碧と陽翔と混乱
『陽翔ちゃんが飽きるまでお願いします!』
じゃあ今飽きたと言ったらすぐに出て行くんですか。
飽きたなんて言わないでくれって、自分を引き留めはしないんですか。結局、そんな軽い気持ちで一緒に住むって言ったんですか。
そもそも。
(飽きると、思われること自体が、むかつく)
一瞬険しい顔になった陽翔は、けれど表情をすぐに戻して、過った疑問もぶつけはしなかった。
鼻水涙ズルズルで、赤面で、えぐえぐ声だった碧が今は、いいことを言ったと言わんばかりに得意満面になっているのだ。鼻水涙ズルズルで赤面のままだけれど、とてもいい顔になったのだ。その顔もむかつくが、同時にその顔も可愛くて好ましいとも思ってしまっているのだ。
(まあいいか。つまり、ぼくが飽きない限り、碧さんはずっと一緒に住むってことだし。碧さんが言うように、ぼくが碧さんに飽きる可能性だって無きにしも非ず、だろうし)
「一緒に住みたくなくなったら、その都度話し合いましょう」
「うん」
「腹の内に溜め込むことが一番よくないですから、碧さんが不安に思ったことは伝えてくれると嬉しいです。ぼくを怒らせる、傷つけるから言わないでおこうとか、思わないでください。怒った時も傷ついた時もきちんと言って、碧さんにきちんと癒してもらいますから大丈夫です」
「うん。陽翔ちゃんも言ってね。それと。僕も家事をする」
「無理も厳禁ですよ」
「ううん。する」
「じゃあ、少しずつ。一緒に」
「よろしくお願いします」
「はい。じゃあそろそろ。寝ますか。その前にお風呂。碧さんは明日は仕事ですか?ぼくは、大学が午後からなので、お先にどうぞ。あ、明日はケーキ三昧ですよ」
「陽翔ちゃん。あの」
碧にやんわりと呼び止められたので、陽翔は立ち上がらずに座ろうとしたが、その前にティッシュを取りに行きますと前置きをして立ち上がって、食卓の上に置いてあるティッシュを取ると、碧の元に戻って座り手渡した。
ありがとう。
碧がお礼を言うと、ティッシュを二枚取って、鼻水を豪快に吐き出すと、ちょっと顔と手を洗ってくるねと言って、立ち上がった。
陽翔もまた立ち上がると碧を追いかけた。
「あのね。陽翔ちゃん。僕、陽翔ちゃんの前ではもう、モデルのアオになれないけど。モデルのアオは、捨てられない。仕事をするために、お金を稼ぐために、僕はモデルのアオの仮面を被り続ける」
洗面所まで一緒に行って、碧が顔と手を洗い終えるのを待って、一緒に居間に戻った陽翔はまた、人をダメにするカーペットの上に向かい合わせに座ると、碧にそう言われたのだ。
「あの。ごめん。陽翔ちゃんはもう、アオの顔を見たくないかもしれないけど。アオの仮面を被り続ける、なんて、言って」
(見たくない、ってことはないかもしれないけど)
陽翔によって破壊されたと思った仮面。
せっせと破片を集めて繕った仮面は、ツギハギだらけになっても仮面。
アオになり続けられると思っていた。
事実、破壊されたと思ってからも、陽翔の前でアオになり続けられた。
けれど、今はもう、無理だ。
陽翔が仮面を破壊してくださいと言ったからではない。
碧自身がもう、陽翔の前で、アオになりたくないのだ。
アオの仮面はある。
けれど、陽翔の前では、瞬く間に消滅してしまう、させてしまう。
(で、も。陽翔ちゃんが望むなら。頑張って。陽翔ちゃんの前でも)
思うだけ。口にはしない。きっと、怒らせてしまう、傷つけてしまう。
碧がいればいいと、言ってくれたのだ。
それなのに、アオは捨てられない。
働くために、金を稼ぐために、アオが必要だった。
アオの顔は見たくない。他の仕事を探して。
けれど陽翔にそう言われたらどうしよう。
「あの。陽翔ちゃんは、アオの顔、見たくない?見てもいい?」
(あれ?でも、僕は陽翔ちゃんに、モデルのアオの方がいいって言われるのが怖いんだよね?だったら、仕事でもモデルのアオにならない方が。でも、モデルのアオ以外の仕事をする僕なんて。まったく。想像できないし。何より。続けていたい………アオが嫌いなわけじゃないし。でも、陽翔ちゃんに、アオがいいって言われるのは怖い。ん~~~あ~~~)
碧は混乱しながらドキドキしながら、陽翔の言葉を待った。
(2024.2.9)




