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第8話 グッドモーニング、二人のダイニング

 例によって、タブレットの電子音で目が覚めた。


「疲れた……」


 そして例によって、起床して開口一番がこれである。眠れてはいるはずなのに、どうも疲れが慢性的になっていて取れない。


「……眠れたのか」


 そう、眠れたのだ。隣の部屋では身内でもない女の子が寝ている――緊張で眠れなくなりそうなシチュエーションだが、自分でもびっくりするほど速攻で落ちてしまった。少しばかり自分でも呆れる。

 だが、一晩休めたことで、俺も冷静になれた。頭が冷えた。

 さて、グダグダしていられない。さっさと準備をしないと。

 そう思って、戸を開けた――


「……おお!?」


 そこにいたのは、赤いジャージに身を包んだ伊月。キッチンに立ち、鍋を回している。鼻をくすぐるダシの香り。調理をしている、ということだ。


「おはよ、朝也さん。朝ごはん、食べるっしょ?」


 すでにテーブルにはご飯一膳と目玉焼きが並んでいた。

 しまった。言ってなかったか。


「あ、ごめん。朝ごはんもうあるんだよ」

「え、うそ。冷蔵庫開けても何もなかったよ?」

「いや、これ」


 冷蔵庫の隣、ラックの上から掴んだのは、封をクリップで留めたスティックパン三本。俺の朝食は、六本入りのコレを三本ずつ二日に分けて食べるのがルーティンとなっている。


「え、それ朝ごはんだったの!? おやつかと思った!」

「おやつとは失礼な。ドラッグストアで買うと八十四円で六本入り、三本ずつ二日で分ければ一日四十二円なんだ!」

「力説されてもなぁ~。普通の朝食の方がコスパ良くない? 腹持ちもいいし」

「食器を洗う手間とかを……ていうか、あれ、いつ買ってきたの? お金は?」

「ネカフェ代浮いたし、それでさっきコンビニで買って来たんだよ」

「え、悪いよ」

「いいからこれくらい! お米はもともとあったものだし、ていうか早く食べないとじゃないの?」


 ちらとリビングの置時計に目をやる。


「あ、マジだ」


 確かに朝ごはんをゆっくり食べていたら時間がない。いつもスティックパン三本で済ませていた弊害だ。

 テーブルに着くと、味噌汁がよそわれてきた。「いただきます!」と手を合わせてお椀から口に運ぶ。サバ缶が入っていた。昔、母方のおばあちゃんの作る味噌汁にも入ってたな、そういや。


「お味噌汁、口に合う?」

「うん、おいしい!」

「ちょ……そんな純粋に言わないでよ」


 伊月はぽりぽりと頬を掻いた。でも実際うまいのだ。インスタントにはない、懐かしさがこみ上げてくる味。

 顔色はかなりよくなってはいる。肌にハリもある。が。


「寝ててよかったのに。寝不足だったんだろ?」

「ああ、広い部屋で眠れただけでも、だいぶ回復したからさ。漫喫って狭いじゃん? それに八時間くらい寝たし。でね、今日バイト休みなんだけど……」

「ん? ああ、別に俺がいない間いるなとか言わないよ。好きに使っていい。水出しっぱなしとかは気をつけて。あと冷蔵庫に貼ってあるのが、ワイファイのパスワード」


 伊月の背後の冷蔵庫に貼られたメモを指さす。それを確認しつつ、伊月はあのさ、と口を開いた。


「……いつ帰ってこれそう?」

「今日は……多分残業はないとして……七時前くらいかな」

「うん、わかった」


 こちらを向いて、満足そうに笑った。ずいぶんとうれしそうな顔だ。なぜかとは思ったが、理由まで考える時間はない。


「あとついでに、冷蔵庫の横のフックに係ってるのがカギ。外出したくなったらあれで鍵かけといて」


 フィニッシュも味噌汁で決めると「皿洗いやっとくから」との言葉に甘え、急いで自室へ移動。

 何年ぶりだろうか。実家以外でこんなしっかりした朝食を食べたのは。

 ……それでも、念のため、本当に念のために、ある仕掛けを施しておく。

 手早く着替える。ワイシャツにスラックス。内勤だからかしこまる必要もない。

 鞄を持ち、玄関に立つ。


「それじゃ」

「ちょい待ち」


 不意に近づいてきた。俺の目の前まで来ると、頭を下げるよう言われた。


「寝ぐせ。てっぺんあたりに出てる。そんなんでいつも会社行ってんの?」


 反論する前に、櫛が頭皮を刺激する。こそばゆい。子どもじゃないっての。


「それじゃ、水と火の元と……」

「子どもじゃないよ、分かってるって。あと、これ。持ってって」


 渡されたのは、白い紙袋。


「菓子折り?」

「んなわけあるか。お弁当。おにぎり握っといたから」

「え、悪いよ」

「すぐそれ言うね。急いでるんでしょ。いってらっしゃい」


 押し付けられた。拒否する時間はなかった。

 まだ夏の空気が厳しい秋の朝。

 弁当を持っていくなんて、それこそ十何年ぶり。高校生以来までさかのぼる。軽いようで、重く感じた。

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