間章Ⅱ
夜空に浮かぶ二つの月。
あぁ、確かにここは地球じゃないんだな。
濃厚な死の匂いを纏う異形が跋扈する迷宮を、私はショートカットに継ぐショートカットで地上へと辿り着いた。
油断が即、死につながる危機を脱したわけだ。
《転生直後がよりによって“あんな場所”とは、貴方よほど前世の行いが悪かったのではありませんこと?ともあれ『暗夜行路』の獲得は素直に賞賛を送って差し上げますわ。歴史上でも二桁と確認されてないレアスキル。しかも珍しいだけでなく、使い方次第で…》
「ねぇ、桜花。今後の方針なんだけど」
〈まずは文明圏を目指してはどうかな〉
「わかった、そうする」
《…って、コルァッ!!貴方、またわたくしを無視して“一人で”話を進めてんナァッ!》
「うるさい。桜花と話してるの遮らないでよ」
《ふー…わかりましたわ。もう“ソレ”は病気だと思うことにしましたわ、えぇ》
「…?」
『 』の中に宿る、意思あるスキル“悪役令嬢”は実体のない身でありながら溜め息をついた。
こんなトンデモな宿主を与えられるなんてこれも、わたくしの前世の“業”なのかもしれませんわね。
そう、“彼女”もまた『 』と同様、転生者であった。
…彼女の前世における悪行と顛末は、機会があれば語られよう。
「ねぇ、“悪役令嬢”。聞いていい?ここから近場で手頃な国家ない?」
《やっとまともに聞いてきた質問がソレ!?…ありますけど、あそこは…》
「独裁国家…かな?」
《…また桜花さんに聞いたのかしら?》
「いや、これは選択肢の中からのただの予想。…好都合ね」
酷薄な笑みを浮かべて、異世界に降り立った異物は、ゆらりゆらりと…
平原の先に聳える王都へと這い寄っていく。
* * *
「悪いな、山田。勇者パーティは3人用なんだ。っつーわけで、お前クビな」
「そんな!?俺だけなんでダメなんだ!?」
王都の中心、王城の王の間。況や王国のコア。
そこでは諍いが起きていた。
玉座に踏ん反り返る王も、重臣たちも止めるどころか、愉悦を浮かべて黙認している。
「なんでって、わからねぇのか?俺のジョブ、勇者」
「あたし、魔導士。つよつよジョブ~☆」
「私はプリースト。さて、君は?」
「…村人」
王の間を、嘲りの哄笑が包んだ。
物陰からその光景を、『 』は冷めた目で眺めていた。
〈くだらないねぇ。異世界召喚した王家と、召喚された高校生による追放劇〉
《…で?誰の側につく気ですの?追放されてる山田?勇者パーティ?…まさか王家?》
「全部却下。…乏しい。足りないわ」
《え…?》
カツン…カツン…
廊下に靴音を鳴らせ、一足早く王の間の茶番から退出した男がいた。
王に追従し、或いは本心から山田を嘲り笑っていた重臣たちの中にあって、笑いもせず、義憤も浮かべず。
彼の前に、現れたのは、耳まで裂けるような嗤う一人の女。
「こんにちは、聡明な野心家の宰相さん。…と、“5人目”の転移者さん」
「!?」
「な!?」
宰相の影から飛び出した、暗殺者のジョブを持つ少年は身構えた。
「召喚された直後にその判断は大したものね。数として認識される前に『隠密』のスキルで茶番の舞台から隠れ、最も有益な人物に密かに話しかける」
「そこまで見抜くか。何者だ」
「“私たち”はただの転生者。そして、“私”はただの“リベンジャー”。あなたたち、手を組まない?この国を一緒に転覆させましょう」
「……お、お前!?」
差し出された手を見て、暗殺者は慄き。
宰相は、…嗤った。