第一の試練
マナと俺による魔王討伐の試練は思ったより順調に進行した。もちろん俺の努力によるものである。
だが、なんだかんだでマナもがんばったと言ってよいだろう。
たぶん、おそらく、客観的かつ冷静に試練の状況を思い返せば、あるいは……。
【第一の試練】
真っ黒な石板が天板代わりに敷かれた置かれた台座を前に、俺とマナはちょこんと座らされていた。
タマネギ1号が連れてきた城の魔法使いは恭しげに四角い盆を捧げ持っており、その上には何やら白い板状のものが載っていた。魔法使いは慎重にその白いものを黒い石板の上に置いた。
タマネギ1号がマナに小さな円筒形のものを渡す。サイズは小指くらいで金属製。全面に魔法文字が細かく彫刻されている。宝具だ。
宝具は魔力を通すと設定された魔術の効果が発動する便利グッズだが製造は困難で貴重かつ高価らしい。お師匠様も持っていたが気軽に触ろうとしたら怒られた覚えがある。
「なにをすればいいのですか?」
「召喚者はその魔力をもって、勇者の力を正確かつ精密に安定して使えなければならない」
「はあ……」
タマネギ1号の説明によれば、この宝具は使用した魔力に応じてエッジを成形するらしい。その魔法の刃で黒い台座の上の白い板を指定された形に削るのが第一の試練なのだとか。
「これは硬いが脆い素材でできている。力の入れ方が下手だと簡単に割れる」
鋭く硬い刃で滑らかに切り裂く必要があると言って、タマネギ1号は板の上に手をかざした。
板の表面にうっすらと虹色の筋が浮かぶ。複雑な曲線で構成された囲み線の図形だ。
「この線のとおりに切り取れ」
『型抜きかよ!』
魔力型抜き(仮称)は困難を極めた。
最初の問題はマナの魔力出力だ。……足りないのではない。過剰だったのだ。
原因は俺にある。
マナは召喚勇者である俺という存在を常時維持できる魔力の持ち主で、かつ、これまで散々『もっと出力を上げろ』と特訓されていた。主に俺に。
だってー、魔力来ないと存在薄くなっちゃうんだもん。仕方ないじゃん!
というわけで、最初にマナが宝具から具現させた魔力刃は刃渡り約2m。タマネギ1号がドン引きし、本人は泣きべそをかいた。
「勇者様〜、どうしよ〜」
『ええい、泣くな、阿呆。刃をこっちに向けるな。魔力を収束させろ』
「収束……ってどうやるんですか〜?」
『絞るんだよ。こう、力をキュッとまとめる感じで』
「ええっと……キュッ……?」
『まとめて振り絞ってどうする、このスットコドッコイ!!』
「ああ……天井が……」
損害の後始末を考えて遠い目をしているタマネギ1号にペコペコ謝って、俺はトンチキなマナを叱咤激励して魔力収束に努めさせた。
「念の為、この周囲に退避勧告は出しておこう」
『ご迷惑おかけします』
「あ、勇者様。見て見て、できたよ。ちっちゃくなった」
『刃先をこっちに向けるな!』
「あ……」
「うぉおおっ」
『最悪なタイミングで制御弱めるんじゃねぇ!!』
仰け反って長大な魔刃を紙一重でマトリックス避けしたタマネギ1号は、ギリギリ尊厳を保った状態で退席していった。
ホンマにすいません。
その後、マナは何とかコツをつかんで魔刃をデザインカッターや爪楊枝サイズにまで収束させることに成功した。
様子を見に戻ってきたタマネギ1号は、ズタズタになった黒い台座と部屋の内装を見ないふりをしながら、切り屑と埃だらけのマナを褒め称えてくれた。
「素晴らしい」
『いや~、それほどでも』
「がんばりましたっ」
『えらいえらい』
「ご褒美くださいっ」
『よしよし。あとでリンゴをあげよう』
「わーい」
一仕事終えた開放感で、はしゃぐ俺達をタマネギ1号は微笑ましそうに眺め、廊下に待機させていた部下に声をかけた。
「よし。運び込め」
「ぉん?」
『なんです?』
「本番に取りかかっていただく」
「ほへ?」
運び込まれて台座の脇に山と積まれた白板に、俺とマナは戦慄した。
『まさか……これ全部?』
「すべて形が異なる。過たず型通り削り出すように」
「うええ」
「終わったら食事を用意しよう……リンゴ付きで」
渋い男前から上機嫌で微笑まれると、殺意を覚えることもあるのだと俺は知った。
なお、リンゴはあまりにも小さかったので、勇者がゴネてリンゴ飴風に加工させた結果、マナはたいそうご機嫌に美味しくいただきました。