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第二話 白い少女

 それは純白という言葉が何より似合う少女だった。

 美しく、そして可憐な姿。

 肩まで伸びた髪は汚れたき白。

 肌は透けるような白さで、 瞳の翡翠(ひすい)色はそこらの宝石なんかよりも遥かに深淵だ。

 その白さに反するような黒衣。修道服と呼ばれる服を身につけており、逆にそれが彼女の白さを際立たせている。

 少女はどこからとり出したのか一振りの剣を片手に携えている。

 剣からは白い光が(ほとばし)る。

 神々しいという形容が似合う少女。

 その少女は大地を蹴り、十数メートルもの距離を一瞬で詰めてオレに刃を振るう。


「ぐッ・・・!」


 その刃をギリギリで回避する。

 面の薄皮が斬られ、傷からわずかに血が垂れる。

 確信する。彼女は確実にオレを殺すつもりなのだ。

 その働撃がオレを襲い、そのすきを狙っていたかのように衝動がオレを呑みこんだ。




 私が男に剣を振るった瞬間、男の気配が変わる。


「Alaaa・・・」


 まるで獣のような、 圧倒的な嵐の気配。


「ALUAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!」


 嵐は咆哮した。

 その叫びには(おそ)ろしき圧と魔力が込められており、空間を大きく震わせる。

 その絶対的な存在格に一瞬圧されるが、冷徹にその事実を受けとめる。

 彼女こそは彼の『七大天使』の一翼より加護を受けた、『白の聖人』ブラン。

 そこに慢心はなく、その嵐を打倒するための戦術を脳内で的確に組み上げる。

 獣は己の背に十数もの血の槍を浮かばせる。

 血夜操作、或いは 血液の武装化か。

 両者とも異能の中ではありきたりの物ではあるが、 その性能はピンキリ。カッターナイフ程度しか作れない者もいれば、神話でしか語られない領域のモノを創る者すら存在する。

 今構成された形状はシンプルな槍型。

 しかし、内包する魔力量はけた違いであり、その魔力による物か陽炎(かげろう)のように空間が歪んで見える。

 かすっただけで死ぬのではないかとさえ思わせる、圧倒的な力の奔流(ほんりゅう)

 上等だ。この程度で恐る道理などありはしない。

 かすっただけで死ぬと言うのなら、ただ死なずに絶殺するだけだ。

 静かにして的確な戦術思考。

 私は再び大地を蹴り、嵐の獣に刃を放つ。

 獣は血の槍をアサルトライフルのように斉射する。

 その一槍一槍が一撃絶殺。

 そんなことなど意に解さないように彼女は進む。

 何十もの血の槍を、時に神速で回避して、時に掌から放たれた風でそらして、時に手の聖剣で弾いて。

 音速を超える槍撃をただひたすらに圧倒する。

 そうして彼女は獣の目前へと倒達する。

 あとたった一歩進めば少女の刃は獣の首に振り下ろされる。

 しかしその時は訪れない。


「GLUAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 獣の絶唱が空を震わせ、血の武装は新たな形態をとる。

