魔王顕現
トラさんが号令をかけると、秘密教団の司祭みたいな三角頭巾を被った奴らがゾロゾロ出てきた。彼らが捧げ持った大振りの器には輝く珠がたっぷりと入っている。
『(わあ~、お魚いっぱい)』
『精霊珠だ』
俺達が地底湖で獲った"魚"……つまり魔力の塊である。顔まで覆う頭巾のせいで顔色はわからないが、持っている奴らは皆、緊張しているだろう。俺やマナはスーパーボールみたいに気軽に扱っていたが、一般人や弟子クラスの魔法使いには危険な代物だ。
『それよりも、見ろよ。奴らの額冠』
三角頭巾を留めるようにはめている金属環の額の部分には、輪投げ試練のときに魔方陣の中央にできていた星状結晶が付いている。オーナメントみたいなあれも儀式用だったのか。無駄なく労働させやがって。あのネバーエンディング単純作業は大変だったんだぞ。
よく見ると、王様の略式冠にも大きいのが一つ付いている。最後にナンプレみたいな数列を解かされた複雑な魔方陣で精製された大粒の結晶だ。
白銀の結晶は金平糖型でトゲがツンツンして壊れやすい。三角頭巾達の額冠のは小さいからよいが、王冠のは額部分には付けにくかったようで、中央に突き出した飾りのてっぺんにくっつけられている。後付けなのだろう。綺麗だがいまいち悪目立ちしている気がする。
まぁ、魔力が知覚できる俺から見るとそこだけキラキラしているから目立つんだよな。
『(似合わなく派手ですね)』
『そう言ってやるな』
声を出さずに魔法で雑談する俺達をよそに、静かな聖殿に朗々と詠唱の声が響いた。召喚陣の周囲をぐるりと囲んだ三角頭巾下っ端ーズによる一斉斉唱だ。迫力がある。
なるほど精霊珠の魔力を星状結晶で変換して詠唱にのせているのか。それで魔力の質を同期させることで、本来は単独の魔法使いが魔力を供給しないといけない術をこの大人数でなんとかしようというハラらしい。
個人で召喚しない場合、呼ばれる対象がどのように選ばれるのかはわからないが、むしろ無個性な方が良いからこうした可能性が高いか。
詠唱が進むにつれて精霊珠は輝きを失って崩壊し、三角頭巾達の星状結晶もくすんでいく。
そしてその代わりにフロア中央に描かれた大きな召喚陣が輝き始める。
来る!
召喚陣の中心点の空間が揺らぎ、もやもやとした黒い霞が渦を巻き始めた。
聖殿に隣接する鐘楼の鐘が鳴り始め、固唾をのんで見守っていた招待客らがぎょっと顔を上げる。だが三角頭巾達はピクリとも動じずに詠唱を完了させた。
召喚陣が完成する。
陣の最外縁の円に光が奔り、中央の黒い渦が急速に収束した。しかし、それが何らかの形を見せる前に、陣の要所から細い光条がいくつも立ち昇り、観客達の目を眩ませた。
「魔王め、この聖勇者が成敗してくれよう!」
召喚陣の正面に立っていたゴリが、芝居がかった胴間声を張り上げて、マントを跳ね上げた。
「はあっ!!」
気合の入った掛け声と共に、ゴリの背後に彼の"勇者"である金色のゴーストが出現する。
「【勇者纏着】」
魔力を帯びた言葉で背後のゴーストがゴリを覆う。
ゴリは全身に金色の輝きを纏った。
オーラのように揺らめく、ちょっと鎧っぽい輝きに包まれたゴリは、黒と赤と金のコディネートで、なんか強そうだった。
闘技場あたりのショーを見物している気分の周囲の貴族達はおおいに喝采した。
召喚陣から立ち昇っていた光条が薄れ、陣の上にゆっくりと黒い影が出現し始める。
おおよそ人型の影は、直立した形状で頭部から順にせり上がるように現れ……その頭部は揺らぎながらどんどん上昇し……。
「はあっ!?」
みるみる己の倍ほどの丈になった影を見上げながら、ゴリが素っ頓狂な叫びを上げた。
「何をやっておる」
「こんなにデカいとは聞いていない」
「とにかく倒せ!」
脇にいたヒゲ面の武官に、やいやい急かされて、ゴリは己の長杖を手に、魔王と思われる真っ黒な影に打ちかかった。
バキィッ
魔法使い用の標準的な長杖は影を突き抜け、思い切り激しく床に打ち付けられて、大きな音を立てて砕け折れた。
「あ」
呆然とするゴリの上に巨大な影が伸し掛かった。
しかし、そこは流石の筋肉ダルマ。咄嗟に飛び込み前転みたいな動きで避けたゴリは、雪崩落ちる影をかろうじて躱した。
ターゲットを捉えそこねた影は粘性の高い液体のように床に落ち、真っ黒で粘ついた嫌なミルククラウン状の飛沫となってゆっくりと周囲に飛び散った。
「うぉっ」
黒い触手のような影は床から跳ねた後、周囲に立っていた三角頭巾達を狙うように伸びた。そして、とりわけ太く長い一本が国王の方に向かった。
どの触手の先も狙う先は星状結晶。"魔王"の奴……魔法知覚で魔力感知してやがるな。
「陛下!!」
「危ないっ!」
チャクラムのような白い円環が旋回しながら煌めきを残して飛翔し、国王の略式冠のてっぺんに付けられていた星状結晶を切り飛ばした。
それと同時に、脇から聖殿に飛び込んできた男が棒立ちだった国王を引き摺り倒して床に伏せさせた。
お、誰かと思ったらタマネギ1号じゃん。やるう。監禁されてても必要な時には来る男! ……ところであなたを救出に行ったはずの2号さん達どうしたの?と問う余裕はない。
国王を狙った触手は、宙を舞った大粒の星状結晶を追ってその向きを変えた。
「チィッ」
見たぞ。トラさん。
今、ものすごく残念そうな顔したな。
だが、そんなトラさんを糾弾する隙もない勢いで事態はヤバい感じに同時に進行していた。
三角頭巾達を狙った小さな触手はそれぞれ、彼らの額冠に付けられた星状結晶を過たず貫いた。
「グォァァァァ……」
貫かれた三角頭巾達の全身が硬直し、黒い炎のようなものに包まれる。
「ひいぃ」
国王の冠から切り飛ばされた星状結晶をついキャッチしてしまったヒゲのおっさん武官は、悲鳴をあげてそれを放り出した。
うねりながら星を追う触手。
星は光りながら床を転がった。
「勇者! 早くそいつらを倒せ」
トラさんの苛ついた怒号が飛ぶ。
立ち上りかけていたゴリの目の前で、三角頭巾の1人が人間ではあり得ないプロポーションに引き伸ばされ、細長い真っ黒な手脚をぎこちなく動かし始めた。
「うおおおっ!?」
「どうした! 貴様、伝説の魔導師の生まれ変わりだろう。その程度の悪霊を恐れるな」
「バカ言うな! 話が違う」
逃げ出そうと踵を返したゴリは転がってきた大粒の星状結晶を思いっきり踏んづけた。
黒い奔流がゴリの全身を包んだ。
これはヤバい。




