碧と陽翔とぎゅうぎゅう
もしもの話ですよ。
陽翔は前置きをして、言葉を紡いだ。
もしも、ぼくが金銭面を担うので、働かなくていいと言ったら、碧さんはモデルのアオを止めますか。いえ、アオの仮面を捨てますか。
(働かなくていい、なら)
モデルのアオは、稼ぐために創り出したと言っても、過言ではなかった。
学生でいる内は、勉強も運動も、面倒だと思いながらもやってきた。やってこられた。
けれど、金を稼ぐ、となった時点で、就職を考えなければいけない時点で、無理だと思った。
自分には無理だ。
多分、学生をやるだけでも、結構、身体も、心もいっぱいいっぱいだったのだと思う。
いっぱいいっぱいで、身体も心も擦り減らしていたのだと思う。消耗させてきたのだと思う。
それを、学生以上にやることが多い働き手となると、一体、どれだけ。
自分には、無理だ。
無理だけれど、逃げられる問題ではない。
働かなければ生きてはいけない。
だから、仮面を作った。
自分ではない仮面。
自分と正反対の仮面。
拾ってくれた社長には、とてつもなく感謝をしている。
正反対の仮面を被っていたとしても、もしかしたら就職できずに、姉に迷惑をかけ続けていたのかもしれない。
働き手として認められた、仮面のアオが、誇らしい。
働き手として認められた、仮面のアオに、安堵している。
働き手として認められた、仮面のアオに、恐怖している。
仮面を被っていない碧は不要だと、言われることが、とても、怖い。
陽翔に言われることが、一番、怖い。
『もしも、ぼくが金銭面を担うので、働かなくていいと言ったら、碧さんはモデルのアオを止めますか?仮面のアオを捨てますか?』
おかしな話である。
どれだけ情けなかろうが構わないだろう。
それならばと、飛びつけばいい。
仮面のアオを完全に放り棄てればいいのに。
仮面のアオは、安定さをもたらしてくれると同時に、不安定さももたらすというのに。
働かなくてはいけないという、責務か。
情けない姿をこれ以上見せたくないという、見栄か。
求められて、対価を与えられて、嬉しいという、快感か。
奪われるかもしれない恐怖を自ら抱えながらも、被り続けたい、だなんて。
放り棄てたいわけではない。なんて。
(だから。僕は、僕自身も、頑張らないと)
仮面のアオに恐怖を抱かなくてすむように。
仮面のアオに、自分を奪われるのではないかと恐怖を抱かなくてすむように。
仮面のアオに、陽翔を奪われるのではないかと恐怖を抱かなくてすむように。
「モデルのアオは捨てられない。仮面は捨てられない。僕自身も、捨てられない。から。ぜんぶ、頑張る」
「………」
頑張らなくていい。
そんなに、頑張るという言葉を口にしてまで、自分を追い込まなくていい。
陽翔は思いながら、そっと、碧の顔を、自分の胸に包み込むようにして、真正面から碧を抱きしめた。
やわく、やわらかく、抱きしめて、言った。
頑張っているあなたも、頑張っていないあなたも、どっちも好きなので、無理はしないでください。
「ぼくは、仮面のアオも好きですが、仮面のアオより、碧さんが好きだって、きちんと覚えていてくださいね。一緒に暮らしたいのは、碧さんだけです」
「………ん」
碧は陽翔の背中に腕を回して、ぎゅうぎゅうと、服をきつく握った。
(2024.2.9)




