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第七話 神奏

 時刻は深夜二時。

 昨日の大事故から約一日が経過していた。

 一応は互いに決着がついたものの未だわずかに気まずさが残っている。

 とはいえ見回りに行かないわけにはいかないため、若干ギクシャクしながら二人で歩いていた。


「・・・・・・いや、ブランは本当きれいだよなー」


 無理矢理会話を始めるのだがネタが間違っていたかもしれない。


「そ、そう?惣麻くんもかっこいいと思うけど・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 成程。ここが地獄か。


「・・・まあでもブランは美人だよな!視線除け使ってないと周りから注目 されても仕方ないくらいだよな!」


 既に会話のキャッチボールは崩壊して いたがとにかく会話を続ける。


「そ、そうね。視線除け使うまでは実際人に見られてたし、ここら辺は深夜でも人が多いから・・・」


 その言葉で気付いた。

 オレ達の周囲に人がいないにと。

 否、この街全体から人の気配が消えていることに。

 そもそも町に人が見当たらない。


「おかしい」


 ブランも違和感を感したのかそう口にする。

 この街は大都会というほどではないのだが、今いる新都はビルも多くて深夜でも人通りの多い街だ。こんなにも人がいないというのは―――――――――その時、街から一切の光が消えた。


「「!?」」


 町から電灯の明りが消滅し、町は月と星の夜に包まれる。

 それと同時に聞こえてくる―――――――――ピアノの音。


「これは・・・シシューベルト の『魔王(エルケーニッヒ)』?」


 その演奏はピアノ単独でありながら恐ろしさと畏ろしさの同居した美しき演奏。

 まさしく天上の調べ、いや『魔王』 ならば奈落からの調べか。

 このような異様な状況でなければ感動でむせび泣いてしまいそうだ。

 今、自我を保てているのは自身の内にある復讐の炎によるものに他ならない。

 ならば、今演奏しているのは家族仇か。

 オレがニヤリと笑うと、暗闇の奥より一人の男が現れた。

  それは異様な男だった。

 悪魔を模したかのような異形の慈尾服を身にまとい、顔には仮面。

 手には長剣の如き刃と長さを備えた指揮棒を持っ ている。

 尚も『魔王』は流れ続けている。

 仮面の奥から声が響く。


「AAAaa・・・・・・・ソウマ・・・ソウマ、ヤゴウ。貴様がソウマ=ヤゴウか」


 男はオレにそう問いかける。

 オレの 名を知っているか。


「ああ、オレが夜劫惣麻だ。お前は?」


「クックックッ ・・・・私の名はエリック。貴様の、葬送曲(レクイエム)を奏でる奏者(モノ)だッ!」


 その言葉と共に夜の影から何かが浮上する。

 それは夜の深淵の如き黒色のグランドピアノ。

 そのピアノの席には既に誰かが座っている。

 それは仮面の男、エリックと名乗った男がそこにいた。

 突如現れた二人目のエリックはピアノを奏でる。

 気付けば『魔王』は既に終わっており、新たな曲が始まった。

 それはモーツァルトの『レクイエム』。

  演奏が始まると同時に再び異変が生じ、影の中から何体もの人型が浮上する。

 それはエリックと全く同じ姿をした者達。

 見ると一体目の エリックは指揮をするでもなくもう一人の自分が奏でる音に酔いしれている。


「オオ・・・オオオオオオオオオォォォォォォ・・・!!素晴らしい!聴衆よ、喜ぶがいい。泣くがいい。 笑うがいい。叫ぶがいい。怒るがいい。楽しむがいい。悲しむがいい。 哀しむがいい。怖れるがいい。恐れるがいい。畏れるがいい。畏れよ。畏れよ。畏れよ!我が魂の演奏によって冥府へと渡るのを心の底から畏れるがいいいいいいい!!」