 否、それは明確な形に(あら)ず。

 放たれた絶唱そのものに血の波動が付与されているのだ。

 古来より獣の咆吼とは魔を遠ざける力を持つと語られており、その幻想を利用した魔術は古今東西に存在する。

 空間を震わす絶唱には物理的破壊力が加えられ、彼女を数メートルも後退させる。

 その攻撃が音、即ち空気の震動に付与された物である以上回避は不可能。

 防御の秘蹟を使いはしたが十全ではなく、骨と内臓が軋むのを感じる。

 アバラ四本にヒビが入り、内臓の六割がズタズタになる。

 むしろ即興の防御でこの程度で済んで幸運だった。

 普通の人間なら全身が破裂して死ぬだろうし、城壁だって砕けるだろう。

 そこに生じた隙を獣は逃しはしない。

 獣は数メートルを一呼吸で詰め、彼女の下へと肉薄する。

 あと一呼吸の間に獣は彼女の首に喰らいつき、その生き血を啜るだろう。

 その一撃こそ絶対絶命。

 ならば、彼女も相応の力を以って、その一撃に応えよう。


「主の御業をここに。神の熱よ、我が正義に応えたまえ」


 詠唱に呼応して彼女の手にある聖剣が光を増す。

 先刻までの光が清流だとするなら、 それは荒いる濁流か。

 或いは荒神、八岐大蛇か。


「神名、解放――――――――――― 」


 空気がその剣に殺到(さっとう)し、周囲に施風が巻き起こる。

 これこそは神敵を討ち果たす天使が授けた正義の刃。


永久に守護する(ラファエル)―――――――――――」


 今、その暴威を解き放つ!


「――――――――――― 白亜の杖剣(カドゥケウス)!!」

 剣から放たれた光は波帯となり、施風は嵐となって、 一匹の獣へ放たれる。

 ただ一瞬、一呼吸の差で獣の身体は打ち砕かれたのだ。

 この光こそ彼女の身に満ちた神聖力を全消費して放たれる決着術式(ファイナル・アーツ)に他ならない。

 神敵を討ち魔を穿つ光の嵐。

 彼女はこの神聖なる一撃によってあらゆる邪悪を打倒してきた。

 だが今回誤算だったのは、獣も魔の嵐に他ならないということだった。


「なん・・・ ですって・・・・・・?」


 獣は、その一撃を零距離で受けてなお五体を保ち生存していた。


「ALUUUAAaaaa・・・・・・!」


 とは言え致命傷には違いなく、傷口からはボトボトと血がこぼれ、生命力とも言える魔力も故渇している。

 それでも私に一撃食らわすくらいの余裕はあるだろう。

 一方、彼女は神聖力を全で消費し、 身体能力は失われている。


 ――――――――――――詰み、か。


 そう静かに思考する。

 無念はあるが、後悔はない。

 後は黒錠(こくじょう)がどうにかしてく れるだろう。

 彼女は終わりを悟り、静かに目を閉じた。


 ――――――――――――しかし、どれだけ待っても終わりの時は訪れない。


 わずかに目を開くと、そこには苦しむー人の少年がいた。


「ア・・・アァ・・・AA・・・ァア・・・!!」


 男は己の内の獣を抑え込み、理性で必死に衝動に抗う。


「イヤだ・・・オレは、オレは、血の味なんて・・・知りたくない!」


 魂を引き裂く悲鳴、理性と働動が衝突する。

 その姿を見て、彼女は気付く。


「あなた今まで・・・血を飲んだことがないの?」


 答える者は、いない。

 既にその余裕はなくなっている。

 彼は魂が引き裂かれる痛みと吸血衝動に抗っている。その姿を見て、彼女は決意した。

 彼女は自身の襟元を緩め、白い首筋を露わにし――――――――――――告げる。


「私の血を飲んで」


 そう言うや否や彼女は彼に押し倒される。

 吸血種特有の鋭い犬歯が彼の首に突き立てられ、微かな痛みと共にわずかな血が首筋をつたう。

 血が彼の喉を流れる度に、彼女の身体にわずかな快楽が走り抜ける。

 倒錯した痛みと快楽は今までの彼女の人生にはなく、その初めての感覚は私の口から(つや)やかな(あえ)ぎ声を漏らさせた。

  どれだけそうしていただろうか、彼はハッと気付き、彼女の首元から口を離す。


「あ・・・ああ・・・オレ、は・・・」


 そう呟き、男は眠るように意識を落とした。

 彼の目元はわずかに濡れている。


 ――――――――――――いい人なんだろうな。


 彼女は特に根拠なくそう考える。

 彼女は微笑を浮かべて空を見上げ、月を見つめる。

 月も彼女と同じような微笑を浮かべていた。

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