見ろよ! うちの子がいっちゃん可愛い!!
召喚術において呼び出される対象は、己に近しい存在というよりは、術者が欲する存在なのだそうだ。正確には術者が欲する力を補える存在だろうか。
術者の能力強化が主目的となるからだとお師匠様は説明してくれた。俺以外の"勇者"が自我を持たないのは、魔力不足というだけではなくそこに理由があるのかもしれない。召喚術を使えるほどの魔法使いは、我が強いために他者の意識など必要としないからだ。ゴリのように、知恵も知識も己が一番、身体強化と防御力特化の単なるパワードスーツがあればそれでいいとする思考ならば、召喚する"勇者"は魔力の塊のゴーストで十分である。
では、俺という自我のある存在が選ばれて召喚されたのはなぜか。
俺は最初、マナが決断力や判断力を必要としたからだと思っていた。魔力や基礎能力はあってもトロトロ、ウジウジと、人に言われたことだけやって消極的に生きているから、己に自信がないのだと。
だから俺は、マナが王都の儀式で堂々と振る舞えるように、エンタメ方向でのプロデュースを行った。魔王討伐自体が国威高揚策の茶番劇だと想定していたからだ。
客受けを重視し、正義の味方として好感の持てる立ち居振る舞い。半端な恥じらいを捨てた受けよう精神。どこの住宅展示場のステージに出しても恥ずかしくない、「がんばえ〜」と応援してもらえるスーパーヒロイン像をしっかり教育したのだ。
"勇者と召喚者は一心同体だ"
"変身!したら人格変わって良いんだよ"
"ミエは堂々とはれ! 決め台詞は恥ずかしげもなく叫べ!"
"ちがーう! そこのポーズはこうだ"
我ながらちょっとどうかと思う指導内容だったが、とにかく「お前はかわいい。自信持っていけ」を徹底して叩き込んだ。
その結果、わかったことが2つある。
まず1つ。マナは確固たる自信がちゃんとある。不必要に己を卑下するような事はしないし、「私は凄いんだぞ」と内心で思っている。たぶん自分は天才だとどこかで根拠なく確信している。
だが、アイツはそれが世間に認められることとイコールではないと感じでいたようだ。……まあ、あんな山奥に引きこもった師匠と二人暮らしともなれば仕方がない。お師匠様は厳しい人だしな。
だから、マナは俺という他者を必要とした。
召喚主の言いなりではない、自我を持った第三者に認められること。それこそをマナは欲したのだろう。
召喚陣の選択は正しかったと言える。俺はマナの承認欲求をたっぷり満たしてやった。
褒めて、認めて、お前ならできると繰り返した。
"内なるお前を解放しろ! 些事は俺が全部サポートしてやる"
きっかけさえ与えてやれば簡単だった。マナをのびのび伸ばしてやるのは実に楽しかった。
その結果、わかったことがもう1つ。……マナはかわいい。
単に顔が可愛いとか、性格が良いという可愛さとはちょっと違う。バカな子ほどかわいい方向のかわいさだ。
素直じゃないし、偉そうだし、それでいて僻みっぽいし、ぐうたらで欠点だらけなのだが、その加減が絶妙にアホでよろしい。地頭いいクセに世間知らずでチョロいのもいい。
こういうところはどれだけ説明しても俺以外には理解不能だろうが、俺にはピンポイントで刺さった。これがおそらく召喚理由に違いない。
俺はこのわかりにくいかわいさを内包したマナを、わかりやすい可愛さでプロデュースして対外的にアピールしたい欲に駆られ、それに正直に行動した。
世間よ、刮目せよ。
俺のマナはこんなに可愛い!
親バカ心理とはこういうものかとよくわかった。
これは召喚術式による刷り込みかとお師匠様に確認したら、そんな気色の悪い機能はないと切り捨てられた。ひどい。
§§§
『(勇者様、集中してください)』
マナの叱責がダイレクトに伝わってくる。メッセージ魔法による会話よりももっと直接的でノータイムな以心伝心だ。
俺は一度、体と一緒に分解された思考を再構築して、目の前の状況に集中した。
防殻障壁の莢状の結界内に閉じ込められていた"魔王"は、しばし狭い障壁内で暴れていたが、すぐに膂力では何ともならないと悟ったらしい。再び不定形な粘体の塊に戻って、みっちりと防壁内に充満した。
さすがに、この負荷には耐えられなかった魔法の薄膜は歪んで明滅した後、バリンと薄いガラスが割れるように壊れて消えた。
解放された黒い粘体は、弾けるように膨張した。
『わぁっ』
とっさに飛び退いて躱す。
見た目がエンガチョ過ぎる粘体はべシャリと床に落ちた。そのまま床を這うように八方に広がる。向かう先は先ほど倒した三角頭巾の成れの果て。グズグズになってた残骸に粘体が染み込むと、悪趣味なバルーン人形のように雑魚どもが復活した。
面倒な。
だが再生怪人の集団なんて敵ではない。
『【連星錬成】』
構えた細身の直剣の刃身に沿って魔力が渦を巻く。渦は幾つもの白銀のリングに収束する。
『【流星乱舞】』
剣を一閃。
放たれたリングは個別の軌道を舞って、蠢く周囲の魔に向かう。星の輝きのように外周に鋭いエッジが突き出したリング群は、高速で回転しながら魔を千々に切り裂き旋回する。
マナの魔法で作られたリングを制御するのは慣れたものだが、こうして一体化している今はマナの能力が直接使えるので、できることの精度が桁違いだ。
一瞬で周囲の雑魚どもをみじん切りにしたところで、剣先を中央にいる黒い粘体本体に向ける。本体は一回り大きく膨張して、人の姿を取りつつ立ち上がっていた。金鎧の巨漢も再生かよ。
太い腕がこちらを捕まえようと伸びる。でかい手には指が太いのやら細いのやらウニョウニョついていて気持ち悪い。
迫ってくるそれを軽いバックステップで避けようとしたら、腕が粘体か触手のような動きで伸びてきた。きっしょ!
『やーっ』
咄嗟に剣を振るって、切り落とす。重い手応えだ。引き伸ばされた手一本だが、こちらの剣のではこれが精一杯か。
ならば!
チャキっと刃の向きを正すのを合図に、全ての流星が本体に突き刺さる。
『はっ!』
気合を入れた突きの一撃に合わせて、流星のリングを構成する魔力を爆散させる。……エッジ部分は物質化したままという実は結構えぐい仕様の攻撃だ。
流星は金色の部分鎧の隙間に突っ込ませたので、エッジは鎧の内側で黒い本体を抉った。
黒い巨体はブルブル震え、ドロリとその形を崩した。
『(やった?)』
そういうフラグはやめい。
柄まで突き立てた剣を抜くのを諦めて、一旦、距離を置く。案の定、敵はそのまま崩れはせずに、さらに別の形を取り始めた。第二形態か!
突き立てていたはずの剣が床に落ち、"魔王"の新たな姿が完成する。
ボロボロのローブを纏ったようなその姿は、これまでのようなゴリの似姿ではなく、シワだらけの老人のそれだ。
『あれは…』
『(大魔導師シャービルニグジェイドゥ!)』
誰!?
『そうか。そういえばシャなんとかって伝説の魔導師っていたなぁ。シャブラニグドゥとシェービングジェルが混ざったような複雑な名前で覚えられなかった奴だ』
『(むしろなんでその2つの単語は覚えられたんですか)』
『そりゃ、生活で使用頻度が高めな名詞は覚えられるよ』
『(……シャブラニグドゥってなんですか?)』