 言うや否や何体ものエリックがー体目と二体目を残してオレ達へと襲いかかる。

 ブランは剣の柄だけを取り出し、自身の神聖力で刃を編む。

 オレは自身の内を流れる血液に意識を巡らせ、その血液を身体から引き出し一振りの長剣の形を構成する。

 オレたちは互いに剣を構え、迫り来る十数体ものエリックに刃を振るった。

 エリック達はその剣で、或いはその凶相の爪で襲いかかるがオレ達に触れる直前で霧散する。

 こいつら強度はもろいのだ。

 それも一撃食らう前に浴びせた一撃で消える程度には。


「こいつら、あんま大した強さじゃないな!」


 オレがそう叫ぶが彼女はそれを否定する。


「いや、確かに 強度はないけど攻撃力と敏捷性はかなり高い。それに、どれだけ 倒してもすぐに補充されていってる!」


 その言葉で気付く。

 このエリックの分身達はどれだけ倒しても数が減らない。

 見れば周囲の影からエリック達は浮上し続けているのだ。


「どれだけ数が増えても性能に変動が見られない所から、恐らく単純な分身・分裂じゃなくて影を媒介とする自身を再現した使い魔の一種ね」


 最初に街から光を奪ったのは使い魔を召喚する邪魔になるからだと続ける。

 ならばあのエリックを倒すには街の取り戻して使い魔の招換を止めるか、本人を叩くかだ。

 だが恐らく敵は戦略として持久戦を選んでいる。

 それ故にこちらも大きなダメージを受けてはいないが、間断のない攻めで攻撃側に回れない。

 逆転の可能性を与えずジワジワと追い詰めていってるのだ。

 オレも剣から攻撃範囲の広い槍での攻めに切り換えるが差は中々埋まらない。

 殺しても殺しても数は減らず、もはや増えていってるようにさえ思える。


「惣麻くん、今から私がこいつら殺すから三秒耐えて」


「・・・分かった」


 エリック達の壁を超えてブランの側へと寄り、槍の乱打と血の二刀 で攻防一体の構えをとる。

 その間にブランは手を止めて祈るような姿勢で詠唱を開始する。


「神を癒すものよ、我らの声に耳を傾けよ。汝の光輝をもって、この闇を浄めたまえ

 聖なる理よ、我らに宿れ。魔と邪悪の一切を払いのけ、汝の光を与えよ」


 エリックたちの波濤を捉ききれずに全身に傷を負う。

 稼げた時間はわずか三秒。

 そのたった三秒で彼女の詠唱は完成する。


「天使の翼よ、我らを包み込み、神の愛と慈悲をもって、心を清めよ

 天使の手によりて、神の恵みを受け、悪しきものから解放せしめよ」



「―――――――――かくあれかし(アーメン)


 周囲に浄化の法が定められ、 異端の理はそこかる消える。

 影から浮上した使い魔達は一瞬で蒸発し、そこには灰も影も残ってはいない。

 これこそが数多ある秘蹟の中でも唯一にして万能。基礎にして奥技だと定められた御業、『洗礼聖句』の力であった。

 大天使より加護を受けた彼女の詠唱は聖人のそれであり最高純度の発動速度と威力を誇る。

 そのたった一度の 詠唱によって使い魔達は一掃され、その隙を逃さずオレ達は駆け出した。

 ブランは指揮者、一体目のエリックを。

 オレはピアノの奏者、二体目のエリックを叩くために。


「オオ・・・オオオオオオ・・・!!聴衆よ、聴衆よ、聴衆よ!愚かな聴衆よ!何故に我が調べを邪魔せんとする!我が偏執の神曲を何故に貴様ら貴様ら貴様らハアァアアア!!?芸術のわからぬ猿共ガアアア!果てて、潰えて、狂って、堕ちて、醜さの果てに死に晒せえエエエエエエエエェェェェ!!」


「そんな狂った芸術がある物ですか」


 狂った男に反して限りなく冷たく彼女は男の心臓に剣を突き立てる。

 剣が引き抜かれた穴からは鮮血が吹き出し、地面を真っ赤な血で濡らす。

 ピアノを奏でてるエリックも何の抵抗もせず血剣を受けて霧散した。


「これで終わりよ。 目は覚めて?」


「オオオォォォォ・・・目など覚めぬ。芸術の本質とは妄執であり、妄執の本質とは即ち狂気である。 故に私は狂う。狂おう。狂わねばならない!アア!血が失われる!生命が枢ちる!アアアア!これが死か!これだ!これこそが死!死!死!!素晴らしい!この死の中でこそ私は世界を超越するWRYYYYYYYYYEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」


