碧と陽翔と笑顔
(うっきゃあ~)
台所に辿り着いた碧は、瞬く間に赤面。引き出しを開けてナイフとフォークを取り出しながら、心中で悶えた。
心がむずがゆかった。
心のむずがゆさが、だんだん身体へも広がって来た。
告白できた喜び。
ナイフとフォークを忘れるという失態。
恋人になれるという喜び。
両方がない交ぜになって。とにかく、むずがゆかった。
(うっきゃあ~~~)
「碧さん」
「あ!ごめん!陽翔ちゃん。今持って行くから!」
いつもより声を大きくしてしまった碧は、赤面のままへらりと笑って、お盆にナイフとフォークを乗せて陽翔と一緒に居間へと向かおうとしたのだが。
「陽翔ちゃん?」
「ここで食べます」
「え?うん。じゃあ」
碧は居間とは別に、台所にも置いてある食卓にお盆を置いた。
陽翔は椅子に座っていただきますと言った。
碧は対面の椅子に座らずに、陽翔の傍らで立ったままどうぞと言った。
陽翔はナイフとフォークを手に取ると、サクサクとりんごのホットケーキを一口大に切り分けて、ナイフを置き、フォークで刺して、あむりと食べた。
りんごはほんの少し、シャキシャキ感を残しつつも少し、しんなりしていて、りんごの甘さが舌の上で広がり、生地のふわふわとした感触としっとりとした感触を堪能しつつ、控えめな牛乳と卵の味と甘さが、りんごの甘さと混ざって、口いっぱいに広がった。
優しい味だ。ほっこりして、とても美味しい。
喉に通らないかもしれないとの懸念は杞憂に終わった。
火照りは、継続中である。
「美味しかったです」
「ありがとうございます」
ゆっくりとりんごのホットケーキを食べ終えた陽翔は、身体を碧へと向けて深々と頭を下げた。
碧もまた立ったまま深々と頭を下げた。
「………碧さん」
「はい」
陽翔は立ち上がって、両腕を大きく広げた。
とくとくとく。
大きくも速くも激しくもなっていない。けれど、心臓が、いつもより存在を主張する。
とくとく、とくとくとく。
くすぐったい。
少しだけ、ほんの少しだけ、苦しい。
陽翔は両腕を大きく広げたまま、離れた碧との短い距離を、一歩、二歩と、足を前に動かして縮めて、碧の胸に額をくっつけて、両腕を背中に回した。
この鼓動は、どちらのものか。
とくとくとく。
どくどくどく。
額を胸に押し当てているせいで、圧迫して、こんなに大きくて、早い音が出ているのか。
温かい。熱い。時折、流れる隙間風が、心地よい、寒い。
ぎゅうぎゅうと。
陽翔は碧の身体を強く抱きしめた。
ぎゅうぎゅうと。
碧もまた、陽翔の背中に両腕を回して、陽翔の身体を強く抱きしめた。
痛みはない。
自然と涙が流れ落ちた。
やっと。
ようやく。
ここにこられた。
今、気づいた。
ここにきたかったのだ。
ずっと、ずっと。
ここに、きたかったのだ。
気づけなかった今までの時間を惜しむつもりはない。
愛おしい時間だった。
これまでも。
今も。
きっと、これからも。
愛おしかったし。
愛おしみたい。
「「好きです。恋人になってください」」
心地よいあなたの傍で、喜んで、生きていきたい。
「陽翔ちゃんの好きな柑橘系フルーツタルト、買って来るね」
「二箱、お願いします」
「お花も、とびっきり大きいの、買って来るね」
「一番小さな花束がいいです」
「夕飯、一緒に作りたい」
「じゃあ、一緒に買い物、行きましょう」
「何時に行く?」
「四時半がいいです」
「四時半まで、このままでいい?」
「………四時十五分まででお願いします」
ふにゃり。
碧は笑った。
ふにゃり。
陽翔も笑った。
見慣れた笑顔と、初めて見る笑顔だった。
(2024.2.14)




