いざ王都へドナドナ
マナの修行の成果が出るほどの猶予はなかったものの、俺の方で自分のできることがだいたい把握できてきたころ、城からの使いが来た。
お師匠様は、自分は登城する気がないと言い切った。どうか俺のために保護者枠で一緒に来てくれ〜とこっそり泣きついたが、取り合ってもらえなかった。出荷される子牛のような目で馬車に乗るマナを笑顔で見送るとはなんたる薄情者! 鬼、悪魔、ヒトデナシっ! ええい、それでも師匠か。師匠といえば親も同然、弟子といえば子も同然というではないか。……あれ? これ落語の大家と店子の話だったかな?
仕方がないので王都には俺とマナという心細い二人連れで向かった。
道中何事もなく……というわけでもなかったが、ダイジェストで語っても仕方がない諸々のトラブルをなんとかしつつ、俺達は王城に着いた。
出迎えてくれたのは、渋めのイケメンの武官だった。彼が魔王討伐のプロジェクトにおける戦闘関係の責任者らしい。
「貴女が勇者を召喚した偉大な魔法使い殿か」
「ひゃ、はい。いや、いいえ? 私、偉大だなんて全然そんなんじゃなくて……勇者様〜」
『すみません。うちのがこんな有様なのはいつものことなので気にしないでください』
王城の出方をみるために、しばらく姿を隠して部屋の隅で様子見しようと思っていたのに、早速、召喚主に泣きつかれて姿を現すことになった。こいつめ、俺が召喚主以外の人間とも会話する方法を会得して以来、交渉を頼りまくりやがる。誰とでも話ができるわけじゃないんだぞ。相手にもある程度魔法の素養があって相性が良くないと聞き取ってもらえないんだ。……お師匠様なんかそれを逆手に取って、言葉が通じるようになっても都合の悪い時だけ聞こえないふりしてたけどな。音声じゃないんだから、ごまかそうとしても通じてるかどうかは感覚でわかるんだよ。あの薄情者め。
幸い、目の前の武官は知らんぷりをする人ではなかった。彼は急に現れた俺を見てギョッとした顔をした。
「これが……勇者。まさか……自我があるのか?」
『どうも、不本意ながら子守をやってます。一応、意志と感情のある個人なので、このあと重要な案件で一緒に仕事をする必要があるなら、"これ"扱いは止めていただきたいんですけれどよろしいですか』
「失礼した。非礼を詫びる。我が名はシェアラファルシェル・ヴァルガード・ラベルヌアーチ。勇者よ、どうぞ咎めは我一人に。今後の討伐作戦に遺恨なきようお願い申し上げる」
堅い。そして名前が分かりにくくて長い。
俺は相手が下げた頭が灰白色っぽい金髪なのをみて気がついた。武官のトップで金髪渋イケメン……コイツ、タマネギ1号だ。
国名や地名からこの世界が例の本に書かれていたところだというのは気づいていたが、歴史上の人物以外の登場人物も一致するらしい。
相手がタマネギ1号だと分かった途端に急に親しみがわいた。
タマネギ1号いい奴なんだよ。
『どうぞ顔を上げてください。あなたの謝罪は受け入れます。タマネギ1号』
「タマネギ?」
しまった。
『あなたのことをそう呼びます。いいですね』
「……あいわかった」
この際だから、勢いで押し切ることにした。うう、すみません。音節の多い固有名詞覚えるの苦手なんです。
俺よりかなり年上で、よく人間のできた彼は、俺のド失礼な物言いにも大人な対応をみせてくれた。
『では、副官さんはタマネギ2号ということで』
「咎めは我一人にと……」
『罰じゃなくて親愛の情です』
「む」
『ダメですか?』
「むむむ」
『俺のことはセージと呼んでください』
「……わかった」
何をどうわかったのかはわからなかったが、タマネギ1号さんは握手してくれた。
§§§
タマネギ1号は生真面目で仕事のできる男だった。さすが魔王討伐なんていう大プロジェクトの責任者を任されているだけのことはある。
統括の偉い人は別にもう一人いて、召喚術式の件はそっちの人の指示なのだそうだが、基本的に現場の指揮はタマネギ1号の役目らしい。
剣だの槍だのといった武器の使用方法はからっきしの俺たち(主に俺)にタマネギ1号は基礎から丁寧に指導してくれた。
「立て! 貴様、それでも勇者か!! そんなことで魔王が討てると思うなよ」
……タマネギ呼びした私怨は混ざっていないと思う。たぶん。
タマネギ1号の本名は覚えなくても大丈夫w
以後、基本的にタマネギ1号としか呼ばれません。(かわいそう)
ちなみに、旅の途中のダイジェストで語っても仕方がない諸々のトラブルというのは、要するに語ると連作短編になっちゃって収拾がつかなくなるトラブルのことです。(書きませんよ!)