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勇者は学校で本を返したい  作者: 雲丹屋
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本を借りただけなのに

「ねえ、安藤くんって異世界転生モノとか読む人?」


 放課後の教室で、クラスの女子に不意にこんなことを言われ、俺は警戒気味に無難な返事の言葉を探した。

 常磐木……だったっけ、クラスの中堅どころの普通の女子。リーダーでもパシリでもボッチでもないタイプ。コイツの意図はどの辺りだ?


「なにソレ、急に」

「あー、いや別に……なんかそういう本、図書館で借りてるならWeb小説とかも読んでるかなって……」


 歯切れが悪い。彼女自身も声をかけたのを後悔しているのかもしれない。

 ショートボブって言うんだっけ?クラスに何人かいる普通の髪型で、特に痩せても太ってもいないやや小柄な彼女は、体育祭や学校祭の時「女子頑張ってんな」の"女子"ひとかたまりで認識する集団の一人だが、今はちょっと挙動不審だ。

 俺は机の上にあった本をカバンにしまった。本を借りる男子が珍しいってだけじゃなくて、ジャンル見てひと気のない時にそういう話題ふってくるってことは、コイツ、同士探しのオタクか?


「まぁ、試しにちょっと見てみたことはあるけど……それで?」


 互いに間合いを測りつつする会話は、生きるか死ぬかの立ち合いの緊迫感をはらんでいる。相手の意図を読み間違えて、一言でも余計なことを漏らすと、このあとの学校生活での死につながりかねない。もし常磐木が俺の読んだ通りの女なら、彼女も同様の緊張を感じているだろう。


「あっ、じゃあさ。魔法とか出てくるファンタジー小説は? ハリポタとか」


 日和った。こいつ日和って間合いを取りやがった。


「中学の時に読んだ。あんまり好みじゃなかったから全部は読んでないかな。半端に現代よりゲームみたいに全部異世界の方が好きかも。欧米の一般家庭の描写とかあっても親近感わかないし。それならがっつり異世界設定作り込まれてる奴のがいい」

「あっ、そ、そうなんだ。……じゃあさ」


 手の内を少し晒してやったら、常磐木はぱっと顔を輝かせて食いついてきた。さてはコイツ、チョロいな。

 なんとなく小さくて可愛い生き物っぽく、にへらっと笑った彼女は後ろ手に持っていたモノを俺に差し出した。


「これ、読んでみない?」


 渡された紙袋の中身は、妙に凝った装丁の……だがISBNコードがついていない、明らかに一般に流通していない本だった。



 §§§



「同人誌、クラスの男子に押しつけて"感想聞かせて"って、見かけによらずガッツあるなぁ……勇者かあいつ」


 夕食後、俺は自室でベッドにひっくり返って、その特級呪物をパラ見した。


「うわ……ガチだ……」


 いきなり折り込みで地図が付いている。

 中世風の絵柄だが、山河だけではなく街道や都市がやたら詳細に描かれて、国境と国名もきっちり書かれている。……海に海豚(イルカ)大怪魚(リバイアサン)っぽいのが描いてあるのは様式美。さては凝り性だな。


 覚悟を決めて読み始めると、初っ端から創世の仰々しい語りだった。


「うう……イントロダクションから重てえ」


 ヘビーな話は嫌いではないが、1日の終わりに暇つぶしに読むにはきつい。俺は覚悟を決めて座り直した。

 さて序文が終わり、いよいよ本編かと思ったら、地理と国の歴史と、このあと重要なのかわからない歴史上の人物と国家の要人の詳細説明がどかんときた。

 うぐぅ。馴染みのない凝った語感の似たような名前が大量に。

 表音文字表記で各音節の意味するところがわからない分、古事記の神々の名前よりも難しい。

 ええい、サ行とラ行で始まる名前多いんだよ。シャとシェで始まる名前のキャラが1章冒頭で3人いるのつらい。伝説の魔導師と語尾だけちょっと違う名前を雑魚っぽい筋肉キャラにつけるの止めて。

 名前はふんわりとしか覚えられなくても特徴的イメージがあれば登場人物は把握できるのだが、そこも大変だった。外見描写は細かいのだが、その人物がどんな立ち位置の相手だか認識できる前に詳細すぎる長文描写がされるせいで頭に残らない。あと髪の毛などの色の分類が細かすぎる。ヘーゼル、ライトブラウン、アッシュブロンド、麦わら色……全部、ほぼ金髪じゃねーか! 想像し分けられっかよ。カラーコディネータか!? 赤とか青とかぱきっとイメージカラーつけてくれ。


