アンリエッタ
「フローレンスどうして貴女、侯爵様をお迎えしないの?」と咎める様な母親の声がした。
母親は母親だがフローレンスの母はすでに他界してこの世にいない。そう、義母である。
「貴女は自分がそこまでの美貌だとでも思っているのかしら?」と余程気に入らないのか妙につっかかる言い方だった。
食事の後のコーヒーの時だ。一気にコーヒーの味がしなくなった。
「はい、特にお話したい事も有りませんので。」と理由を話す。フローレンスは自分は世間一般並みの顔立ちだと思っている。髪の色だってありふれたブラウンだ。
「でも貴女もう22歳になるのよ?これからどうするつもり?この家に残るつもりで居るの?」
「おい、そろそろ止さないか。せっかくの朝の空気が不味くなるだろう。」とお父様が止めに入った。
「お母様、私はあまり体が丈夫では有りませんし、社交も得意では有りません。私の様な者が結婚しても旦那様を支えるなんて出来るとは思えないのです。」と自分の意見を言ってみた。
その時、妹のアンリエッタが口を開いた。
「お母様、別に良いんじゃないですか?
私は良い方を見つけてこの家を継ぐつもりです。なのでお姉様その時はこの家を出て行ってくださいね。」とフローレンスに向かってはっきりと告げた。アンリエッタは今年17歳になる。
「ええ、わかっているわ。アンリエッタ。心配しないで?邪魔はしないつもりよ。」
「くれぐれも頼みますよ、お姉様。あと週末のお父様のお友達が来られたら、一切こちらには顔を出さないで下さいね。」
「それもわかっているわ。貴方達がこちらに来なければ良いだけの話よ。」この母子に理解をして貰おうとはこれっぽちも思わなかった。
「何ですって!頼まれてもそちらには行かないわ。馬鹿にしないで!」
「まぁまぁ、2人とも良しなさい。アンリエッタ、今の言い方は良くないよ。」と思わずお父様が止めに入った。
「はい、すいませんお父様。」
場が治まったと感じたフローレンスはイスから立ち上がり「私はこれで離れに戻ります。ご馳走様でした。ではお休みなさい。」と告げて離れへと戻っていった。
今の母親はフローレンスの母親ではない。
産みの母はフローレンスが幼い頃に亡くなってしまった。その母親に代わりフローレンスを育ててくれたのがお婆ちゃま、謂わゆる祖母だった。
父親の再婚後に、祖母は離れに追いやられ、その時から祖母はせっせと箱庭やガゼホを作り始めた。
実際にはフローレンスは離れで育ったも同然だった。
義母はあからさまにフローレンスを虐めたりはしないが、アンリエッタは辛辣に批判してくる。
絵本作家のギャラも家に入れているので、本来ならとやかく言われる筋合いは無いはずだ。
フローレンスは祖母との思い出の、あの離れと箱庭が無かったらおそらく今ここにはいないだろう。心の中の本音はずっとこのまま絵本を描きながら箱庭と離れで暮らせたら。とは思っている。
クリス侯爵親子が訪ねてくる。
あっという間にその日がやって来た。
友人とは言え相手の方が格上だ。
「ようこそお越しいただきありがとうございます。」
玄関のホールでサフィノワ伯爵が挨拶をし、夫人とアンリエッタがそれに続く。
「クリス・クロース侯爵様、並びにハインツ侯爵令息様、ささやかですが馳走を用意しております。せっかくなので先に食事をお召しになられたらいかがでしょう?」と伯爵が提案していた。
「お気遣い頂きありがとうございます。出来ればクリスと呼んで頂ければ。そうですね庭園のお話も聞かせて貰いたい。そうしますか?」と返事をしている。
ハインツの方は一般的な挨拶を済ませた後は、この家に来た時から心あらずと言った感じで庭をずっと眺めていた。
全員で食堂に移動し、テーブルを囲んだ。
仕事でクリス侯爵と出会ったが、偶然自分の屋敷の庭が自慢だと言ったばかりに拝見させて欲しい。と言って来た。
サフィノワ伯爵の方も特に断る理由など無く現在に至る。
食事を摂りながら、庭の手入れの話になり正直言って伯爵は知識が乏しいので困っていた。
着飾る事にしか関心が無いサマンサ夫人や娘のアンリエッタの援護射撃などもちろん期待出来るわけも無い。
特にこのハインツと言う息子は何を考えているのか全然読めなかった。大変見目は麗しく、体格も申し分ないのだが、話しかけられた事に相槌は打つが発展はしない、させないと言った感じだ。これには会話が弾まずほとほと参ってしまった。
ただアンリエッタが気に入った様で、タイミングを見ながら話しかけるのだが、ハインツは社交辞令を返すのみだった。




