間章
どうやら私は転生したらしい。
死んだ経緯?どうせ読み飛ばすでしょ?前フリの現実世界の日常なんて。
一つだけはっきりさせておくと、私は一人で死んだ。
生涯で三人だけ友達がいたこの私、『 』は孤独に死んだ。
暗澹に沈む世界は、何も心情に拠るものではない。
本当に何も見えなかった。一縷の光も届かない漆黒にあって、私は『私』以外を、いや…『私』自身すらも知覚できない無明の只中。
少し、怖い。………。大丈夫、私には『彼女』がいる。
「ねぇ、桜花。この状況をどう思う?どうしたらいいかな?」
〈状況判断にはまだ情報が乏しいな。…もう少し待ってみようか〉
『桜花』は私の肩に手を添えて、よく通るアルトボイスで語り、自信に満ちた笑顔で、不安に翳る私を照らしてくれる。
「うん、待ってみるよ」
彼女の言に従い、闇の中に佇むこと…恐らくは三時間。
それは起こった。
『スキル“暗視”を獲得しました』
無機質な声が意識下へと直接響き、“何か”が私の中へと流れ込んできた。
「これは…!?」
無明の世界が終わり、黎明の世界が始まった。
〈どうだ、明るくなったろう?〉
「風刺画の成金かな?ありがとう、これで足元の靴も見える」
…はずだった。
光源を得て、確かに己が麓に横たわる鉱石混じりの地面は視認できてはいるのに。
“足元の靴が見えない”…まさかね。
脳裏を過る懸念は一先ず置いておくことにする。
問題の先送り、ではない。より切迫した問題が発生したからだ。
気配がする。明らかに好意的な存在ではない。
〈『 』ッ!振り返らずに走って!〉
「!?わかった!」
肉迫してくる禍々しいソレ。
彼我の距離は確実に削られていく。
追いつかれれば破滅。
プレッシャーと過負荷に心臓が脈打つ。
「まずい…ッ!!もうすぐ背後にッ!桜花ッ!」
〈そこの突き当りの隙間に!〉
ギリギリだった…。
私だけが入り込める壁の隙間に身を潜らせ、振り返り、目が合った。
黒く窪んだ眼窩で睨めつける異形は、己が手が届かぬと悟ると去った。
『スキル“暗夜行路”を獲得しました』
無機質な声がまたしても耳障りに響く。さっきから何なの?
今はそれどこじゃない。
恐怖に高鳴る心臓を抑えつつ、隙間から身を覗かせ、周囲を探る。
アレはこの場から去ったのかもしれないが、しばらく出歩かない方が良さそうだ。
一旦この隠れ家で落ち着こう。
掌に触れる先、岩のようなゴツゴツした感触から察するに、ここは洞窟か何か。
人の暮らす土地ではない。
私に、まだ生きる意志があるというのならいつまでもこんなところに踏みとどまってる訳にはいかない。
「ねぇ、桜…」
《ちょっと貴方!いつまでわたくしを無視なさいますの!?》
意識に直接響く無粋な声が、私と桜花の話を遮った。
「……何コレ。頭に直に聞こえるんだけど。さっきのスキル獲得うんぬんとはまた別?」
《あぁ、えぇ。それは“システム”の声ですわね。…“暗夜行路”なんてレアスキル、よく取れましたこと。あんなもの、狂人の所業が獲得条件なのに…》
「………は?ちょっと、さっきから一方的に話しかけてきて、どこにいるの、あんた」
《貴方の中よ?わたくしは意思あるスキル“悪役令嬢”ですわ!以後よろしくお願いませ。…ちなみに貴方の転生直後からずー…っと話しかけてきたのに無視!……一体貴方、誰と話してましたの?》
「誰…って、桜花じゃない。いつでも私を見守ってくれる私の大親友よ。ホラ」
《…何も視えないし、何も聞こえませんわ。…貴方が色々おかしいのは理解できましたわ。精神面もそうですけど、何よりその身体…》
「……は?」
“悪役令嬢”なる喋るスキルとやらが告げた意味は、私の意識の隙間へと浸透し、私は呆けた。