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私のデウスエクスマキナさん  作者: ゆきは なつき
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「九頭竜桜花」Ⅱ

祖母から半殺しと皆殺しが届いた。

どちらも私は大好きだが、とくに半殺しだ。

後でじっくり味わおう。


マンションの自室に着いた私は、廊下に脱ぎ散らかした衣服もそのままに、シャワーで汗諸共、今日の泥ついた物思いを濯ぐ。

「本当に残念だよ、葛原。ボクらの中で君だけが、変わらない夢を追っていると思って……」


――面白い…語を…クは…り…――


…アレ?何か違和感が…?

それって言ったの葛原、のハズなんだけどなぁ。

昼にもあったけど、どうも中学時代の記憶にノイズが奔るな。


中学時代、か。

現実との折合いによる妥協も羞恥もなく、声高に理想を語れた。

この先の人生がいかに実り豊かであったとしても、あの頃のような翳りのない幸せな日々はもう戻らないんだろうな。


『おいおい、寂しいこと言わないでくれよ。桜花さん、現実もそう、捨てたもんじゃない。君が私にそう教えてくれたろう?』

「あぁ、ごめん。今と、そしてこれからを悲観するわけじゃないんだ」

シャワー上がりのリビングで早々にスマホを叩いた私から、痛々しい独白を聞かされていた婚約者から文句を言われてしまった。

彼にはいつも、元気をもらってる。

ベランダに出て夜風にあたりながら、眼下に人々の明かりを望み、私は一つの決意を固める。


「私の愛しいフィアンセくん、聞いてほしい。今担当の連載がゴールしたら、もうゴールしてもいいよね?…そう、君と式を挙げたいってことだよ」

キリッという効果音とともに、私は未来へ向けて宣言した。

数瞬の沈黙の後、電波越しに聞こえる彼の慌てふためき、右往左往。

実に微笑ましいったらなかった。



…浮かれる私は、気づいていなかった。

省みようとも、していなかった。

あの時、突っ伏した葛原がしたためた鬱屈した昏い感情。

ドロリ、ドロリと床へと零れ落ちるような濁ったソレが、誰に向かっていたか。



     *     *     *



遮光カーテンを引いて朝を招き入れた私は、屈伸から始まる柔軟体操と、食事と、化粧と、スマホゲーのログインからのスタミナ消化という一連の日課を終えて出社。

少しお腹に足りない分を、食パンを咥えながら駅へと急ぐ。

別に出会いを求めてはいないけど、曲がり角でぶつかるイベントが発生しないのは、私に“主人公力”が足りないせいだろう。



「九頭竜さん、おはよう!」

「センパイ、チーっス!」

「姐さん、おはようございます!押忍!」

編集部で仕事仲間たちが迎えてくれた。

今朝は不思議といつもより眩しく映る。


「みんな、おはよう!半殺しと皆殺し、どっちがいい?」

「おぉ、有り難い!私は皆殺しが大好物なのだ!」

などと言いながら、デスクに積み上がった書類の向こうから編集長が顔を覗かせた。

何やら手招きをしてる。

差し入れの半殺しと皆殺し、もとい“おはぎ”と“餅”を置いて歩み寄る。

「…どうかしましたか?」

怪訝な表情を浮かべる編集長に、不穏な気配を感じた。

「…君宛に怪文書が届いてる。正確には、君個人の宛名をつけたメールが編集部に、添付画像付きでな」

「怪文書…ですか」

「君には悪いがこちらですでにチェックさせてもらったが、君の…人前に出せない写真だとかそういうものではなく、ウイルスの類も入ってなかった」

「編集長、セクハラですよ。…で、どんな内容だったんですか?」

「ただのキャラ設定の立ち絵ラフとストーリー原案だったよ。それもかなり拙い。大方、君が編集者であることを知った誰かによる無粋な持ち込みのつもりだったか。あるいは単にいたずらか」

「はぁ…迷惑ですね。一応、見せていただいても?」

「かまわんよ、ホラ」

「むぅ…?」「どれどれ」「私も気になる」「押すな押すな」

珍事の匂いを嗅ぎつけて、同僚たちが集まってきた。


編集長のPCのデスクトップに映るメールのタイトル、“ぼくのかんがえた…

そこまで目で追うと、ドクン…と心臓が跳ね始める。なんでだろう…。

とても…とても嫌な予感。ここで止めろ、引き返せ。

本能が警鐘を鳴らしてくる。

しかし私は、好奇心に勝てず、ポインターを当ててファイルを開いた。




――みんな、見てくれ!――

――お前、まさか…この前話した“アレ”、マジで描いてきたのか!?――


久住は眉を吊り上げながら叫んだ。

葛原と国栖も驚きのあまり声も出せないようだ。


――ふふん、皆で交わした熱い談義から生み出されたんだよ、“このコ”は!――

――いや、それ…――


誰かが制止する声を聞いた気がしたが、ボクは…かつての私は、盛大にソレの描かれたノートをもろ手でご開帳した。





“ぼくのかんがえた最強の主人公”


†ダークブラックシャドゥナイト†なる…

中学生だったボク等が7日もかけた“最強談義”を基に生み出された、記憶から抹消したはずの、九頭竜桜花の黒歴史そのものだった。


誰かが羞恥に悶え、手で顔を覆い、声なき絶叫をあげた。

どうやら私自身だ。


転倒する音。悲鳴。私を呼ぶ数多の声。

走り回る足音。それらの喧騒が遠のいていく。


目に映る世界の輪郭がぼやけていく。


…私の意識は、闇の焔に呑まれた。




     *     *     *





……


………ん?


途絶えたはずの連続する意識がここにある。

どうやら、私は生きてるようだ。

暗い…まぁ、目を瞑っているからか。

病院のベッドの上?編集部?存外、自宅の床だったりして。


だがそれにしてはおかしい。

足元から重力を感じる。背中や腹ではなく。

つまり、立っているということ。

うっすらと開けていく瞼。

ぼやけていた世界がクリアになっていくと…


絶景があった。

天然色を損なわずに反射する湖面。

テレビの特集で何度も見たウユニ塩湖に似ている。

地平線の彼方まで続く広大な浅い湖に、私は佇んでいるらしい。


ひとりの少女が、いつからか…というか最初から、手の届く距離にいたようだ。

日本の女子高生のような制服を纏った少女は、笑みを浮かべたまま口を開く。


「“フィクショニア”へようこそ!」

「…“フィクショニア”?」


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