 その時、神奏の奏者は狂気に目覚めた。

 剣に貫かれた心臓の内。

 そこからとめどなく溢れる、光なき闇色の泥。

 溢れた泥を瞬時に空間を埋め尽くし、ブランを呑み込み数秒と経たず側にいたオレをも呑み込んだ。


「なっ!?」


「これは・・・!?」


「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAH!!」


 闇色の泥に堕ちる中、男の狂笑が妙に響いていた。




 目覚めたのは街ではなく豪奢な宮殿の中だった。

 美しき様々な輝きに満ちた世界であるものの、そこにオレとブラン以外に人の姿はなく、その光景がいやに胸を騒ぎ立てる。

 そこは輝く闇のオペラ座。 エリックという名に沿うなら仮面の幽鬼舞うガルニア宮か。

 響き渡る音は聞いたことのない曲だったが、ベートーヴェンやモーツァルトに勝るとも劣らない至高の神曲だ。

 横にいるブランを見れば、彼女は今見ている光景が信じられかのないように驚顎に震えている。


「ブラン・・・?」


「・・・そう、まさかここまでの吸血種だったとは思わなかったわ・・・・・・」


「お褒めに預かり光栄だとも麗しき人」


 カツリと足音が鳴り、見やるとそこには一人の奏者、 エリックの名を持つ吸血種が立っていた。

 先ほど心臓に空けた風穴はすでに塞がっている。


「アアァ・・見るがいい。これこそが我が願いの形、忘執の結唱」


 男は喜ぶ。男は泣く。男は笑う。 男は叫ぶ。男は怒る。男は楽しむ。男は悲しむ。男は哀しむ。男は怖れる。 男は恐れる。男は畏れる。


「これこそ我が幻想。我が世界。己の心象世界を展開し、世界を塗り潰す究極の異能。即ち、幻象結界」


 エリックは、ニタリと笑った。

 仮面を被ったままだったが、直感でそれがわかった。


「名を、『冥府に響く(ラ・ミュジック・ドゥ)我が葬送の・ジュエ・オン・アン・エ神奏(ンフェール)』と云う」

エリック

上から2番目の位階である『大公(アークデューク)』に位置する吸血種。

天才的な作詞家にして作曲家にしてピアニスト。

幼少の頃にモーツァルトの演奏を聞き大感動し、モーツァルトをも上回る演奏家になることを目標にひたするの努力を重ねる。

しかし自身が納得する奏者となる前に寿命で亡くなる、その寸前に彼のファンを自称する一人の『魔王』によって吸血種となった。

300年程度しか活動してない新参も新参の吸血種だが、その音楽に対する異常なまでの執着から来る意志力によって新参でありながら『大公』の位階にまで至った。

己の生の全てを音楽に捧げたが、発現した異能の多くが音楽を戦闘力に転用する能力だったせいで戦闘能力は高い。とはいえ実践経験も少なく戦闘に特化しているわけでも無いので純戦闘型の『大公』の吸血種とは比べるべくも無い。

素晴らしい演奏のためには何事も経験であると思っているため面白いと思ったことに対しての執着は強く、惣麻の前に現れたのもその手の依頼を面白いと感じたため。

自身の曲を貶されて激昂しているが音楽に対して真摯なため、相手の意見はしっかり聞く。

今回キレたのは負け惜しみの類の貶しだったため。

エリックは偽名。『オペラ座の怪人』の怪人から取った。


異能:神奏楽団

エリックの持つ異能。自身の奏でた音楽に応じて様々な効果を発揮する。光のあるフィールドだと効果が減衰する。

『魔王』だとフィールドから光を奪い、『レクイエム』だと自身を再現した使い魔を召喚する。

聴衆、即ち周囲に人間が多ければ多いほど効果が上昇する。

例えば『レクイエム』の場合は、聴衆が一人だと一秒に二体程度の召喚が限度だが、聴衆が十人なら一秒に千体近く召喚される。つまるところこのエリックを倒すのには少数精鋭で戦うのがベストとなるわけなのだが・・・

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