 とはいえ、リアル路線の世界観にアニメカラーのキャラが無理なのには一定の理解を示さざるを得ない。

 よし、この区別のつかないほぼ金髪の武官は"タマネギ1号"と呼ぼう。んでこっちは2号。

 俺は長い音節の複雑な名前と細かい外見の違いを覚えることを諦めて、登場人物に脳内であだ名を付けて読み進めた。

 この雑魚筋はゴリでいいな。眉頭にイボ?  "トラさん"でOK。


 登場人物が多くて異世界的風習が独特で、読みにくいことこの上ない文を、うんうん唸りながら読んでいくと、魔法陣と呪文詠唱が出てきた。

 魔法陣は1ページ丸ごと使った挿絵あり。呪文は文中のカタカナ表記とは別に、魔法陣の脇のスペースに異世界言語表記に発音記号のルビが振られた版が書き込まれている。お前……魔法言語体系オリジナルで作りたいタイプか。

 あまりに香ばしかったが、デキは良かった。なんならゲーティアの悪魔召喚魔法陣よりそれっぽい。アレイスター・クロウリーよりデザインセンスはある。なるほど、紙袋に本と一緒に入っていた小物はこれの付属品か。どこまで凝り性だよ。いい加減にしろ。

 俺は一応、これも付き合いだと思って、紙袋の中身を本文記述どおりにベッドに並べて、本を手にその呪文を口に出して読み上げてみた。


 魔法陣が青白く発光し、俺の意識はそこで途切れた。



 §§§



「召喚できちゃいました!」


 心底びっくりしたという声音でそう叫ぶと、女子っぽい声の主は「お師匠さま〜っ!!」と情けない悲鳴を上げながらパタパタと駆け去って行った。

 意識がゆっくり浮上するのにあわせて視覚が戻る。暗い。

 ここは……石造りの小部屋?

 石材は大きめで不揃い。……小部屋というよりむしろ石室か。部屋の隅の明かりは獣脂か質の悪い蝋燭らしい。臭い。半身を起こすと、開け放しの出入り口が見えた。石の通路は暗いが奥にほんのり明かりがある。


 家の押し入れにあるローズ・トゥ・ロードの箱に入っていたサンプルシナリオの導入がこんな感じだったような……と、現実逃避気味に考えながら起き上がる。床には発光する魔法陣。

 身体に痛みはない。スウェットを着ていたはずなのに何故か学生服姿に変わっていることを除けば、特に問題は……なんとなく身体の輪郭が青白く発光している気がする以外は異常はない。


 いや、問題と異常だらけだよ!

 なにこれ!?どうなってんの?

珍しく現代学園始まりですが、あっという間に異世界へ……。

この主人公はちゃんと家に帰れるのか!?


ブクマやリアクションをいただけると大変嬉しいです。ツッコミ一言感想も大歓迎。

お気楽にお楽しみください。


P.S.

トラさんって今の高校生知っている?とツッコまれてたんですが、葛飾柴又寅さん記念館が『仮面ライダー響鬼』と『男はつらいよ』のコラボイベントを開催するというニュースを見かけて笑いました……響鬼かぁ……やっぱり普通の高校生は知らんやろw


安藤「普通なんて学校の制服みたいなもんだから大丈夫」

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― 新着の感想 ―
寅さんは注釈あるのに、タマネギ1号には触れないのはなんでかなぁ…と思いながら見てたら、他の人はそこそこ言及してましたね。 やっぱり、耽美好きだったり男同士だったり音頭踊ったりするのかなぁ。
タマネギ1号・2号にハラ抱えて笑いました! アレイスター・クローリー。そう、確かにセンス(?で、良いのね。あの、なんとも言えない違和感はセンスの問題だったか。あの頃、語り合える友がいたらスッキリしてい…
なんというスリリングな導入でしょうか。 学校生命のかかった緊張感と、もしかしたら同士かもという期待感。 常盤木さんのドキドキか伝わってきますねー。 安藤くんはなんか余裕が感じられますね。 なんだかん…
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