碧と陽翔と三年後
頑張ることに、安楽を覚える人間。
頑張ることに、苦痛を覚える人間。
どちらに当てはまるかと問われれば、自分は前者だと、陽翔は思っていた。
ただ、当てはめるならば、であって、そもそも頑張っているという意識をあまり持っていなかった。
頑張っているという言葉は、無理をしているという言葉と同義語だと考えていたからだ。
無理をするということは、心身に大いなる負担をかけているということだ。
陽翔は無理をしていないと思っていた。ほとんど。無理をしている時も確かにある。ただその時は適切に休息を取って、無理をしている自分から脱却しているとの自信があった。
陽翔は自分に自信を持っていた。
陽翔は自分が好きだった。
陽翔は成果を上げられる自分が好きだった。
成果を上げる為に、色々と調べて考えて実行することが好きだった。
成果を上げる為とは言え、自分自身を蔑ろにしない自分が好きだった。
失敗しても、失敗を分析して、次に生かす、または捨てると、てきぱき判断できる自分が好きだった。
自分で言うのもなんだが、大抵のことは流れるようにでき、自立しているしっかり者だと自負していた。
「いや~~~。陽翔ちゃん。久々だねえ。夢遊病」
「………碧さん」
にっこり笑顔に、陽翔はがっくしと肩を落として、お世話になりましたと言った。
上限があると、陽翔はわかっていた。
思考を働かせ、身体を動かせる上限。
年も経験も重ねたので、その上限を超えることないと、陽翔は自負していた。
ほとんどではない、皆無である。と。
上限を超えて頑張っては心身に支障をきたす、それは限りある時間を無駄にするということだそんなもったいないことを誰がするものかと高笑いしていたほどだ。
けれど本当に稀に、陽翔はその上限を測り誤って超えることがあり、その時に、症状として現れるのが、夢遊病であった。
起き出しては、ふらふらと歩き出し、ベランダに出て、ぶつぶつ呟きながら、時折小さく笑うのである。
碧と陽翔が一緒に住み始めてから、三年後のことであった。
二十四歳になった陽翔は大学時代の仲間とベンチャー企業を立ち上げて、大量廃棄される衣服の再利用を主に(他には、大量廃棄されている野菜や漁網など)考えて様々な町工場と、時に大企業と手を組んで売り出しており、三十六歳になった碧は、アオの仮面を被ったままモデルを続けていたのであった。
(2024.2.10)




