神様になろう 競輪激闘編
神様になろう
というわけで。
競輪場にいる。
またか。
とか言わないように。
競輪てオモロいんだもん。
もちろん女神様も一緒である。
お金は少し作ってきたのだが
テキトーに作ったから
いくら持ってるのかよく分からない。
「テキトー過ぎない?いくらなんでも」
「だっていくら作るのが適当なのか考えてたらメンドーになっちゃって。早くビール飲みたいし」
「あんたがテキトーというより設定がテキトーだよね。まあ戻って作り直すのもメンドーだし。あたしもビール飲みたいし」
今日も青空。
売店目指し歩き出す。
ん?
「なにさ」
しゃがんで伸ばす人差し指。
「ヤダ!またセミ!?虫は嫌いって言ったでしょ!?」
「だって、かわいそうじゃん」
指先にしがみついてくる。
「よかった。まだ生きてるぞ」
「早く捨てて来て!」
実はここからが問題だ。
経験のある人なら分かると思うが
指先にしがみついたセミはなかなか離れてくれない。
ここが勝負所
と思うのか
離したらオレの負け
と思うのか
とにかく引きはがすのはムズカしい。傷つけちゃいけないしね。石のように重くなるわけじゃないが
子泣きじじいみたいだな
とか思ってるうちにやっと近くの木に乗り移ってくれた。
セミさんバイバイ
歩き出したら
ん?
「なによ!!」
伸ばす指先
「きりないでしょ!!夏なんだからセミなんていくらでも死んでるよ!!」
「死んでるかどうか確かめねば。神様だかんね」
夫婦漫才みたいなことやってたら
「あの〜」
ん?
二人で振り向くと
やや!
先日のコンビニ少女ではないか!名前はまだない!続く!
助けて、神様。
「なに?どうした?一人?」
女神様。私にも優しくしろよ。
女の子はもじもじ周りを見回す。
「なんか飲もっか?」
私にも優しくしろよ。ビールは賛成だけどね。早く飲もう。
気短かな読者のために少女の話を要約すると
少女は父子家庭
父親は障害者
車椅子とかではないのだが知的障害とかで障害年金で食いつないでるのだが
病気のせいかカッとなると見境つかなくなり
酒でも競輪でも有り金残らず突っ込んでしまう
そのため家賃滞納
「今月払えないと強制退去なの。公団だから3ヶ月滞納すると問答無用で立ち退きの裁判になって」
少女は語る
「お父さんあちこちから借りててサラ金も相手してくれないみたいで」
ブラックか
「市役所の貸付とかもあるみたいなんだけどお酒と競輪が原因じゃ無理だって」
そりゃそうだろうな
「親戚もこれ以上貸せないって。そりゃそうですよね」
微笑がほろ苦い
「で、何でこんなとこにいるのよ?それも一人で」
「私、中学生だからバイト禁止だし。無理に働いても中学生のバイトなんてたかが知れてるし」
「もしかして」
女神様が口をはさむ
「こないだのコンビニのやつ、闇バイト!?」
「私、ばかだからテレビでよく「受け子」とか言ってるの聞いてそのくらいなら私でもできるかなあ、とか思っちゃって」
そうだったのか
「こないだのはテストだったんですけどね。私がホントに使えるやつかどうか。でもいろいろな意味で危ないところでしたね。あのときはホントにありがとうございました」
「コンビニには行った?あやまりにさ」
「お父さんにまだ話せてないんです。お父さん、
だいたいいつも酔っ払ってるから」
「ふーん、で、何で競輪なの?」
また周りを見回し
「私、競輪はお父さんとよくテレビ見てるからだいたい分かるんですけど、ちょっと勝てば1ヶ月分くらい家賃入れられるかなあ、とか思っちゃって。ばかだからそのくらいしか思いつかなかったんです。でも、1ヶ月入れられれば首がつながるので」
なるほど
「何でお父さんと来なかったのよ?」
「お父さんは家でお酒飲んでると思います。私、マンガ売ったり洋服売ったりしてお金作ったんですけど大した額にならなくて。それに」
それに?
