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勇者は学校で本を返したい  作者: 雲丹屋


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17/21

疲れている時に苦いものはきついが誰がここまで甘いものを持ってこいと言った!?

 やりきった達成感とともに、全身が倦怠感に包まれる。

 うおあ、ダル重ぇ。


 身体を覆っていた装甲のほとんどは、最後の攻撃の時に魔力に還元して剣の巨大化のためにぶっ込んでいたので、今はすっかり軽装だったが、その最後に残っていた腕や脚のコーティングも剥落して消えていく。


 さすがのバカ魔力もガス欠らしい。もうアルティメットフォームを維持するのも難しくなってきた。


 私……俺は、マナの身体がゆっくりと倒れていくのを止めようと思ったが、意識が身体から分離するのを感じた。


「大丈夫か。よくやった」


 昏倒しそうになったマナを抱きとめてくれたのは、タマネギ1号だった。なんなの? この男。いいところで必ず間に合うのは何かの才能なのか?


「マナ、しっかりしなさい。今、意識を失ってはダメ」


 あっ、お師匠様も。ありがとうございます。言ってやってください。マナの奴、もうフラフラで分離後の自我の再構築も終わってないのに居眠りを……バカ! 起きろ!! めちゃめちゃ危険じゃねーか。おい!


 俺はマナがちゃんと目覚められるように、自分のパーツを慌ててかき集めてマナの身体の外に出た。


『おい! マナ。起きろ。ねぼすけ』

「うーん……勇者様、毎朝うるさい……」

『寝ぼけるな。二度寝すんな。シャキッと起きろ!』

「むむぅ……おひさま、まぶしい」

「マナ」

「あ、師匠……えへへ。私、やりましたよ」

「よし。意識が戻ったな。まったく。無茶をしよって」

「がんばっちゃいました」


 ふにゃりと笑うマナの手を握って、お師匠様は「最後まで気を緩めるな」と励ました。

 できればそこは「よくやった」とか「頑張って偉いぞ」って褒めてやってください。マナはそっちのがシャキッとします。


「とにかくまず安全なところへ」


 タマネギ1号が、自力で歩けそうにないマナをお姫様抱っこしてくれた。いーなー。ズルいぞ。カッコいいところ総取りかよ。


「言いたいことと聞きたいことは山ほどあるが……。セージ、お前も落ちないようにしっかり捕まっていろよ。そのナリでこの瓦礫の間に落っこちたら見つけられないからな」

『はーい』


 すっかり手乗りサイズに縮んでしまった俺は、マナの肩からえっちらおっちらよじ登って、タマネギ1号の肩の上に座った。


『ハイ・ヨー、シルバー♪』

「言葉は通じなくても、悪意は通じるからな」

『親愛の情とちょっとしたお茶目の発露です。お許しを』

「貴様の冗談はたちが悪い」

『そんな。俺はいつも真剣ですよ』


 タマネギ1号は深々とため息をついて、聖殿の惨状に目をやった。


「お前の本気は冗談以上にたちが悪い」

『ごめんなさい』


 屋根が全部落ちた聖殿の片側の壁をぶち抜いた巨大な剣は、奥離宮を構成する他の棟も貫いて、庭園の方まで突き出していた。

 うわー、すっげー。全長何百メートル? すでに剣というよりは巨大構造物だな。我ながら無茶がすぎて笑うレベルだ。縦横比は最初の剣の刀身とあまり変わらないので、庭園まで出て、ちょっと離れたところから全容を見ると、遠近感がバグる。


