第二の試練
連れてこられた騎士団用の演習場は広くて、周囲に壊したらヤバい建物がないところだった。
さすがタマネギ1号、危機管理しっかりしてるな。リスク管理のフィードバッグが早い。
「これをあの的に入れろ。ただし、術師はこの線から先に出てはならん」
『手元での精密制御の次は遠隔操作かぁ』
渡されたのはおはじきサイズの軽いチップ。
俺は演習場の中央に置かれた奇妙な的を眺めた。正方形のマスの中央に短い杭が立っているような形状だ。正方形の大きさは成人男性の手のひらよりやや大きいぐらいか。あまり的っぽくは見えない。
2つ目に出された課題は、召喚者がこの的に向かって投擲物を投げ入れる、という趣向だった。
ただし、渡されたチップは紙みたいに軽くて、このまま投げても飛びそうにない
的までの距離は、野球のピッチャーからキャッチャーまでの距離よりちょっと遠いくらい?
俺はその辺に落ちていた小石を拾って、マナに渡した。
『投げてみろ』
「えいっ」
ぽたり
悲しいほど手前で落ちた小石を、俺とタマネギ1号は2秒ほど見つめた。
「勇者様、撃てばいいんじゃないですかっ!? これドカーンと撃ち込みましょう!」
「演習場を破壊してはいかーん!」
『うーん。当然、的も破壊不可?』
「当たり前だ。これはそういう趣旨の試練ではない」
なるほど。的はわりと脆弱そうだ。あと、四角い部分にも何か魔法文字っぽいものが刻まれている。あれ自体が宝具加工なのだろう。射的感覚でバカスカ攻撃魔法を当てられてはたまらない……指定投擲物ごと木っ端微塵はマズイだろう。
さて、どうしよう。
おそらく想定されている解法は、術者が魔力操作でこの軽い弾を飛ばし、杭に当ててマスに落とすというあたりだろう。出力過多気味のマナには向いていないゲームだ。
こっちに来てから聴き込んだ噂によれば、俺達以外にも召喚に成功した魔法使いはいるようだ。おそらく試練の仕様はそちらを想定して設定されている。
俺とマナみたいなのはイレギュラーという試練ならルールにガバはありそうな気がする。
タマネギ1号はあまり他の召喚勇者について語りたがらないが、どうも"勇者"とは名ばかりの自我のない亡霊みたいな存在ばかりらしい。それに勇者が顕現できるのは基本的には召喚術者のごく近くのみ。
『コレ、術者はこのラインから向こうに行ったらダメってルールなんだよな?』
「そうだ」
俺は指定投擲物を持ったまま、スタスタと的の方へ歩き始めた。
「……って、おい! セージ。お前が的まで直接歩いて行ってどうする!?」
『え? だってルール上そこの線からでちゃダメなのは召喚者自身でしょ』
「む?」
『俺は術者じゃないから』
「むむむ」
「ダメなんですか?」
「ダメ……とは明示されていない……のか?」
タマネギ1号は眉間にシワを寄せて唸った。この人、こういう顔が様になるな。
『なんか見た目に問題あるなら改善しますよ』
俺はチップを手に持ったまま、自分の存在感を召喚者以外は察知できない程度に下げた。
たぶんタマネギ1号からは俺の姿がスッと消えて、チップだけがプカプカ浮かんでいるように見えるだろう。
『よーし、マナ。このまま的まで行くからな』
「はい。いってらっしゃーい」
まっすぐ的の所まで来て、チップをポトリとマスに落とす。
『これで良いですか?』
「入れました」
自分の手柄のように得意そうに完了報告をするマナの隣でタマネギ1号は腕を組んで唸った。
「魔力検出反応なし……無効だ」
「えーっ?」
『事前に説明されていない条件の後出しはずるいぞ〜』
ぶーぶー文句を言う俺達をタマネギ1号は睨みつけた。
「セージ、ちょっと来い」
『何ですか』
「顔を出せ」
『あー、はいはい。これでいいですか』
急に至近距離に現れた俺に、タマネギ1号は一瞬鼻白んだが、ぐっと顔を寄せて押し殺した声で警告した。
「貴様、そのやり口でこれまであちこちに出入りしていたな」
『んー……なんのことでしょう』
「妙に裏事情に通じている気配があると思ったら、とんでもない奴だ」
『気のせいですよ』
「今のは見逃してやる。以後、おおっぴらに手の内を見せるような真似はよせ」
『あれ?そっち方向に叱るの?』
「バカもの。叱られる筋が見えているならやるな。……王宮はお前が思っているより昏いぞ」
『……みたいですね』
俺はタマネギ1号の目をじっと見た。誠実ないい人だ。色々と生きにくいこともあるんだろうな。
『タマネギ1号さんのプライバシーはもう覗かないようにします』
「私の私室にまで勝手に入り込んでいたのか、貴様〜」
あやうく切り捨てられそうになったので、俺は急いでマナの後ろに戻った。
どうどう、落ち着け、騎士様。俺は個人の趣味には寛容だ。女物のアクセがこっそり隠してあっても言及しない程度の節度はある。
