陽翔とアオと碧と海と声
あ、もうだめだ、と思った。
アオが碧だと、よりにもよって陽翔にバレた瞬間。
もう、終わりだ。
破壊された仮面はもう、使えない。
仮面を被れない自分はもう、
不要である。
「え。ちょ!」
陽翔は肝を潰した。
問いかけた瞬間、アオが無言で身体を横に向けたかと思えば、真っ直ぐ歩き出したのだ。
海へと。
海の中へと。
一切躊躇することなく、静かに入って行くのだ。
まるで海の底が家だと言わんばかりに。
異様だった。
全く音がしないのだ。
海の中に入って行くのに、海とアオの身体がぶつかる音が、波の音が、飛沫の音が。
水の音が、海の音が、何も。
海が迎え入れているのか。
「そこは家じゃありませんよ!」
陽翔は駆け走って海の中に入りアオの腕を掴もうとするが、奇妙なことにすり抜けるのだ。
腕だけではない。
肩も腰も足も全身が。
自覚がないだけで酔っているのか。
もしくは、これもまた夢なのか。
この凍てつくような、鋭い痛みさえ伴う海の冷たさも、身体を重くさせ自由に動かせない大海原の恐怖も。夢、なのか。
距離がどんどん開いていく。
もう少しで、アオの顔も海の中へと沈んでいく。
「碧さん!」
悲鳴のように大きな掠れ声が出た。
怖い。
ただひたすらに、怖かった。
失う。
失ってしまう。
「碧さん!戻って来てよ!碧さん!」
雪は音を吸収してしまうという。
だったら海は、音を沈ませてしまうのではないだろうか。
いや。音から想いを抜き取り、沈ませているのではないだろうか。
空っぽになってしまった声では、届くはずもないのだ。
「碧さん!」
(2023.11.15)