『これ、頑張ったよねぇ〜』


 幸運なことに被害者はいなかったそうだが、もうちょっとで王宮が半壊するところだったと叱られた。



 §§§



「最終的に魔王の被害よりお前の出した損害の方が甚大な結果になりそうだ」

『えぇっ!? それは情状酌量の余地ありでしょ。本来はもっとひどい被害が出るはずの災いを未然に防いだんだから』


 部下の報告を聞きながら、タマネギ1号は眉間のシワを揉んだ。

 臨時対策本部の様相を呈している庭園のガセポで、俺はテーブルに積まれた報告書の上にちょこんと座っておとなしくペーパーウエイト役を務めていた。

 マナは向かいの椅子で毛布に包まって、お師匠様が用意してくれた薬湯をちびちび飲んでいる。


「あなたも」

「ああ……ありがとう」


 お師匠様がタマネギ1号にも薬湯のカップを差し出す。受け取るタマネギ1号の声は重い。

 心労が顔にでてるぞ。それ飲んで元気出せ。働き過ぎなんだよ。そういえば監禁状態から自力で脱出してきたばっかりでは? 超人か。


 実際、働き者のタマネギ1号は、監禁明けとは思えないほどの勢いで、2号さん達に命じてあちこちに手を回していた。

 さっき来ていた報告の感じだと、逃亡しようとしていたトラさんは確保できたらしい。この国の法に照らして厳罰に処してやってほしいと思って、ここ数日で俺が握った証拠の数々は、全部タマネギ1号に教えた。感謝されたが、嫌な顔もされたのは心外だ。

 トラの尋問はこれからだということだが、諸々の状況証拠からすると、奴は召喚時の作為的な事故で国王を魔王化し、勇者に討伐させ、その責をゴリの所属する派閥におっかぶせて断罪する気だったようだ。

……いやいや、お前の現場のあの動きではそれは無理筋だよ。お前が"やれ"って直接指示だしてたじゃん。

「上様でも構わぬ。切れ! 切り捨てい!!」を言う悪代官は、うちのじいちゃんが見ている時代劇チャンネルを観る限り栄えた試しがないぞ。


「魔術師の塔の連中は昔から派閥の確執が酷いからな」とは、タマネギ1号の談。

 武官だが魔法の扱いにも秀でているタマネギ1号は、若い頃に一時期、魔術師の塔で学んだことがあるそうな。派閥争いの醜さにうんざりして、早々に武官の道に進んだというから、相当ひどかったんだろう。

 お師匠様も、何も言わずに目を伏せているところを見ると、嫌な経験をした側だろう。お師匠様クラスの魔法使いが、あんな田舎の山奥に引っ込んでいる理由なんて、大概ろくでもないことだ。


 ゴリの親類のグロなんとか派筆頭というのは、トラの政敵にあたって、今回、はめられそうになった側ではあるのだが、トラが悪でグロが正義という単純な構図でもないらしい。

今回の儀式に参加していた、三角頭巾達は、実は人間じゃなくて、グロなんとか派が研究していたホムンクルス的な魔法生物とゾンビの間の子みたいな代物なのだとか、かなり非人道的な背景も透けて見える話なんかを聴くと、げんなりする。


「あれが人じゃなかったなら、人死にが出てないってことだからいいんじゃないかな?」


マナは呑気な意見だったが、まあ、そういう見方もできるから、たしかにそれはそれで良いのかもしれない。

ちなみに、驚いたことにゴリは生きてた。

あの状況でどうやって!? と思ったが、なんか脂っけ抜けて、自慢の筋肉も落ちて、かすっかすになってはいたものの、かろうじて一命はとりとめていたそうだ。基礎体力が高いってスゲェな。


『なんかそれだと本気で被害が俺達がやった物損だけになりそう……』

「貴様やマナ殿が責を問われないようには計らおう」


薬湯を飲みながら苦い顔をしているタマネギ1号は、今回、国王の命を救った殊勲者だ。

よくわからんが、今回の件では彼はお咎めなしで、逆に出世してこれまで以上に権限は強くなるらしい。


『よろしくお願いします。肩お揉みしましょうか』

「そのナリでどうやってやる気だ」


指先で軽くデコピンされて、コロリと転がされた。

ひどいなぁ。お前みたいに自分の魔力制御が厳格にできてる奴に素手で触られると、今の俺のフワフワな霊体みたいな身体なんて、簡単に揺らいじゃうんだぞ。

おでこを押さえて涙目になっていると、「すまん、すまん」と軽く笑われた。くそう。


「貴様もその大きさだと害がなくていいな」

『こら、つついて遊ぶな! そういう事すると、お前の恥ずかしい秘密を暴露するぞ』

「なんだと?」


ぎょっとしたタマネギ1号の横で、マナが目を輝かせた。


「どんな秘密があるんですか? 勇者様」

『うん。こいつ、こんな顔しているくせに、なんかものすごくファンシーな可愛らしい女物の指輪を大事に執務室の棚の奥に隠してんだよ。あれ、絶対どこかの若い女の子にご機嫌取りであげるつもりなんだぜ。いい歳したおっさんがはっずかしい』