とにかく、素のチップを俺が手で持って運ぶのはダメらしいので、次の策を実行する。
ふはははは、できる勇者は代案が出せるのだ。……思いつきと行き当たりばったりでやってるわけじゃないぞ。
『マナ。お前、魔力でこれっくらいの輪っかを作れ。この前の魔刃形成の応用だ』
「はいっ、勇者様」
マナが胸の前にかざした両手の間がほんのり輝き始める。光は拡散することなく渦を巻きながらリング状に収束し、輝きをます。3つ数えるほどもかからずに青白い硬質な輝きのリングがマナの前に出現した。
「こ……これは?」
『凄いだろ。魔刃形成と同じ収束過程で魔力から硬質な実体を形成できるんだ』
「だが、宝具もなしに、この短時間で?」
『そりゃ、苦労して特訓したもんな、マナ』
「はい! がんばりましたっ」
宝具の魔刃形成機構は融通がきかなくて、マナが魔力を通すとどうしようもなく大きな刃しか出力しなかった。そこで俺達はやむなくその宝具が出力した刃を制御して再収束する方法を模索した。その成果がこれだ。
『マナは自身の魔力を収束させて、金属以上の硬度の実体を形成できる』
「なんで勇者様のが得意そうなんですよぅ。苦労してるの私なんですよぉ」
『うんうん。偉い、偉い。マナは凄いぞー』
「もっと心込めて褒めてー」
目の前の非常識現象に唖然としていたタマネギ1号は、俺達の他愛ないやり取りに我に返ったのか、恐る恐る尋ねてきた。
「これは、どの程度維持できるのだろうか」
『恒常化は無理でしょうね。それなりに維持に集中が必要です。術者からどの程度、距離を取れるかについてはこれから検証します』
俺はマナの手元のリングを浮かせた。
型抜きの時にわかったのだが、マナが創ったこういう純正魔力物質は俺も操作できる。俺自身がマナの魔力でできているので、身体の延長みたいなものなのだ。
俺はリングの中央に指定投擲物のチップを入れた。リングの内径から伸びた数条の細い糸でチップが固定される。これでよし。
『よーし、マナ。"維持"で集中しろよー』
「はいっ、勇者様」
指揮者よろしく気取って人差し指を振り上げてから的の方を指差すとリングが滑るように空中を移動し始めた。
が、5m程離れるとリングの縁が揺らぎ始める。
『こら、集中』
「はいっ」
『そうそう。お前、俺の居場所は把握できたんだから、その応用で感じればいい。さっきと同じ地点までこのまま行くぞ』
「はいっ」
マナは素の目視だと距離感も動体視力もさっぱりダメなポンコツだが、俺との魔力的な繋がりを介して状況を把握すると驚くほどの性能を発揮する壊れ魔法使いだ。
リングは過たずに的に直進し、俺の指先の動きに合わせて、スポンと軸にはまった。当然、リング中央のチップは軸に当たる。目視しにくい小さなチップに魔力を付与するのではなく、対象を見やすい大きなリングにしたので位置取りはバッチリ。
チップ部分を軸沿いに滑らせて的のマスに入れたところで、台座が反応してほのかに光った。
マスの上に数字の1が浮かぶ。
ターゲットクリアだ。
「できました!」
「…………いいだろう」
腕を組んで不機嫌そうに睨みつけていたタマネギ1号は渋々OKを出した。
「では……」
『ここからが本番』
「ですか?」
口を尖らせてブーイングする俺達を、タマネギ1号は無慈悲に見下ろし、脳天に一発ずつチョップを入れやがった。(触れられない俺の分はご丁寧に寸止め)くそう、俺達が奴を理解している以上に、奴が俺達の扱いに習熟していやがる。
そして演習場に運び込まれたのは案の定大量の的……。
「話が早くて何よりだ。日没までに終わらせてくれ」
『鬼!悪魔!』
「ヒトデ!ナシ!」
「後ろ2つはなんだ?」
「海洋生物と果物らしいですぅ」
「それは罵詈雑言なのか?」
『うーん、説明が難しいなぁ』
大量の的を指定された順に攻略するのは、地味に面倒だった。
10×10に並んだマス目を、縦、横、対角線の各列で数字の合計が同じになるように埋めろってソレなんて魔方陣? トライアンドエラーでやってたら日が暮れるどころの騒ぎじゃない。
幸い俺は魔方陣の作り方の法則を知っていたので、この難関試練は実質、単純労働になった。
最後の方は、もう飽きちゃったマナは半分居眠りしながらリングだけ創っていて、俺がコツコツ順番にマス状の的に輪投げをする謎作業と化していたからなぁ。魔法性手工業。魔方陣が完成すると宝具の中央がキラキラして、白銀に光る星状の結晶ができるので、オーナメント製作の内職の気分だった。
こういう無駄な難易度の試練は止めて欲しい。
半分居眠りしながら魔力の物質化できるマナは実は凄いぞ! 絵面はマヌケだけど……
「ふにゃ~、ねむねむ……勇者様、まだですか〜」
『いっぱいあるんだよ!ほら、次のくれ』
「もう、まとめていっぱい作っておきます〜」
『じゃあ、もう直径小さくていいから、ここにじゃらっと積んで』
「ほあ〜い」