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大賢者の仕置き

 朝早いからか、食堂は人がまばらだった。

 仕事に出る前に軽い朝食を食べる独身者の村人か、宿屋に泊まっている人間くらいしかいないのだろう。

 そもそも、この村で宿屋に泊まるという人間の目的の大半は聞かずとも周知の事実だ。


 アリスがロイを連れて入ると、店の女将(おかみ)らしい恰幅の良い女性が空いてる席に通してくれた。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「・・・干し肉のスープ。あれば紅茶を」

「あるよ。二人分だね?」

「ああ」


 頷いてから、ロイの視線に気づいて苦笑する。


「アリツィア様。食事を召し上がるのですか?」


 つい、目に入ったメニューを注文してしまった。

 タケルの作ったスープの味を思い出して。


「食堂に入って注文しないなんてマナー違反だからな」


 言い訳だと自覚しながら答えていると、ふと視線を感じる。

 いつの間にか店の客たちに注目されていたのだ。


 特に変な会話をしていたつもりはないが・・・。


 まあ、でも仕方ない。

 客観的に自分がどう見えるのか自覚がないわけじゃないから。

 どっかの金持ち娘のお忍び旅行か、まあこの場所だともうひとつの理由だと思われてる可能性の方が高いだろう。


 ちょっと店の人間か客と会話して情報収集しようかと思ったのに、なんとなく難しい雰囲気だ。

 そういや、ここ数百年というもの森に籠って大賢者(じぶん)に会いに来る目的を持った人間しか相手にしてこなかった。

 だからいろいろ忘れている気がする。


 こういう場での立ち回り方はどうするんだったか。

 思い出そうとしても、過去すぎるせいか記憶にモヤがかかってはっきりしない。


「なあ、そこのお嬢さん。ちょっといいかな」


 不意に声をかけられ、つい、睨むように視線を向ける。


「なんだ?」


 紅青の瞳で睨まれた男は鼻白んだ様子で口を噤む。

 しまったと思い、意識して表情を緩めた。


「なにか用か?」


 男は、いや、男たちは5人ほどの仲間のようだ。ちょっと安堵した様子で、先ほど声をかけてきた男がまたも口を開く。


「お嬢さん、もしかして大賢者に会いに行くつもりじゃないか? なら、危険な森を抜けなきゃならない。俺たちを雇わないか?」


 見たところ、傭兵崩れのようだ。普通の村人とは違い、戦いに慣れた気配もする。声をかけてきたのは少々優男だが、後ろにいる仲間は体格も大きくちょっと人相が悪い。一般人なら見た目で気後れしそうな様相をしていた。


 やはりな。


 声をかけられた内容に、心の中で嘆息する。

 この村は賢者の森に一番近いから、大賢者に会いに来る人間はほぼ確実に寄る場所になる。

 そして、いくら街道沿いとはいえ、普通なら寄る理由もない寂れた場所だから、村に立ち寄る旅人の目的はただひとつ、大賢者に会うということになるのだ。


 つまり、そのひとりだと思われているということで。

 まさか大賢者本人だとはさすがに気付く者はいないようだ。


 ・・・面倒だな。別に隠すつもりはないが、かといって私が大賢者だと言っても簡単に信じるわけないだろうし。


 まあ、無難に流すのが一番か。


「そういうのは間に合ってるから必要ない」


 迷わず返したからか、男は少し面食らった顔をする。


「いやいや、お嬢さん。あの森は魔獣も魔物もいるんだ。そんな従者ひとりじゃ危険ですよ」


 しかし、食い下がってきた。しつこいなコイツ。しかも従者がひとりって勝手に決めつけてるし。頭が悪いのか?


