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至高の酒

作者: 柴野弘志

 若い男が、グラスに注がれた眩いばかりに輝く琥珀色(こはくいろ)のウィスキーを口に含むと、満足げに(うな)った。


「素晴らしい! 実に深みのある味わいですよ。爽やかでありながら、なめらかさもあって、品のある香りが華やかさを醸しだしている」


 ひと口ずつ含ませて味わいを確認しながら言葉にしている。やや腰のまがった熟練の(あるじ)は「そうですか」と、控えめに応えた。


 テーブルには蒸留所で造られたいくつものウィスキーと、飲み干されたグラスが並んでいる。そこに新たな飲み終わりのグラスが加わり、男は別の銘柄の酒に手をつけた。


「やや。これはスパイシーな口あたりで、ドライフルーツを思わせるような余韻が感じられますな。それでいてバニラのような甘い香りが鼻を抜けてくる。これもまた非常に素晴らしい」


 ひとつ、またひとつと新たな銘柄を口にするたびに、男は饒舌(じょうぜつ)にうんちくを並べたてた。


 男の身なりは高貴な品格を表すかのようにきっちりとしており、カイゼル(ひげ)が上流階級の人物であることを強調しているように見える。大きな造船会社の跡取りとして生まれ、父親が経営の舵を取って多くの従業員を束ねていると言う。男は己の出自を自慢し、仕事もせず美味い酒を求めて世界中を旅して周るのに人生の大半を費やしていることを、誇らしげに語った。


「おいしい酒を飲むためなら金は惜しまないですよ。これまで飲んできたものの中には一本の酒で家が建つほどのものもありました。もちろん高いものほどおいしいだなんて単純な考えは持ち合わせていませんがね」


 己の経験と知識をひけらかすように、ワインやビール、ブランデー、ウォッカなど世界各国で味わったさまざまな酒を、男は滔々(とうとう)と喋り続けた。


「わたしはね、至高の酒というものに出会うことが人生の目的とも言えるのです。世界中においしい酒はたくさんありますし、あなたの造る酒も非常に優れた酒のひとつと言えるでしょう。いや、五本の指に入ると言っていい。ただし、この上ない最上の、世界一の酒かというと……これが非常に甲乙をつけがたい。他の酒も同等に素晴らしく、それでいて決定的な何かがないのです」


 ずっと黙っていた(あるじ)がそこで笑い声をあげると、確信を持つようにきっぱりと言った。


「そんなものは、探しまわらんでもいつだって味わえるさ」


 男は身を乗り出すようにして「それはどうやって」と、訊ねた。



「汗水流して、なにかを達成したときに味わう酒ほどうまい酒はない」


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