第四話 教会での夜明け
夜が明け、朝が来た。
眠りに着いたのは夜三時程だったのだが、 窓から漏れる日光のせいで五時前に起きてしまった。
どうも吸血種となってしまってたせいで日光が苦手となってしまったらしい。
カーテンの間から漏れる光程度だとダルい程度で済むのだが、直射日光に当たるとどうなってしまうか分からない。
本能的には死ぬ気はする。
すっかり目が覚めてしまったので、用意されたシャツとズボンに着替えて部屋を出て、日光を避けながら教会の中を散歩する。
のだが、廊下が光を取り込む造りのせいで中々進めない。気分はソリッ●・スネークだった。
なんとか礼拝堂にまでたどりつくと、そこには朝早くから祈りを捧げるブランの姿があった。
ステンドグラスから取り込まれた 光に照らされた彼女は聖書の一節のように神秘的で、成程聖女と呼ばれる人間は彼女のような人間のことを言うのだろうと思った。
視線に気付いたように顔を上げると、陽光の陰にいるオレと目が合った。
「おはよう、朝早いのね」
「日光で起きてしまってね。部屋を借りてる身で言うのもアレだけど、 できたら窓は塞いで欲しい」
低血圧じみたオレの様子を見て苦笑する。
「そうね、後で須翁に頼んでおくわ」
「・・・思ったんだが、君と黒錠って どういう関係なんだ?」
どうも雰囲気から親子ではなさそうなのだが、逆に年齢差のせいで友人と言う風にも見えない。
いや、もちろん年齢差のある友情を認めていないというわけではないのだが。
「うん・・・なんだろう・・・保護者?仕事仲間?上司?後見人・・・悩みの種?」
思ったよりも乾いた関係だった。
「説明が難しいのだけど・・・そもそもその話をする前に私の属している組織のことを話さないとね」
それも聞きたいことではあった。
結局、昨日は疲れていたので吸血種のことしか話せなかったのだ。
朝食でも摂りながら話そうと言われて厨房に移動。
彼女が作ると言うのだが、服や部屋まで借りておいて食事まで作ってもらう程恥知らずではなく、そこは断固としてオレが作ると譲らなかった。
彼女の好き嫌いを開き、冷蔵庫にある食材を見てメニューを考える。
結局はシンプルな美国風の朝食に落ち着いた。
互いに食卓に着き、 彼女は十字を切ってから朝食を食べ始めた。
そして一口目で静止した。
「お、おいしい・・・!」
彼女は目を見開いてそう呟いた。
「え、食材同じよね?なんか私が作る食事の五倍はおいしいのだけど。特殊能力?」
「経験に裏打ちされた確かな技術の力だよ」
母が料理面はポンコツだったせいで料理はオレに一任され、結果として十年以上の研鑽を積む機会を与えられたのだ。
そのせいか弁当を作った日にはクラスの奴らにたかられて半分も残らなかったのだ。
なお、たかってきたのは主に女子なのだが、あまりに情けないのでそれは墓まで持って行く所存である。
結局食事の時間は彼女がひとしきり騒いだせいで何も話せず、本題に入れたのは食事の後であった。
彼女達が所属している組織の名は、神使聖教会。旧教を主体とする一大宗教の裏の顔。
聖書に記載なき異端を認めないだけでなく、その存在を消すこと。つまり殺すことを旨とした狂信者の集まり。
世界中に根を張る巨大組織であり、何でも魔術世界においては規模だけを言えばこの教会に並ぶ組織は二つとないらしい。
ブランと黒錠はその中でも使徒と呼ばれる教会の戦闘要員とのことだった。
使徒とは本来の意味では 神の子に支え信仰を広めた十二人の聖人のことだが、教義のために己の命を捧げるという聖人の如き信仰を持つ彼らは十二人には列せられない聖人として使徒と呼ばれているのだ。
吸血種や魔術師のような異端と戦う教会の殺し屋だと聞いた。
他にも教会には騎士団や聖歌隊 、秘蹟団や兵団といった様々な戦闘員がいるそうで、使徒というのはあくまでそれらの一部署に過ぎないらしい。
ブランはそんな使徒の中でもズバ抜けた天才であり、その才能を見出して黒錠がスカウトしたのだそうだ。
「世界の秘密を知って驚いた?」
「いや驚きはしたが、よく隠し通してこれたなそんな大事」
なんでも教会の一部署には魔術世界の隠蔽専門の部署があるとのことで、そうでなくとも魔術師達が魔術を扱う上で最も留意するのは神秘を秘匿することなのだそうだ。
「それに私達には秘蹟があるから」
「秘蹟?」
疑問を口にすると彼女は何事かを呟くとテーブルの上に静かな施風が生じ、風はカップを持ち上げて彼女の手元に運んでいった。
「それ、魔術っていうやつか?」
「分類としては魔術なのだけど私達は秘蹟と呼んでいるわ。魔力ではなく、信迎から生じる神聖力を使って発動させる幻想事象よ」
「成程・・・?」
成程とは言ったもののいまいち理解はできていなかった。
まあ話的には教会が使う特殊な魔術のようなものなのだろう。
ブランも秘蹟はともかく魔術には詳しくないそうで、そういうことは黒錠が詳しいそうだ。
黒錠は本来神に使える使徒でありなから異端である魔術に手を染めてこの地に左遷されたらしい。
「ところで、その黒錠は?」
「さあ?まだ寝てるんじゃないかしら」
そう言いながらも起こしに行く気はないようだった。
「ブランは何でこの町に来たんだ?」
何気ない一言は一瞬で部屋の空気を凍り付かせた。
ブランは手にしていたカップをゆっくりと下げ、静かに語り始める。
「私かこの町に来たのは、ある一匹の吸血種を追っているから」
その言葉を聞いて、何故空気が取りついたのかよく理解した。
そして、オレは理解していながらも口を開く。
「その吸血種は、オレの家族を殺したやつか?」
彼女はわずかに目を背け、苦い顔をしながら頷く。
「そう、よ」
その言葉に自身の口が大きく歪むのを感じる。
しかし、それは内面的な物で外見は一切変化させない。気づかせないし勘付かせない。
このオレの復讐の炎を。
故に、限りなく自然に彼女に乞い願う。
「ブラン、頼みがある」
「・・・・・・何?」
「―――――――――オレに、その吸血種の討伐を手伝わせてくれ」
オレは内心、にやりとほくそ笑んだ。
神使聖教会
イタリアがローマ(厳密にはフランスの教皇庁)を本拠地としている魔術組織。厳密には魔術を研究しているわけではない。神の意思に従って教義にない異端を狩ることを旨とする一大宗教の裏の顔。
元は神使政教会という名称だったが、表立った活動が難しくなって政治に口を出すことを困難となっていったため異端を狩るという方向性に変化していった。