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勇者は学校で本を返したい  作者: 雲丹屋


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オマケ:夢を語る以上に大事なことが男子高校生にはある

「常盤木! てめぇ、俺のロッカーにまた勝手に特級呪物入れてんじゃねぇよ」


 俺はちょっと可愛い黒猫柄の紙袋を手に教室に乗り込んだ。

 思ったとおり常盤木がニヤニヤして待っている。まったく、どうせ帰りにこうして待っているなら手渡せばいいのに。コイツときたら、なぜか俺のロッカーの鍵友といつの間にか結託しやがって、ホイホイ気軽に俺のロッカーに続刊を投函してきやがる。朝見つけると心臓に悪いんだよ!


「この前の続きをお届けしただけじゃん。女子からの贈り物を特級呪物呼ばわりとはひどいぞ」

「お前はもうちょっと自分が提供している代物のヤバさを自覚すべきだと思う」

「えー、そんなにクセになる面白さ?」

「ちょーっぷ!」

「うきぁ~あ」


 常盤木は俺が寸止めした手を、ぱしっと両手で捕まえた。


「真剣白刃取り……で合ってたっけ?」

「あ、お……おう」

「んんん?」


 常盤木は俺の手を両の掌で挟んだまま、小首を傾げた。


「なんでそこで照れるの?」

「やかましい。離せ」


 視線を外した俺の顔をわざわざ覗き込んでくるな。


「ひょっとして女子と手をつないだことがない?」

「世間一般では通常、チョップの白刃取りを手を繋ぐとは言わない」

「それはそう」


 常盤木はあらためて手を差し出した。

 俺は黙ってその手を握って、ブンブン力強く上下に振った。


「なぜそこで握手にするかな」

「じゃあ、なんなんだよ!」

「だから……こうやってさ」


 常盤木は俺の手を一度ほどいてから、丁寧に繋ぎなおして、手近な机に座った。

 仕方がないから、俺も黙って隣の机に並んで座った。


 校庭の方から運動部の、ファイ・オー・エィ・オー・エィ・オー・エィ・オー……の声が聞こえてくる。合いの手のオーは全部ドスの効いた低音だ。


 なんとなく逃げ出したい背中をその声にどやしつけられた気がしてきたので、俺は気になっていたことを聞きてみた。


「いつごろ?」

「最初に会ったときからなんとなく」

「自分の勘違いだったらどうしようとか思わなかった?」

「すごく怖かったよ」


「今も怖い」と小さく呟く彼女の手は少し震えている。


「俺のこと……って、どれくらいわかってる?」

「全然」

「……そっか」

「安藤くん、何も話してくれないから」


 なんとなく天井を見上げる。

 思ったとおり答えなんかない。

 臆病に生きている俺は、日常からはみ出ない言葉を慎重に探してばかりだ。


「俺がわかってないだけで、常盤木は全部知ってるって思ってた」

「そんなことないよ」

「それは、"テスト対策なんて全然やってないよ"的な?」


 常盤木は俺をジロリと睨みつけてから、窓の外に視線を外した。


「あのお話の世界のことはね」


 彼女はポツポツと語り始めた。

 彼女にとって物語世界は自分が創作したものという意識はないらしい。

 行ったことがないけどよく知ってる外国って感じでずっとなんか頭の中にあった。歴史も文化もすごくわかってて、建物や風景も思い描けるけど、ネットで見たことがある知識みたいに、どこか主体じゃなかった。

 彼女がそう語るその知識は、思い出そうとすればいくらでも詳細が出てくるけれど、”想い出”は全然含まれていなかったそうだ。


「お前の小説がひたすら硬い歴史群像劇なのはそのせいか。ファンタジーのクセに、なんかずーっと政治闘争とか陰謀とかやってるものな」

「ごめんね、エンタメ弱くて」

「俺はそういうのも好きだから楽しく読んでるよ」

「ありがとう」

「それに最近のはなんか雰囲気変わってきたし」


 常盤木はもじもじ身動ぎした。

 手を繋いでいるせいでその照れがダイレクトに伝わって、こちらまで猛烈に気恥ずかしくなるからやめろ。


「あのね。安藤くんに読んでもらうようになって、ちょっと変わったっていうか……」


 夢を見るようになったのだと、彼女は表現した。

 その夢は、今まで知識としてしか知らなかった世界での自分の体験を思い出すようだという。


「私がお話で書かなかった、これまで知らなかった部分が、すごく主観的な小さな想い出で埋まっていく感じなの」


 まるで封をしていたおもちゃの宝箱を開けるようだと、彼女は楽しそうにくすりと笑った。


「夢だから荒唐無稽なんだけどね……安藤くんが学生服着たまま出てきたりするのよ」


 カキーンと野球部の誰かがかっ飛ばした音がして声援が遠くで上がる。


「でね、夢の中の安藤くんは学校での安藤くんよりはっちゃけてるの」

「なんだそれ。あんなシリアスな世界に学生服着た俺がいたら話が無茶苦茶だろう」

「うん。でも楽しい」


「ふーん」と俺は気のない素振りで廊下の方を見る。遠くの階段の方で人の声と足音がしたが、こっちに来るものはいない。


「そういう"夢"、俺も見るかも……」


 手汗をかいていないか不安になる。


「どんな夢?」

「くだらないけど面白い夢」

「私は出てくる?」

「どうかな。わかんねーや」


 確認したいことも、話したいこともいっぱいある。

 だが正直、そんなことよりも今はこの手をどうするかの方が重要だ。


 だって夢の中では手は繋げない。

安藤は現実では至って慎重派

がんばれラブコメへの道


ーーー

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
ありがとうございます。ありがとうございます。 甘ずっぺえ~ 最後の一文に総論だの各論だの思い出だの答え合わせだのがぎゅっと詰まってて、いいです。 読者は気安く、知ってることを全部話して情報交換すればい…
そうなんですよね、向こう側では物理的な接触が不可能だったから、どうにもこうにも。やったね、今だと手をつなぎ放題だよ! 教室の、扉の影から、バレないようにそっとのぞき見したいですね。甘酸っぱい、初々しい…
おおう、今度は運動部。 ファイ・オー・エィ・オー・エィ・オー・エィ・オー……カキ―ン! ドキーン! 放課後の高校がたまらなくいい仕事してますねぇ。 夢の中では手は繋げない。そういえばそうでした。…
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