第三話 教会での一夜/恩讐の炎
―――――――――ああ、惣麻。お前は本当に素晴らしい子だ。
過去の声が聞こえる。
あの時死んでしまった家族の声が。
―――――――――お前なら、私の願いをきっと叶えてくれる。
優しげな手が頭に触れその声はなおも語りかけてくる。
―――――――惣麻、お前は■■■の■の■に――――
「親父ッ――――――――――――」
ハッと目覚めるとオレは白いベッドの上で寝ていた。
周囲を見渡しても見覚えはなく、初めて見る清潔な木造の部屋だ。
「ここは―――?」
記憶を辿っていくがぼやけていて曖昧だ。
確か、あの白い女の人と出会って・・・
「目覚めたかね、少年」
低く通った声が部屋に響き、声のした方を振り向く。
いの間にかそこには一人の男が立っていた。
百八十を超える高身長の大男であり、格闘家か何かのようにもその恰好は神父そのもので、それがどうにも似合っている。
黒い瞳は深淵で光はなく、数多の悲劇を見てきたのかどこか哀しげだった。
「私の名は黒錠須翁。ここ、法谷教会を管理する神父として迷える子羊の来訪を歓迎しよう」
黒衣の大男、黒錠はどこか哀しげに微笑んだ。
「教、会――――――?」
その言葉で思い出した。
「あ、あの白い女の人は!?」
ぼやけた記憶を思い出し、男に食い気味で問い詰める。
「ブランか。彼女は無事だとも。君から受けた傷も全て治っている」
その言葉にホッとした。
あの人の名はプランというのか。
白。
確かにそれは彼女にピッタリの名だ。
「今は礼拝堂にいるだろう。歩けるのなら私が案内しよう」
「あ、ああ。じゃあお願いしたい」
そう言ってペッドからゆっくりと立ち上がる。いつの間にかオレは清潔なシャツとスポンを身につけている。
この男が着せてくれたのだろうか。
だとすればなんとも色気のない話しな気がしたのであえて聞かずに想像の宮殿に納めさせていただこう。
ところでオレは男の名は聞いたが自身の名を名乗っていないことに気付いた。
「あ、オレの名前は」
そこまで言うと黒錠の手がオレの言葉を制し、彼がオレの言葉を引き継ぐ。
「夜劫惣麻。五百年近く続く名家、夜劫家第四代当主である夜劫夕賀の息子。西亜市住在の高校二年生。家族構成は父母と中学年の妹がいる。交友関係は普通で強いて言えは友人は少ない。成績は非常に高いか体が少々弱い。と、ここまでにしておこう」
「・・・ずいぶん細かく調べているんだな」
「なに、調べるのは得意なのでね」
そういう話じゃねえ。
「この話も彼女と会ってからしょう。二度説明するのも面倒なのでね」
そう言って黒鍵はオレの前に立ってスタスタと歩き先導する。
そしてある一室に出た。
天井は高く、左右には均等に長椅子が置かれている。
最奥には祭壇があり、その横にはあまりにも立派なグランドピアノ。
端には独立した小さな一室、告解室がある。
そこはオレの持つ礼拝堂のイメージとピックリ同じだった。
「ようこそ、法谷教会へ」
黒錠はこちらを振りかえり、微笑みながらそう告げる。
その姿は心優しい神父様というより、世界の終わりに現れた神の代弁者のようだ。
「あ、よかった。目覚めたのね」
黒錠の言葉に反応して一人の少女が長椅子から立ちあがる。
白い肌と純白の髪、翡翠の瞳に修道服。
ブランと呼ばれる少女がそこにいた。
黒錠が言っていたように大した傷はないようだが、首元に貼られた湿布が妙に視線を引き寄せる。
彼女はオレの前に立って優し気な笑みを浮かべている。
「私はブラン。よろしくね惣麻くん」
「あ、ああ。よろしくブランさん」
「呼び捨てで構わないわ。同い年だし」
同い年だったのか。
大人っぽいというか、しっかりしていてそうは見えないな。
彼女はおだやかな笑顔を消し、ひどく真険な顔になる。
「じゃあ、早速 本題に入りましょう、あなたの身に何が起こったのかを」
「あなたは既に人間ではない。『吸血鬼』、魔術世界では『吸血種』と呼ばれるモノよ」
彼女は静かにそう告げる。
・・・吸血鬼、いや吸血種か。
察していなかったと言えば嘘になる。
犬歯は鋭く伸びていて、視界、いや五感の捉え 方も今までとは異なっている。
そして、ブランの首元にどうしても目が寄ってしまう。
そこでオレが彼女の血を吸ったことを思い出した。
「ということは、オレのせいでブランも吸血種に・・・?」
その言葉は彼女は首を振る。
