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勇者は学校で本を返したい  作者: 雲丹屋


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11/21

やるならやらねば! やられれば……あれ?

 聖殿内は恐怖と混乱で騒然としていた。

 観客は、召喚された"魔王"の影に侵食された三角頭巾どもの真っ黒な奇怪な姿を恐れて、我先に逃れようとしていた。


「衛兵っ!」


 引きつった声を張り上げるヒゲの武官に、タマネギ1号は助け起こした国王を押し付けた。


「陛下を安全なところへ。ここは私が」

「わ、わかった。任せたぞ」

「衛兵隊、退路確保。近衛は陛下をお守りしろ」


 タマネギ1号のキビキビした号令に、慌てて衛兵達が動き出す。

 その時、奥の扉……さっきタマネギ1号が駆け込んできた裏口の方から、2号さん達が血相変えて駆け込んできた。監禁されていたタマネギ1号を救出しに行っていたはずの彼の直属部隊の面々だ。なんであとから来るんだよ。


「閣下! ご無事ですか」

「敵性体複数出現。敵は通常武器無効。第二装備(エンチャント武器)での殿内抜刀を許可する。一般人退避まで安全を確保。展開せよ」

「はっ」


 2号さん達は状況を把握する時間がほぼ無かったにも関わらず、タマネギ1号の号令で秒で対応した。これが日頃の訓練の練度というものか。


 しかし、いくら精鋭でもそこは人間。2号さん達の部隊が怪異と人々の間に入るのは一瞬では無理だ。

 縦に引き伸ばされた人型のカリカチュアとなって揺らめく三角頭巾達は、ガガンボのような細長い腕を、観覧席の貴族らに向かって既に伸ばしていた。


「【盾殻(シェルシールド)】」


 お師匠様の凛としたよく通る声が響いた。二枚貝の貝殻に似た薄い半透明の防御膜が、三角頭巾達の細い腕の先に出現し、蠢く触手が人に届くギリギリのところを止めた。


 流石です、お師匠様!!

 無駄のない精緻な魔法発動。

 逃げ惑う人混みから離れ、聖堂の壁龕に一歩入った位置……女神像の前に立つ彼女は、魔法発動時の残滓で俺には薄く発光して見えた。カッコいいっ!

 異世界風フォーマルドレスで凛々しいヒーロー立ちが素敵ですっ!


岸辺(アショア)の魔女殿に感謝する。どうか助力を」


 タマネギ1号の声に、お師匠様は片方の口の端を微かに上げた。現場の指揮権を譲渡された士官による承認。これで介入は合法だ。


「マナ。お行きなさい」

「はいっ」


 マナは足元まであるロングスカートのドレスを、思いっきりよく脱いで、観覧席の椅子の上に立ち上がった。

 着慣れないフォーマルでの立ち回りは無理だろうからと、前開きの上一枚を脱いだらなんとかなるドレスにしてもらったのだ。ばあっ!っと投げ捨てるアクションは、アニメの怪盗や女スパイの早着替えみたいで大変良い。

 もちろん、脱いだ中は下着ではない。ちゃんと動きやすくてかわいい格好だ。そこは監修済。


『(勇者様! )』

『おうっ、マナ。やっちまえ』


 お前の出番だ。


 マナが両手を横にピンと伸ばす。

 高まる魔力が手首の周囲で回転し、淡く輝く白銀のリングを形成する。


「ていっ!」


 前に振り出した腕から放たれた2枚の薄いリングは弧を描いて、召喚陣の外周に並ぶ三角頭巾達に向かって飛んだ。


 三角頭巾らはその真っ黒な枯れ木のような外見に反して強力で、お師匠様の張った防御膜を叩き割り、止めに入った2号さん達の魔力強化(エンチャント)された剣をも押し返していた。


 しかし、マナの作った魔力の円環はその三角頭巾の腕を安々と切り落とした。

 フフフ、端を極限まで薄くした上に少しエッジを付けて回転させてるからな。電ノコよりもよく切れるぜ。


 2つの白銀の輪は速度を落とすくとなく旋回しながら、黒い腕を次々と切り落とした。

 互いに逆回りで召喚陣外縁を一周し、交差した後はスピードを上げて2周目、3周目。腕、首、胴、脚……少し斜めの軌道を描きながら煌めく白刃に、魔物はバラバラに切り裂かれていく。

 くうぅ、マナの高出力魔法に合わせて軌道を精密制御するの気持ちいいっ。輪投げで頑張った甲斐があったぜ。


 勝ったな……と、これだけ見れば言いたくなる展開だが、そうは問屋が卸さない。

 召喚陣の中央。

 ゴリを取り込んでネバネバした黒い小山になっていた"魔王"本体が蠢きつつ伸び上がった。


 不定形の大きな塊に過ぎなかったものが、ゴリの筋肉質な肉体を思わせる形に整って立ち上がっていく。その巨体にはゴリが召喚した"勇者"の力で作られた黄金の鎧に似た装甲が、要所要所に張り付いている。

 あのバカ、完全に力を取り込まれやがった。


 白銀のリングで"魔王"本体を切り裂こうとしたが、リングの径と相手の大きさが違いすぎて浅く切りつけることしかできない上に、その程度の傷はたちまちふさがった。これはマズイ。


 完全に立ち上がった"魔王"は、その太い腕を前に伸ばした。

 ゴリが床に叩きつけて折った長杖が"魔王"の手の前に浮かび上がる。その黒い歪な掌から細い触手が何本も伸びて、長杖に絡みついた。触手はたちまち杖の折れた部分や破片の隙間を埋めていく。黒い粘液で覆われた杖の表面には赤い血管のような筋が浮かび脈打ちながら伸びていった。


『わ、グロっ』

『(いや~ん)』


 あるいはそれは本当に血だったのかもしれない。奴の魔法使いのローブに似た円柱状の下半身部分から、ゴロリと吐き出されるように床に転がり出されたのは、やせ衰えて土気色になった人間っぽい何かだった。


 俺は実体がないはずの奥歯をギリリと噛み締めた。

 この野郎。魔王だか何だか知らないが、無個性な邪悪の分際で、人間をジューサーのオレンジ扱いしやがって。

 許せねぇ!