やーい、ロリコンって囃したら、タマネギ1号は真っ赤になった。


『マナ。危険だからこういうおじさんから迂闊に物もらっちゃいけないよ』

「はーい」


面白がってふざけている俺達に腹を立てて、タマネギ1号はだぁんっ! とテーブルを叩いた。


「あれは、断じてそういうものではないっ!!」


おや、思ったより反応がマジだ。


「どうせ、奥様か娘さん宛のプレゼントなのでしょう?」


ずっと静かに俺達の様子を見ていたお師匠様が、苦笑しながらそう言った。


「……俺は妻帯していない」

「あら」


苦虫を噛み潰したような顔をしているタマネギ1号を、お師匠様は意外そうに見つめた。


「だったら、別に若い女の子への贈り物を用意していたとしても恥ずかしがることはないでしょう」


静かな笑みを浮かべたお師匠様を前に、タマネギ1号の眉間のシワ、は益々深くなった。


「そういうことを言うのは止めてくれ」

「あら。悪いことではないのよ。あなたは家柄も良くて、地位も能力もある立派な方だわ」


お師匠様はタマネギ1号をじっと認めてそう言った後、ふっと視線を外して続けた。


「添いたいと想う相手なら、若い方を口説いてもなんの遠慮も要らないわ……」


その時。

急激に膨れ上がったタマネギ1号の怒気にあてられて、俺はひっくり返った。


「貴女がそれを言うのか」


タマネギ1号は、物凄く真剣な表情でお師匠様を真正面から見つめた。

お師匠様は気圧されたように、おずおずと顔を上げた。


「あれは、あの約束の日に貴女に渡そうと用意したものだ。それなのに貴女は何も言わず王都から去ってしまった」

「ヴァルガード……」


ちょ、待て待て待て?

何が始まった?


「私は貴女以外の誰にも指輪など贈るつもりはない」

「そんなことを言ってはいけないわ。貴方は今や身分も立場もある方で……」

「そうだ。私は己の望みを通せるだけの権力を手に入れた。もうあのころのように、理不尽な言いがかりを付けられた貴女を静観するしかない立場ではない」

「貴方は……静観なんてせずに、精一杯、私を庇ってくださったわ」


だからお別れすることを選んだのだと、お師匠様はつらそうに打ち明けた。


「……私のせいなのか」

「貴方の将来を台無しにしたくなかったのよ」

「貴女がいなくなったために私の人生からは光が失われた」



手を取り合って見つめ合う二人を横目に、俺はそぉっとテーブルの上を横切ってマナのところまで行った。


『どうしよう。なんか始まっちゃった』

『(静かに! こういうのは絶対に邪魔しちゃいけないわ)』


俺とマナは気配を殺してテーブルの下に隠れた。

向こうでは、なんか過去に曰くがあったらしい男女が、急速に盛り上がってとてつもないベタ甘な展開に突入していた。

うおおお。タマネギ1号の激渋の声で、ド直球の激甘口説き文句が連発されると強烈すぎる。

隣でマナが目を回している。


『マナ、逃げよう。これは健康に悪い』

『(うん)』


俺とマナが這々の体でその場から逃げ出した時には、背後の二人は愛を誓い合っていた。

深夜テンションで書きました。

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― 新着の感想 ―
恋愛要素はそっちだったのかああああ
貴様の冗談はたちが悪い、からの、お前の本気は冗談以上にたちが悪い、の流れに笑いました! そう、本気でやってるのに、経過が素っ頓狂で、結果は出すのに想定外。これこそ主人公って感じですね。 そして保護者組…
これはたしかに、真夜中のラブレターなみの、ド直球シチュエーション。 からかうつもりが、恋愛成就の立役者にっ・・・タマネギ一号さんは、苦労が報われてほしいですねぇ。 なお、チビになるまでがんばった勇者く…
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