしかにワンドでは、柱の上の板の上部から跳ねた魚には届かない。輪の大きさ的にも1つずつ捕るのが限界だろうから、下の方に出てくる奴を狙うことになるだろう。
タマネギ1号に本番のルールを聞いてみると、制限時間内にどれだけ精霊珠を集められたかの勝負になるという。
「だったら、大きなのでガっと全部取っちゃう方がいいですよぅ」
『たぶん、そう上手くはいかないんじゃないかな』
とりあえずやってみることにした。
大きな輪の長杖を握ったマナが上流になる板の前にスタンバイ。俺がレバーを押し下げる。
「やー! わー!」
『早い。2コマオチをひと息でやるな』
出てくる魚を一網打尽にしようと、ほとばしった水流に正面から突っ込んだマナは、びしょ濡れになってひっくり返っていた。
当然、輪の薄膜は破れて、精霊珠は取れていない。
「これ、無理ですよう」
『お前が下手すぎるんだよ』
水と精霊珠全部の勢いを受け止めるには、杖の方の大面積の薄膜は脆弱すぎる。水はある程度膜を透過するようだが、正面から受け止める強度はない。
「パゥワーが足りない」
『足りないのはスピードとテクニック』
「じゃあやって見せてください」
こういうのは欲ばって大きいので取ろうとすると失敗するというパターンなんだと解説しつつ、俺は小さいワンドを握った。ワンドの方は一度マナが魔力を供給すると膜が維持されるので俺でも使える。
『さあ来い』
「行きます」
マナがレバーを押し下げた。
噴出した水流に沿ってサイドからワンドを差し込み、キラリと光って跳ねる精霊珠の魚のギリギリを輪のエッジで掠めるように払って、素早く薄膜で跳ね上げる。
はじき出された精霊珠を支給されている椀で受け止めれば一丁上がりだ。
「勇者様、無駄にうまい!」
『無駄じゃないだろ!!』
「相変わらず実用性のないことが謎に得意だな、お前は」
『ふふふ、我を讃えよ。金魚すくいもスーパーボールすくいも町内会の夜店で鍛えた』
中学生で出禁になってからは、店番側に回ってタダで遊んでたからな。(なお町内会イベントなのでバイト代は出なかった)
「何の自慢かよくわからないけど、どんどん行っちゃってください」
『よっしゃ来い』
調子に乗ってガショガショとレバーを動かすマナに合わせて、俺も調子に乗ってペースを上げる。大漁、大漁。これなら小さいポイでも勝てる!
……と、思ったその時。
並外れて大きな魚が虹色の波紋から出現して、光の尾を煌めかせながら高く飛び、反対側の板に向かって消えていった。
『おおお!?』
「なにあれ〜っ」
俺達は早速デカいのを獲るための作戦会議に入った。
『小さい捕獲器では無理だな』
「大きいのだと勇者様では維持できないです。身体を魔力に還元すればなんとか?」
『身を粉にして働かせんな』
滅私奉公で身体が滅するとか洒落にならない。
『かと言って、お前を鍛える時間もないし……』
ここは道具の改善だな!
『これって、現状回復して返却するならちょっと手を加えてもいいよね』
俺が声をかけるとタマネギ1号は聞こえないふりをして背中を向けた。いいね、大人の余裕と融通力。
よっしゃ、レッツ魔改造。
俺がポイを使うためには、膜の径を小さくする必要がある。宝具が形成する糸の端が輪の放出孔に届くようにすれば、循環が始まって追加の魔力供給が不要になるからだ。
かと言って、単純に輪のサイズを小さくすると、今度は目標である大きな魚を捕まえられない。
『そこでこうする』
俺が大小の輪を重ねてみせると、マナは首を傾げた。
「同じじゃないの?」
『ところがぎっちょん。この小さい方の輪に巻かれた皮膜をこうやってぐるっと回してやると……』
「"ところがぎっちょん"ってどういう意味ですか?」
『やかましい。古語の逆接感嘆詞だ。精密作業中に気が散る質問すな……よし、あとはここを紐で留めてっと……できた』
「勇者様、それマナの髪留め」
『予備ぐらい使ってもいいだろう』
「むう」
『嫌なら魔力硬化で物質化してこことここ固定して……』
できた。
俺は輪が二重の同心円になるように魔改造した捕獲器を軽く振ってみた。大丈夫そうだ。マナに魔力を通させてみると、杖の輪から放出された魔力糸は、輪の真ん中に張り出す形で固定されたワンドの輪の孔とちゃんとつながって循環を始めた。
二重円の間にドーナツ状に形成された薄膜は、ワンド単独の時の小さい面と同程度の強度と安定性を示した。
『これなら勝てる!』
「真ん中、穴あいてますよ」
『これは余分な水を抜くための穴だからいいんだ』
「今、思いつきました?」
『臨機応変上等! 行くぞ!!』
「はいっ」
俺達は圧倒的漁獲高(?)で他の勇者候補に勝った。
大漁、大漁
おっきいお魚もガッ!と勢いでいきましたw