「お金持ってるの分かるとお父さんに取られちゃう」
悲惨だ
「それで一人で競輪場来たの?」
「はい。でも子供だから一人でウロウロして車券なんか買ってたら補導されちゃうかも。それで私の代わりに買ってくれる大人の人探してたんです。ホントに信用できそうな人。そしたら」
そういうことであったか
「こないだのこともそうなんですけど、見てたらセミばっか助けてるから、きっとホントにいい人なんだなあ、と思って」
急に笑顔になる。
まあ、私神様だかんね。人じゃないけどね。
「ちょっと、ちょっと」
テーブルの下で女神様が袖口引っ張る
耳打ち。
「簡単じゃん!あんたが神通力でお金こしらえてあげればいいだけのことでしょ!」
ンー、そのためにはどこかで一度神様に戻らねば。
それはメンドー…
ではなく
「それはいかん」
今度は私が耳打ち
「なぜよ」
「ンー、その金どうした、ってなるじゃん」
「ンー、まあね」
「それに家賃生活費、今後も続くわけでしょ、ずっと」
「そっか」
「そのたびお金こしらえてあげるの?金の卵じゃん。金の卵を産む少女」
「ンー…」
「放っとかないよ、父、親戚、マスコミ。いちばんうるさいのはたぶん例のコンビニ不良どもだな。気付かれたが最後、ただじゃ済まない。今だってなんか仕返し考えてんだろ、どんな結末が待ってるか」
「なるほど。分かったよ。分かったけど、で、どうすんの?」
「競輪勝つしかない。んじゃない?予定通りというか」
「えーっ!なにそれ!?それでも神様?」
神妙な顔で少女が見てる
「何か当てでもあるの?この人勝ちそうとか」
女神様が少女に尋ねる
「勝つか分からないけどこの人」
新聞を指差す
「同じ中学の先輩なの。よく近所で練習しててお父さんが教えてくれた」
ユウキだ
「勝ちそう?」
女神様が私を見る。私だって初心者なのだ。
「勝ちそう?」
私を見限って今度は少女に尋ねる。あんたが聞いてどうする。
「どうかな…若手の中では期待されてるみたいだけどほかの人も強いから」
少なくとも一番人気ではないらしい。一番人気は?
「シンタロウでしょ?SSだもん」
シンタロウも出てるのか
競輪選手はS級とA級に分かれS級の方が格上。S級はさらにSS・S1・S2に分かれSSが最上級。日本に九人しかいない。シンタロウ選手はそのSSの一人でこのレースにSSはシンタロウ一人だから一番人気もうなずける。
しかし逆に言えばシンタロウから買っても配当が安いから家賃にはならないだろう。もしユウキが勝ったら?ユウキもぼちぼち印付いてるから大穴というほどではないが…
「どうすんのよ?」
あんたも考えろ!
「あなたは決めてるの?」
なぜ子供には優しい。いや、それより…
「家賃に届かないと意味ないんだけど、私あまりお金持ってないから…」
家賃と言えば少なくとも数万円だろう。競馬で数万は普通だが競輪で数万はけっこう大穴である。固めで数万作るには大きく張らないと。それより…
「あのさ」
顔を向けた少女に
「お父さんに連絡はとれるの?」
「えー、スマホはあるけど競輪場にいるなんて分かったら怒られちゃいますよ」
そこだ
車券当てるのが神様の仕事ではない
「そうだね。車券てネットでも買えるんでしょ?お父さんも呑みながらスマホで買ってるかもしれないから確かめてみるのもいいかもね」
女神様分かってない
まあいい
「まずお父さんにちゃんと居場所教えてあやまりなさい。たぶん心配してるから。そしてコンビニのことも正直に話してあやまること。話はそれからだね。そうしたら何かしてあげられるかもしれない」
少女はうつむいて考えていたが
我々の前では話しにくいのだろう
スマホ片手に離れて行った
「なによ?何かって。神通力、使えないんでしょ?」
「そうだけど、あとは二人の話し合いだな。ことわざでも正直者の頭に神宿るとか言ってだな」
「だから、神様はあんたでしょ!どうせまたテキトーなんでしょ!?」
車券当てるより神様らしいことしたつもりなんだけどな
続く。
お願い、神様!
