完結までお付き合いさせていただきます
放課後の学校は平凡な日常の音を背景にした静寂に満ちている。
運動部の掛け声や吹奏楽部の音出しを遠くに聞きながら、塗装の剥げとひび割れだらけの廊下を、"便所スリッパ"と悪名高い上履きでペタペタ歩く。伝統ある我が母校は耐震工事費用を捻出したら渡り廊下の雨漏りが直せなかったボロ校舎を大事に使っている。
廊下に設置されている消火栓の表示は"火"の字のチョンチョンが剥がされて"消人栓"になったままだ。卒業したOBの思い出のために直さないのだと言われているぐらいずっとこれなので、たまに他所で綺麗な"消火栓"の表示を見ると違和感がある。
クラス毎に並んでいるスチールロッカーは鍵の形状のパターン数が判明している残念仕様だが、鍵を忘れたときは誰に頼めば開けてもらえるか、別クラスの同一キーの奴も確認されているので、それはそれで皆便利に使っている。
学校は世間の常識とちょっと外れたことが普通の異世界だが、当事者にはそれが日常だ。異世界転移なんて登下校と大差ない。
魔力で生成されたわけではない学生服という"普通"に身を包んだ俺は、当たり前の日常に戻ってきた。登校し、授業を受け、昼メシを食べ、男友達らとバカ話をし、小テストを受け、クラス担任に雑用を押し付けられ、委員会の機材設備のチェックと次の行事の打ち合わせを終えて……ようやく教室に戻ってきた頃には、校舎の3階はすっかりひと気はなくなっていた。
俺はポケットに鍵をしまいながら、ロッカーから出した私物を手に教室に入った。
「よう。……自習? 電気点ければ」
「あ……うん。えっと…もう帰るところだから電気はいいよ」
一人だけ教室に残っていた女子は、俺の顔を見ると慌ててノートや筆箱を鞄にしまい始めた。
小柄でショートボブ。間違いない。
「えーっと、常磐木」
「はいっ」
普通より若干早めかつ強めのリアクションで振り返った彼女に、俺は昨日渡された紙袋を差し出した。
「昨日借りたこれ、どーも」
「えっと……あ、うん。それで……ど、どう……だった?」
緊迫した一瞬に、吹奏楽部の金管パートの一斉音出しのプア〜が被さる。俺は相手の緊張をほぐしてやるためにちょっと笑顔を作ってやった。
「うん。まぁ、面白かったよ」
「そ、そう」
「凝ってるね。設定が緻密だ」
音階練習を聞きながら、無難な感想を並べる。
「文章は全体にしっかりしているし、重めの文体も世界観に合ってると思う。ちょっと設定資料集っぽい感じになっているけど、異世界歴史ものとして読むなら読み応えはあった。付録も注釈も充実してるし。俺はこういうの好きでよく読むから楽しめた」
「……ありがとう」
「誤字かもしれないところがあったからメモっといたけど、いる?」
「えっ!? ヤダ。ホント? ありがと。ごめんね。うわーっ、あんなに校正したのにっ」
「やっぱりこれ、常磐木の自作なの?」
「えっ、あっ……!」
紙袋を両手で胸元に抱えて、完全に追い詰められた顔をしている同級生女子の図というのは、何も後ろ暗いところがなくてもなんだか罪悪感が湧く。これ今、誰かが教室に入ってきたら俺、アウトじゃね?
「すげえな、お前」
俺は自分の机の方に戻って、帰り支度を始めた。こんなことは何でもないありふれた日常の会話だと強調するように、当たり前の動作をしつつ、さりげなく話す。
「こういうの全部自分で考えて書くんだろ。クリエイターってやつじゃん。カッコいいな」
「……あ……うん……そんなふうに言われるとは思わなかった」
ちらりと相手の方に目をやると、なんだか少ししょげていた。せっかく褒めたつもりなのに、何か間違っていたようだ。
「悪い。なんか気に触ること言っちゃったかな」
「ううん。全然! 気にしないでっ。なんか安藤くんからそんな感想もらうと思ってなかったから驚いちゃった! ハハハ」
「なんだよ。俺は読み専で創作はやってないから、創作できる奴は尊敬してるんだよ」
「えっっ!?」
常磐木は心底驚いたという顔で、目を剥いた。
「同人誌とかバンバン作ってる濃いオタクかと思ってた」
「それを面と向かって言うのどうなの」
「あっ、ゴメン。全然悪い意味じゃないからっ」
「えー、俺、別にオタクっぽいことなんもやってないと思うけどなぁ」
常磐木は信じられないことを聞いたという顔で目を瞬かせた。
どうでもいいがこいつ考えていることが顔に出過ぎるタイプだな。
「普通の人は誤字指摘で魔法文字の間違いまで指摘してこないよ」
おう。
クラリネットパートの高音が音割れしてるな〜。
俺は場の空気を変えるために、相手がのってきやすいと思われる話題を振った。
「ところでさ。その話って長編の最初の部分かなんかだよな。俺、ラベルヌアーチ元帥がどうなったのか気になるんだけど、続きってあるの?」
相手の表情がぱっと明るくなった。
「うん! そうなの。これはね、長編の第一部で、まだ全部は書いてないけど、この後もいっぱい色々あるの」
「へぇ……そうなんだ」
「読んでくれる?」
期待に目を輝かせる相手に嫌とは言えなかった。
「でね。この世界でのお話は、最終的に魔女が転生の書を入手するところまであるんだけど、実はその先もあって……あっ、ネタバレは止めておくね」
ニコニコしてそう言った常磐木愛美に、俺は曖昧な笑みを返して「楽しみにしているよ」と答えた。
平凡な放課後の学校で、吹奏楽部は軽快なスイングジャズを演奏し始めた。
学園編はここより始まる……。
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