ロマンスなんてわからない
『あー、びっくりした。唐突に何が始まったのかと思った』
広い庭園の見晴らしのいい真ん中付近まで足早に逃げてきたところで、ようやく俺達は一息ついた。そうしたら、変にドキドキしている自分らが可笑しくなって、二人で顔を見合わせて笑った。ああ、青空が眩しい。
「でも、ああいうのちょっと憧れるよね」
『そう? なんか笑えて困った』
マナは両手の上に乗せた俺を見下ろして「情緒に欠ける」とむくれた。
「ロマンがどうとかよくわかんないこだわり強いクセに」
『ロマンは好きだけどロマンスはわっかんないなぁ。しかも、ああも突然言い出されると、急にどうした!? って焦る』
マナは物凄く怪訝そうに眉を寄せた。
「急にって……あの二人の間の微妙な空気、全然気づいてなかった上でのあの発言だったの?」
『え……?』
素で聞き返した俺を、マナは心底哀れむ表情で見下げて、手の上に1枚敷いていたハンカチで包んでムギュッと握ってきた。
『こらこら。おにぎりにすんな』
「ちょっとは自分の鈍さと無神経さを反省しなさい」
『むきゅう』
マナ曰く、お師匠様はここ数日のタマネギ1号の救出作戦にびっくりするほど真摯に協力していたし、聖堂でタマネギ1号に守られている時も明らかに表情がいつもと違ったという。
全然気づかなかった!
「視界共有していたときも?」
『むしろなんでそんなのわかるの? って聞きたい』
マナは大きくため息をついて、庭園の中央に作られた四角い池の端に座り込んだ。
マナの膝の上で、俺はくしゃくしゃのハンカチの中から顔を出した。日差しは暖かいが、水辺の風はちょっと涼しい。
マナの指先が軽く俺の頭を小突いて、青い火花がバチンと飛んだ。俺達が永遠に触れ合えない関係なのは仕方がないとしても、静電気みたいに痛いのは勘弁して欲しい。
『あ痛たた』
「何でもわかってるみたいに偉そうにするくせに、大事なことはなんにもわかってないんだなぁ」
『ラブロマンスは守備範囲外なんだよ』
「もっと他人に興味持ちなよぉ……名前ぐらい覚えるとかさ」
『む……』
頭を両手で押さえたまま、俺はハンカチの間に潜るように座り込んだ。
『マナの名前は覚えてるじゃん』
小さな声でつぶやく。
俺を覗き込んでいるマナの表情は、キラキラした日差しが逆光になってしまってよくわからなかった。
俺はマナを悲しませるのは本意ではないので、彼女のために、本当はあまり触れたくなかった話題を持ち出すことにした。
『お前が2号のことちょっと好きなのはちゃんとわかってるよ』
「え……」
『さっき言ってた憧れるって、そのことだろ。金髪イケメン騎士に一緒に王都で暮らそうってプロポーズされてさ。中央の魔法使いが集まる研究室で何不自由なく研究して、幸せな家庭持っていい暮らしして、って』
「え、そんなこと、全然……」
『悪くないし、十分、実現可能だと想うよ。お師匠様がアイツとくっついてこっちで暮らすなら、もう山奥にいる必要はないし』
そもそもマナは魔王を倒して国の危機を救った英雄だから、この後、王侯貴族が放っておかないだろう。ちゃんとした身分の相手と結婚して後ろ盾を得るのは良いことだ。
『マナは今日みたいにちゃんとおめかしすれば可愛いって2号も気づいてるからな』
俺はハンカチの奥で膝を抱えた。
『だから、好きならアタックしてみろよ。きっとうまくいくって』
マナは両手でハンカチごと俺を包みこんだ。
『(伝わってるって思ってても、伝わってないことってあるし……伝わってるのに…本人は気づいていないことも…あるん…だ…ね……やっぱり……言わな…と……)』
とても不明瞭な魔法でのメッセージが伝わって来た。
『マナ?』
「…………眠い」
『アホか! 魔力切れ起こしかけてるのに、いつもの調子で気軽に燃費の悪い魔法使うな』
「んんん」
マナは俺を手で包みこんだまま、ゆらゆら揺れている。
ヤバい。なんか自分の存在が薄れていく感触がある。そういえば勇者を顕現させているのにもそれなりの魔力は必要なんだった。自我があって自立している俺みたいなのは特に維持が大変で……これ、マナが完全な魔力切れ起こしたら、俺の存続無理じゃね?
マナが意識を失う前になんとか対策を相談せねばと思ったとき、遠くからマナを呼ぶ声が聞こえた。
「マナさーん。そんなところにいらっしゃったんですか」
この爽やかな声は2号さんだ。
俺はふと気がついた。
魔王を倒し終わった今、勇者である俺の存在意義はない。むしろ四六時中一緒にいて何もかも筒抜けの俺がいては、マナの今後の幸せにはマイナスにしかならない。
第一、俺はマナと2号さんのラブロマンスを間近で見せつけられるのなんて、まっぴらごめんだ。
俺は半分以上夢うつつのマナに、いつかの試練のときと同じ魔法を一度やってくれと頼んだ。寝ぼけた状態のマナは俺の頼み通りにルーチンで魔法を発動した。
マナの供給魔力が足らなくてキャンセルされかけた術に、俺は自身の存在を分解して還元した魔力を注ぎ込んだ。
いいじゃないか。ちょっとキザで似合わないかもしれないけどさ。マナはそういうの好きみたいだし。
ほら、駆け寄ってきた2号の奴が、眠ってしまったお前を抱きとめた時に、お前が手にしているハンカチの中身は、俺じゃなくて、小さな青い宝石の付いた銀のリングだよ。
ロマンチックなエンディングじゃないか。