「どうだった?長かったじゃん」
女神様の微笑み。
「やっぱ怒られちゃった」
舌を出した顔はかわいいが
もしかして泣いたのかな?瞳がうるんでる感じがする
「で、お父さんも買ったみたいです。やっぱり」
「ふーん、やっぱりね。で、買い目は?」
「ユウキ1着シンタロウ2着の二車単1点だって。逆だったら全然だけどユウキ1着ならそこそこつくからって」
なるほど
三連単ならもっとつくけど確率低いからな
「お父さんは当たるの?」
「普段は負けてばっかりだけど、今度は真剣だって言ってました。家賃のこととかもさすがに分かってるみたいだし。俺を信じろって」
ちょっと苦笑い
「でも」
「でも?」
「お父さん、早めに買ったからそのあとオッズが下がっちゃって。今のオッズだと的中しても家賃に届かないらしいんです」
「えー、だめじゃん!」
「だから、金持ってるならお前、その金で買い足せ、って言われました」
「えー、なにそれ!運命共同体?一連託生?親子心中?」
とんでもないこと言うんじゃないよ。女神様だろことばを選べ
「どうする?別の大穴買って保険かけとく?でもお父さんだけ当たっても足りないんだもんね?えーと、えーと」
パニクるな。女神様だろ。
「私、お父さんを信じます」
きっぱり。
少女よ、そのことばが聞きたかった
「だから私のお金、全部お父さんの買い目に賭ける。言うこともけっこうまともでしたし。今日はユウキの逃げイチだから残り目十分、とかって」
競輪選手は皆得意戦法がある。逃げ、先行、差し、追い込み等等。
ユウキは「逃げ」だけど今日逃げそうなのは出場選手中ユウキ一人だから
確かにマイペースに持ち込めるかも。
「あと、これは私の考えなんですけど」
何?
「ユウキ先輩、今日、単騎だから」
確かに。
競輪は通常ラインを組んで走る。
ラインとは簡単に言えば地元が同じまたは近い選手同士2〜4車程度で縦列を組んで走る戦法。
先頭は早く言えば風よけ
競輪のスピードは最速で時速70キロに達し
その際受ける風圧は台風並みと言われる
先頭で風圧を受ける役目は通常若手の仕事だが
その代わり二番手以下は抜きに来る別ラインの選手を幅寄せしたり蛇行したりして牽制する
もちろん失格にならない範囲で行なうのだが
やり過ぎて本当に失格になることもある
いずれにせよゴール板では自分がラインの先頭、1着になりたい
誰しもその思いで走っている
昨日の友は今日の敵、だ
「ユウキ先輩、若手だからいつもラインの先頭なんですけど」
中学生の方が詳しそうだ いつも父親と見てるからな
「そうするとラインの後ろの先輩選手たちが走りやすいように勝ちやすいように考えながら走るから」
なるほどね
「でも、今日はたまたま同じ地元の選手いなくてユウキ先輩単騎だから」
ふむふむ
「ユウキ先輩、誰にも気兼ねしないで自分一人で好きなように思い切り逃げたらホントはどのくらい強いのかなあって思ったりするんです」
楽しみじゃん。よし、買いに行こう。
券売機に向かったら
ん?んん?
少女がしゃがんで何かしてる。もしかしてセミ?
そっと立ち上がったが顔をそむけ思い切り腕伸ばして指先見ないようにしている。こわいのかな?女子だもんな
「わっ!!わわっ!!」
セミがいきなり女神様めがけて飛んでいった。腰抜かしそうだ。
「木と間違えたんじゃないの?大木と」
「どういう意味よ!!」
笑いをこらえる中学生。
「私、嫌われた?でも、いいことしましたよね?」
たぶんね。勇気あるね、きみ。続く。
今だ、神様!