「いいえ、私は今も人間よ。だからそんな顔しないで」
その言葉に心から安心して息を吐いた。
曰く、吸血種が同胞を増やすには相手を吸血種にするという意思を持って血を与える必安があるそうだ。
これが吸血鬼になると話はまた別らしいのだが余談なうえにどうも複雑なので今回は割愛させていただこう。
彼女の話を一通り聞き、再び彼女の首元を見て言わなくては言わない言葉に気が付いた
「すまない。君を見て襲いかかったり、血をもらったり、それにこんな風に保護してもらったり。どれだけ言っても足りないが、本当にすまない」
頭を下げ、オレは彼女に謝意を示した。
彼女は わずかにキョトンとし、それを笑った。
「気にしなくていいわ。本当に。 苦しんでいる人を助けるのが私の使命だから。それにあなたは被害者。感謝はあっても謝られる道理なんてないわ」
彼女は本当に何でもないように笑っている。それでも彼女はオレの言葉に喜んでいるようだった。
「それにあなたは吸血種になりたてだった。吸血種になったばかりだと変生で消託したエネルギーの補充という名目で通常以上の吸血衝動と魂の痛みに襲われる。 我慢なんて不可能。だからあなたは本当に被害者なのよ」
被害者。被害者。被害者か。
「なあブラン、もう一つ聞いてもいいか?」
「ええ、何?」
オレは、極度の緊張を深呼吸で吐き出して覚悟を決める。そして問う。
「オレの家族は、どうなった」
プランルはその質問に言葉を詰まらせる。
「全員死んだとも」
解答は、彼女の口からではなかった。
ブランが祭壇にたたずむ黒錠須翁をにらみつける。
黒鍵はそれを気にする様子はなく涼しい笑みを浮かべている。
・・・そうか、死んだのか。
オレはわずかに笑い、空を見上げた。
美しい星空がなぐさめるでもなく、月が見守ってくれるでもなく、ただ平凡な電灯の光がオレの瞳を照らしている。
その光に照らされてわずかに目元が輝いた。
そしてオレは前を向く。
「もう一つ聞きたい」
先程以上の厳しさを持って、オレは再び問いかける。
「オレを吸血種に変えたやつが、オレの家族を殺したのか」
数秒の間。
そしてそれを黒錠が答えた。
「そうだ」
絶句。そして理解。
絶望。そして希望。
憤怒。そして殺意。
その時オレの魂に恩讐の炎が灯ったのを感じた。
後のことは明日考えよう、今夜はゆっくりと休んでくれ。そう言われた。
オレは与えられた教会の自室で休んでいた。
それから少しして、家族が全員死んだのを思い出し、泣いた。
だが泣いただけではない。
自然と涙は止まり、たた一言静かに呟いた。
「・・・す」
再び呟く。
「殺す」
再び呟「殺す」再び「殺す」再「殺す」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
「――――――――――――殺す!!」
家族が死んでいった光景がフラッシュバックする。
憎しみと悲しみで視界が歪む。
彼女たちは言っていた。
オレの家族を奪ったのは一体の吸血種だと。
ならば、オレを吸血種にしたヤツこそがオレの家族の仇・・・!
握った拳からギリギリと音がする。
目からは涙ではなく血が流れる。
握った拳からは血が零れる。
それはオレが初めて抱いた明確な願い。
「必ず、地の果てまでそいつを追い詰めて、殺してや!!」
そこにいるのは人でも、理性を失った獣でもない。
それは恩讐の炎を宿した復讐の獣である。
突然だが作者の好きな声優トップ3を発表!
3位、島﨑信長
2位、大塚明夫
1位、中田譲治!
お察しである。
(わかる人にはわかるネタ。コトミネータ~)
『吸血種』
端的に言うと吸血鬼。ヴァンパイア。人間の妄想や幻想から生じた幻想種としての吸血鬼ではなく生物としての吸血鬼。
血液を与えた相手を吸血種に変える能力を持つ。
体内に文字通りの永久機関を搭載しており、単位秒あたりのエネルギーの供給には限界はあるが食事もなにも必要なく活動できる。
唯一、人間の血液をエネルギー源と必要とするが、本当に永久機関を有しているならそんなもの必要ないはずなのだが・・・?
明確な位階制が存在し、全部で8、或いは9段階。
最高位の『魔王』にもなるともはや天災か何かに等しい。
全てはたった一人の『真祖』から生じた存在。
『魔王』になると『真祖』とは何なのか。吸血種が存在する理由を知覚することができると言われているが真偽は不明である。