勇者様はバカです!
「【防殻障壁】」
円筒形の鞘のような半透明の防御壁の魔法が魔王を包む。
魔王の杖は防御壁に阻まれて、俺の学生服の第2ボタン直上で静止した。
おおっ、なんだコレ。すげえ。
「一時しのぎに過ぎん。急げマナ」
「勇者様!」
『バカ、来んな。お前は離れてろ。お師匠様、全員退避させて、この防壁、聖殿に張ってください』
「バカは勇者様です。このバカっ!」
なんだとこの……と、マナの方に向き直ってぎょっとした。
「1人で勝手なことして……」
『わ、お前なにを』
マナは落ちていた宝剣を拾い上げていた。剣にくっついて一緒に飛んだはずの俺の腕は魔力に還元されたのか、くっついたままのホラー映像にはなっていないのが救いだが、問題はそこじゃない。
「ろくでもないことばっかり考えて……全部筒抜けなんですからねっ!」
言葉は強いが、声は震えて半分涙声だ。
やめろ。泣くな。泣き落としはずるい。あと、剣はそんなへっぴり腰で持つと危ない。こっちに向けるな。ああ、もう……。
『マナ』
「うるさい! ごちゃごちゃ言ってないで、私の言うことを聞いて! あなたは私の勇者でしょ」
『だから、俺はお前を守……』
「私の勇者なら、私と一緒に戦ってよ!」
『っ!?』
「"勇者と召喚者は一心同体"、"俺がお前をサポートしてやる"……修行中に散々そういったのは勇者様でしょ!」
はい。そのとおりです。
強い眼差しで真っすぐ俺を見つめているマナから放たれる全てを俺は受け取った。
ちくしょう。これは俺の負けだ。
『すまん! マナ。俺が間違っていた。二人で一緒に戦おう』
「はいっ!!」
マナの笑顔は最高に眩しかった。
『よし! アレをやるぞ!!』
「うんっ」
ハラハラして様子を見守っていた周囲の面々が「"アレ"?」、「アレってなんだ?」とざわつく。
ふふふ、見せてやろう。俺とマナの秘密の特訓の成果を。
『行くぞ! 今こそ合体だ』
「合体は聞こえが悪いから変身って言ってくださいっ」
「が……合体? 変身??」と、目を白黒させている大人達を無視して俺とマナは向かい合った。
マナが持っていた剣が宙に浮かぶ。
剣を挟んで正対した俺達は大きく両手を広げた。……俺の腕は肘から先がゆらゆら蜃気楼みたいに揺らいでいるだけの切れっ端だがこれでもいけるだろう。
俺達は二人で呼吸を合わせて、力ある言葉を叫んだ。
『【勇者装鎧】』
俺の全身が青い光に包まれた。
§§§
バンクシーンというものがある。
日本のアニメや特撮で、制作コストを下げるために使い回しされる映像部分のことで、主役ロボットの出撃や合体変形、ヒーローの変身などで使われる手法だ。
毎回、作らなくて良くする代わりに、バンクシーン自体の作画は優秀で繰り返しの視聴に耐える出来の見せ場であることが多い。
俺はマナと共闘するにあたり、彼女にこのバンクシーン並みのクオリティの魔法演出を要求し、特訓してきた。
なぜかと言うと、理由はこの世界における"勇者"の特性にある。
俺が召喚されたこの世界において、"勇者"というのは、召喚者である魔法使いの守護精霊的な存在のことらしく、召喚者はその力を纏って自己の身体能力などを強化する。
ゴリがやっていたアレだ。
……"勇者"という訳語が致命的に間違っている気がするが、そう訳して認識しているのは俺だけで、たぶん俺の語彙センスのせいだから仕方がない。
というわけで、"勇者"の真の力は、召喚者の肉体と一体化した状態において最大限発揮される。この世界における勇者は、ある意味変身ヒーローなのだ。
正義の味方の変身において、見る者に与える心理的影響までも考慮した視覚効果は必須のたしなみである。
§§§
青白い炎に変換された俺は、剣が煌めいて直上に上がるのと同時に、正面から交差する形でマナを突き抜けた。本来ならマナに触れると反発して散ってしまう俺の身体は、一度完全に非実体化することでマナと重なることができる。俺という青白い炎はマナを浄化し、その全身に特別な力を付与していく。
ハッタリ用のエフェクトの風やキラキラした光が立ち上る中央で、マナの全身は白い輝きに包まれた。
変異は足元から順番に始まる。
"足元をみられる"という言葉があるとおり、どんなに格好つけてもドタ靴、泥靴ではみっともない。今日のマナはいい服といい靴だが、これから戦うヒロインにはもっとふさわしい正装がいる。
ちょっとヒールのあるいい感じにすっきりしたシルエットの白いブーツがマナの足を覆っていく。ヒールが控えめなのは、高いとマナがコケたための妥協だ。(ちなみに俺も無理。女子力って凄い)
同時に両手の指先からも変異は進行し、白い手袋がマナの細い手首や腕を覆っていく。このコーティングは肘や膝を越えるところまで進み、終端はレースの飾り縁となる。……本当は全身を覆うボディスーツタイプの方が防御力は向上するんだけど、マナ本人が嫌がった。
「勇者様にそんなとこまで全身ぴったり貼り付かれるのは嫌」って、そういう即物的なイメージで考えるのはやめてほしい。こちとら健全な男子高校生なので、無駄な雑念を与えられるととても困る。
そんな理由で、ウエストのぐるりはコルセット風に、首も幅広のチョーカー風に覆わせてもらえたものの、ビキニアーマー的なことはNGだった。仕方がないので、胸元は大きなリボン。下はペチコート増量ミニスカート構造で、ふんわり覆う。
胸や手の甲などのポイントポイントには、レジンで作ったみたいなサイズの宝石っぽい飾りも付く。ちなみに俺の実体を変換するにあたり、余った魔力を凝縮させた魔力結晶なので、そんじょそこらの貴石、宝石より高価だったりする。売らないけど。
アクセサリーデザインは今回お世話になった貴族家の方に監修いただいた。ベースの衣装もしっかり選んだので、トータルコーディネートができているはずだ。
エンチャントが進むにつれて、地味なくすんだ髪色も、明るい暖色系のグラデーションに変わる。今日は髪型もいつもの三つ編みではなく、侍女さんに整えていただけた編み込みハーフアップだからものすごく映える!
長い髪をフワリと揺らす彼女は瞳ももちろんキラキラ。
青白い炎が散ったあとにそこにいるのは、完全に普段の地味な印象とは別人に変身した魔法少女だ。
目の前に真っすぐ落ちてきた宝剣を軽やかにキャッチして、輝けるヒロインは、ビシィッ!とポーズを決めた。
「いざ、参る!」
よし! 百点満点!!
周囲の大人全員の顎が落ちる音が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
本作はコメディです。
セージ『いや~、おかげで正気にかえった』
タマネギ1号「正気か?」
業が深い……。




