この身に変えても……ってそれでいいのか?
『だから、迂闊に攻撃魔法を使うなと言ったのに』
『(言ってないって!)』
『そうだっけ?』
『(みきゃーーーっ)』
『マナ!』
乱れ打ちされる攻撃魔法の光弾を避けまくる羽目になったマナ(with 俺)は、完全に余裕を失った。
魔王の大魔導師フォームが厄介過ぎる。
奴め、完全にマナの魔力特性を学習しきって威力を相殺してきやがる。詳しくないのでわからないが、魔力にも声と同じように魔法使いによって個性があるとお師匠様は言っていた。波長みたいな特性があって、逆位相的な理屈でキャンセルされている可能性がある。
そのうえで、こちらが使ったのと同種の魔法で倍返ししてくるのだからたちが悪い。見習いのマナと比べたら魔法使いとしては完全に上位互換だから仕方ないとはいえつらい。
一発一発の威力はさっきマナがぶちかましたものより弱いが、容赦なく連射される攻撃魔法の光弾は、当たればただでは済まない。
聖堂の天井付近にぐるりと吊るされた不安定な吊り灯籠と飾り布の間を飛び移りながら、なんとか躱すが、こんな空中アクロバットはアメコミ映画とアニメを観て育った俺はともかく、マナには動きをイメージすることすら難しい。
二心同体状態の俺達は、意識の乖離が進むと二人三脚のように動きがぎこちなくなるので大変だ。処理落ちするマシンでゲームをするような感覚が現れ始める。マナの限界が近い。
フロアに降りれば、足場は確保できるが残骸だらけなのでパルクールになるのは変わらない。しかも下手な位置に逃げるとお師匠様に流れ弾が行く……と思ったら、タマネギ1号がお師匠様を外に逃がそうとしてくれていた。ありがたい。この聖堂はじきに崩れかねない。
俺は天井の様子をチラリと確認して、南米産のサルみたいにはならないように動きに気をつけながら、南米産のサルのように吊り灯籠のロープの揺れを利用して壁際に飛び移った。ウキー。
崩れかけの張り出しの端っこになんとか足場を確保して一息つく。
『(どうしよう。もう無理……)』
『大丈夫。まだ手はある。俺に任せろ』
『(でも、あなたを一人で戦わせるのは嫌)』
『誰が一人でやるって言ったよ。二人で一緒にって言っただろ』
『(……言ってた)』
半ば以上、内壁の漆喰が崩落した聖堂の天井に残った金色の星の絵を見上げる。
『願え! 今こそ俺とお前が一つになる時だ!!』
『(ううう……やだなぁ)』
『テンション下げんなよ〜』
俺は勝つための方策を脳内で高速シミュレートした。以心伝心でそのイメージを読み取ったマナから、渋々の了承が返って来る。
『いけるな』
『(それしかないんでしょ)』
『お前が嫌なら他の手を考えるけど、今、俺が思いつく最善手はコレだ』
『(わかった)』
『勝ったらとびっきりのお祝いしよう』
『(やる。勝とう)』
マナはすうっと息を吸い込んで胸を張り、両手をクロスして前に突き出した。
グッと拳を握ると手首から白銀のエッジが出現する。
型抜き試練のときのものと同じ原理で生成された刃は、シミターのように湾曲しながらぐんぐん伸びて、ほとんど聖堂のドーム天井の内周と変わらない長大な円弧を描いた。
『やあっ!』
魔法の刃と強化された腕力だからこそできる勢いで、クロスしていた両腕を水平に振り抜く。
半円形の2本の刃は、聖堂内に吊るされていた燈籠のロープを中央にひとまとめに集めて断ち切った。
喰らえ、位置エネルギー物理攻撃!