スタートが切られた。ユウキは後方だ。逃げ戦法だからといって最初から先頭をとるとは限らない。駆け引きがあるのだ。
他の選手も三々五々といった感じで互いに出方を伺っている。
本当の先頭は誘導員である。このヒトは本当の風よけ。レースや車券とは関係ない。残り二周くらいで離脱する。それまではこのヒトを抜いてはならない。それが競輪のルールだ。
周回を重ね、並びが決まって来た。ユウキは?
誘導員の直後、つまり実質的先頭である。もちろんまだ本気で踏んでいるわけではない。
他のラインもいつかはユウキを抜かなければならない。しかし、どこで?別ラインの動きは?人気の中心シンタロウの位置取りは?
駆け引きなのだ。
7車立てである。ユウキが単騎。3車ラインが二つ。シンタロウのラインがユウキの直後。シンタロウは3車ラインの2番手である。
残り二周。第三コーナー。シンタロウのさらに後ろのラインが上がっていった。そしてシンタロウの横につけたが
抜こうとしない。そのままだ。これではシンタロウが前に上がることができない。圧迫されている?
しかしいつかは前に出なければならない。スタンド前でシンタロウのラインをかわし前に出た。シンタロウラインはいったん下げた。
シンタロウをかわしたラインはそのままユウキに接近。誘導員退避。
ラインがさらにユウキの外を上がっていく。ユウキ、どうする?
つっぱった!
「大丈夫?まだ2コーナー回ったばっかだよ?このまま逃げ切れるつもり?」
女神様が気をもむ。
中学生はユウキしか見ていない。
ユウキは若い。シンタロウはSSの中で最年長である。スタミナなら負けない?というよりスタミナ勝負に持ち込む以外勝ち目なし?と踏んでの早目ロングスパートか?
シンタロウは巧みに列を縫って3番手。前に依然ラインの先頭車を置いている。脚を貯めている感じだ。絶好位!?
神様
は私だが。
どうする?どうすればいい?
神通力は使えない。
人としてできることは?
何も思いつかないまま
第三コーナー
さらに第四コーナー
そのとき
「ユウキさあぁぁぁん!!」
少女だ!
そうか!
神通力などいらん!
「ユウキいぃぃぃっ!」
私も叫んでいた。
これが人としての精一杯だ!
女神様は当惑?シンタロウファンだからな
あるいは
さすがソフト部 声出しすげーわ
とか感心してるのか?
それどころではない
ユウキが精一杯踏む
少女が精一杯叫ぶ
私も
「ユウキいっ!」
別の声が飛んだ
ジジイと女子中学生の絶叫につられたのか
「ユウキ!」「ユウキい!」「ユウキさあん!」
声援が広がっていく。
まあ、ユウキから買ってる人も多いだろうから
とか思ってたら
「ユウキ、ユウキい!」
変な声がする。少女の方だ。
思わず目を剝いた
少女がお腹にスマホを構えている
つながってる!?スピーカホン!?
父親の声なのか!?
気を取り直し叫ぼうとしたとき
「ヤバいっ!」
シンタロウが来ている!
ラインの先頭車をかわしあとはユウキを抜けば
抜くな、そのままっ!
もはや声にもならない。
早くゴール、ゴールはまだか!?
そのとき
「シンタロおぉぉぉっ!」
女神様だ!
シンタロウの外からさらに1車!
狙ってたのか?
ユウキが勝ってもシンタロウが3着では当たりにならない!シンタロウもがんばれ!
「そのまま!」
「差せ!」
「シンタロウ!」
「ユウキ!」
「先輩!!」
少女の絶叫がひときわ大きくこだましたときがゴールだった。続く。
続く?
「当たってよかったね」
「二度も助けて頂いてホントにありがとうございました」
ペコリとおじぎをする。
「でも、ホントはこれからが本当の問題だよね」
「そうですけど、娘が裏バイトとか競輪で苦労してるって分かったら、お父さん、だいぶ考え込んでたから。大丈夫だと思います」
見上げる青空にセミの声が鳴り響く
「神様が助けてくれたのかなあ」
なぜか私を見る。
「セミの神様が助けてくれたのかもね」
なぜか女神様も私を見やる。
私は少女を見やり
いや、きみの力だ
心でつぶやいた。おしまい。