『俺が出る』

『(勇者様!?)』

『マナ、お前は出るな』


 俺のマナが干からびた搾りかすにされるかと思うと虫唾が走った。そんなことは絶対に俺が許さない。


『野郎、叩き切ってやる』


 俺は高みの見物を決め込んでいた張り出しから飛び降りた。


 とうっ!


 気分はスーパーヒーロー。

 現実は若干"ストップ映画泥棒"だったかもしれないが、とにかく俺は召喚陣の中に、生身では行えないアクションで三点着地した。


「叩き切ってやるって、勇者様、武器持ってないじゃないですか!?」

『おっと』


 突然、召喚陣内に出現した俺に向かって、魔王は躊躇なく凶々しい杖を振り下ろした。

 透過率を上げてやり過ごそうかとも思ったが、万一を考えて回避を選択。


『っぶねえ〜』


 ギリギリを掠っただけで、学生服の袖の端がじゅわっと消失した。ヤバい。


「相手は上位魔法で召喚された精神体が召喚者の肉体と一体化した状態に極めて近くなっている。お前が直接やり合っても存在強度で勝てぬぞ!」


 お師匠様、こういうピンチの時に難しい解説は厳しいです。


「セージ、これを使え!」


 タマネギ1号が正面の壇上にあった剣を投げてくれた。

 常にシンプルに対処方法を提供して指示を出してくれる実務家の上官って有能。さんきゅーサー。

 俺は飛んできた剣をキャッチした。剣にはタマネギ1号の魔力でエンチャントまでかかっている。殺気を込めた剣を刃先を前にして真っすぐ俺を狙うな! と言いたいが、ありがたく使わせてもらう。

 手にした剣は、もともと儀式で使うはずだったものなのか、飾りっ気多めで大変よろしい。実用性はこちらで付加できる。


 俺は魔王の2撃目の撃ち下ろしの先を剣で払って躱した。

 重いっ!

 流石、巨体から繰り出される力任せの鈍器攻撃。

 タイミングジャストで当ててもちょっと逸らせる程度のことしかできない。これはバカ正直に何発も受けられないから、基本は回避でヒットアンドアウェイをやるしかない。……できるかなぁ。


 俺は善戦した。

 厄介だったのは、相手に関節や腱という体組織がないということだった。

 俺がタマネギ1号から習った剣術は、非力でも勝てる弱点狙い対人戦闘を前提としていたので、なんか変な位置でグニョンとしなってくる腕とか、直径の半分まで切ってもすぐに傷が塞がる手首とかは想定外なんだよ。


 マナの魔力が続く限り俺は持久戦ができなくもないが、これでは千日手だ。魔王が俺以外を狙い始めたら、俺では止められない。

 幸い俺がちょこまかと相手のヘイトを引きつけている間に、衛兵らによる一般人の退避はかなり進んでいる。

 はい、そこのおじいちゃん「行け! そこだ。頑張れ!」って声援はうれしいけど、おとなしく家臣の人に担がれて退避しようね。……腰お大事に。


 もうすぐ聖殿内に残っているのは俺の身内……タマネギ1号とその部下、お師匠様、そしてマナだけになる。

 それはつまり、俺の失態は即座に俺の大切な人達の死につながるということだ。

 はは……勇者には一つのミスも許されないってか。一高校生相手にそれは要求厳しいぜ。


 それでもやらねば!


 俺は絶対に……


「勇者様!!」


 気合が気負いになった。

 俺の剣先は魔王の杖を掠めて空振りし、あっと思った時には返された一撃で俺の剣は宙を舞っていた。

 ……俺の両手の肘から先ごと。



『まだだぁっ!』



 俺は絶叫した。

 腕がなんだ。そんなもの無くても戦える。

 魔王め、お前の敵は俺だ。異界から召喚された災いがこの世界の者達に仇なすのを止めるのは、同じく異界から召喚された俺の使命だ。

 ああ、知っているとも。俺を駆り立てているこの義務感は、俺を召喚した時にマナが召喚陣に込めた想いだ。単に魔法の仕組みで刷り込まれた呪いの一種だ。

 だが、それがどうした!

 かわいい俺の召喚主の願いなら、叶えてやるのが甲斐性ってもんだろうがよ!!


 それで散ったら……。


 魔王が大きく振りかぶった杖の鋭く尖った柄尻が、俺の胸の真ん中に狙いを定めた。


 …………それも一興。





「そんなのダメーーーーっ!」


 なんてこった。マナの奴、こっちに走ってきやがる。

※本作はコメディです

……のはず……たぶん…………だよね?

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― 新着の感想 ―
熱い展開っ……いやあの、コメディ要素、薄いかと……ふつーにハイファンかと思いましたが、要は「おもしろければ問題なし!」なので、そんなにジャンルは気にせずっ! 新事実:勇者の義務感。 刷り込みされる…
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