落下した燈籠が真下にいる魔王の顔面に直撃する。これはさすがに多少効いたらしく、ミイラみたいなジジイは顔を覆って軋むような悲鳴を上げた。
よっしゃ。物理有効。
この隙にやるぞ。
【再編!】
白銀のエッジが先端から雪のような小片に分解していく。一部は宙空を漂わせ目眩ましに利用するが、大半は魔力に還元して再び取り込む。それにあわせて俺は俺自身をも分解して、マナと重なるように己を再構成していく。
湧き上がる魔力の渦で身体がフワリと宙に浮く。
【勇 者統合】
軽く広げた手脚を覆うように、白銀の硬質な装甲片が出現する。氷結するかのように次々と高速で形成されていく装甲は、すぐに全身を覆い、頭部もまた無機質な外殻に覆い隠される。
閉ざされた感覚の中でマナの意識を鮮明に感じる。
なにもない闇の中で彼女だけが白く輝いている。
飾り気のない素のままの彼女が、何一つ隠せていない俺を視てはにかむ。
私の全部あなたに託すわ。
俺の全てを君に捧げる。
大事にしてよ。
大切にするよ。
二人の意識が混ざり合い一つになる。
【開眼】
白銀の魔装騎士の頭部装甲が音を立てて変形し、目の部分が開いて蒼いバイザーが輝く。
うわっ、目の前、覆われているのに見えるってちょっと変な感じ。VRゴーグルがこんな感じ? ……って、馴染みのない違和感と馴染みのない知識が頭の中で混ざって、違和感が消えていくのが変な感覚すぎ。
とは言え、戸惑っている暇はない。敵は手で顔を覆ったまま、呪いのように力ある言葉を唱えて狙いを定めずに攻撃魔法をばら撒き始めた。
この線香花火ジジイめ!
私のせっかくのアルティメットフォームへの変身シーンを邪魔するんじゃないっ。
私は大きく右手を突き出すところから始まる一連の"必要な動作"をきっちりキメて、身体のコントロールが万全であることを確認する。OK!
空中に追加で大量の小星をばら撒いて魔力知覚でも自分の気配が紛れるようにした上で、間髪入れずに、高飛び込みの選手並に綺麗な姿勢で飛び降りる。
とうっ!
空中で回転し、狙った位置にスタイリッシュに着地する。
目を押さえてまだ苦悶している大魔導師は、こちらが飛び降りたのに気づいていない。ボロいローブを模した黒っぽい何かがゆらゆら揺れている端っこを掠めて、上から確認していた位置に走る。
あった!
拾い上げたのは、最初にタマネギ1号にもらった剣だ。
ひとつ!
魔力パターンが対応されてしまって攻撃が効きにくいなら、変調すれば良い。
ふたつ!!
魔法を真似されて困るなら、真似できない技を使えば良い。
行使できる魔法の種類や術の高度さではこちらが不利だが、技術や道具ってのは、発想とどう使うかのイメージの組み立て方が大事だ。マナという田舎魔法使いの弟子単体の魔法では対抗されるとしても、わけのわからない異世界の理屈で組み立てられた変なものは、魔法理論で思考する魔導師の怨霊もどきには、きっと初見では意味が理解できない。
私は美しい細身の剣を目の前にかざした。
宝剣には、タマネギ1号による上品で教本通りの、お手本のようなエンチャントがかかったままだ。大変よろしい。
私は信頼を込めて、その宝剣の美しく強い刀身の両側に、小さな突起とちょっとした機構を錬成した。先ほど振りまいたエッジの小片も吸い寄せるように辺りから取り込みつつ、魔法でより上げた糸でパーツを組み上げる。
ジャリン……と、いささか凶悪な音を立てて出来上がったのは。
完成! 鎖鋸刃剣
我ながらちょっとどうかと思う代物だった。
うむ。コレなら勝てるっ♪
※ マナがアルティメットフォームを嫌がっていた理由がほのかにおわかりいただけるかと思います。人格融合しちゃうとセンスも統合しちゃうんですよ……濃い方に。