 面倒になって、もう一度必要ないと言おうとしたところで。


「それに、俺たちはもう何度も森を抜けて大賢者に会ったことがある。慣れてるから安心して任せてほしい」


 男の言葉に口を閉じる。

 小さく息を吐いて正面のロイを見て。


「ロイ、最近森に来た人間たちの中で不審な行動をした者はいたか?」

「おりません。・・・ただ、谷を渡らず帰るものが最近増えているとの報告は受けています」

「そうか、そうだな」


 森の中のことなら、アリスもほぼ把握していた。

 ロイへの質問は確認のようなものだ。


「何を話してるんだ? なあ、俺たちを雇った方が身のためだぞ」


 無視されたことに焦れたのか、少し脅しめいた口調で尚も言い募る様子に、いい加減我慢ができなくなって勢いよく立ち上がると、椅子が倒れて思った以上に大きな音が出た。

 逆に周りは静まり返る。


 横から声をかけてきていた男に向き直って、しっかりと視線を合わせて問うた。


「誰が誰に何度も会ったことがあるんだ?」

「は? だ、だから大賢者だよ! お前も会いたくて来たんだろ!?」


 どこまでも嘘を重ねる様子に呆れてしまう。


大賢者(わたし)はお前らに会ったのは初めてだと思うがな」

「あ? 何を言って・・・」

「しかも、嘘を吐くだけでなく私に会いに来た人間を騙して追い返していたようだな。森にすら入らずに、金だけ巻き上げて脅して口止めでもしてたのか?」

「なんでそれを・・・」

「もしかして、ここまで言っても私が誰かわからないのか? さっきから思っていたが、本当に頭が足りないな。一から教育し直してやる必要があるのか?」


 風のない室内で髪がふわりと舞い上がる。

 つい、漏れた魔力が動かしたのだ。

 怒りの感情を覚えるのも久しぶりすぎてコントロールが利かない。


 男たちは気付いたのか、それともただ危険を感じたからなのか、一様に驚いた様子で腰の獲物に手を伸ばす。

 こんな場所で剣など抜いてどうするんだ。


『そうね。この魔法はどうかしら?』


 エリーの提案にニッと笑みを浮かべて、男たちの頭上に魔方陣を展開する。


 ちょっと痺れさせてやるくらいでいいか。

 出力を調整しようと思った瞬間。


「アリス!? なにしてんだ!?」


 大声に驚いて思った以上の強さで雷が出た。


「あ・・・」


 バリィッと音を立てて放たれた稲妻が男たちを一瞬で焼いた。

 息はあるようだが黒焦げである。


 大声の主、タケルはその惨状に驚いた顔で口を開けて。


「マジで、なにしてんの? てゆうか、この短時間でなんで問題起こせるんだよ」


 呆れた声に焦る。


「いや、これはこいつらが馬鹿なことをしてたから軽く仕置きをな・・・」

「・・・軽く?」


 重なるように倒れている黒焦げの男たちを見て、タケルが首を傾げる仕種をする。

 なぜかこういうときのタケルは怖い。


「あ、いやちょっと出力を失敗しただけで」


 とりあえず、やり過ぎたのは確かだから治癒魔法で治してやった。

 もし、暴れたとしてもどうとでもなるし。

 それで問題ないだろうと思ったのに。


「アリス、いい加減、なんでも魔法で解決しようとすんのやめろよな。そもそも店ん中で魔法使うとか、迷惑だろ? なおせばいいってもんじゃない」


 ド正論を言われて、ぐうの音も出ない。

 言い返せずにムッと口を尖らせる。


 それによく見れば、女将や客たちは騒ぎに驚いて逃げたらしく、壁際に集まっていた。

 さすがに反省して。


「・・・悪い。迷惑かけたな」


 女将に向かって頭を下げる。

 すると、意外な反応が返ってきた。


「・・・あの、もしかして大賢者様ですか?」


 恐る恐る確かめるような声。

 今までの会話で気付いたのか? 馬鹿な5人組よりはマシなようだ。


「ああ、そうだ」


 頷くと、女将たちは急に満面の笑みになって。


「うわっ、本当に? すごい!」

「噂通りの美少女、いや噂以上じゃないか!?」

「魔法も、あんなの見たことないよ。どうやってんだ? やっぱすごいな! さすが大賢者様!!」


 興奮したように声をあげた。

 思いもよらない様子に目を白黒させていると。


「この村があるのは大賢者様のおかげですから」


 聞けば、大賢者の姿が少女であることは、森から戻ってきた人間が毎回興奮したように話すので、この村では公然の秘密だったのだという。

 なぜ秘密にするかと言うと、新たに森に行く人間には言っても信じないし、そもそもそれで大賢者に迷惑がかかってもいけないという配慮からで。

 ただし、村の人間は直接見たことがあるわけではないから、アリスが店に来たときに噂通りの容姿にまさかとは思ったが声をかけられなかったのだという。

 最初に感じた視線の意味は、実はそれだったらしい。


 そして、この村はこんな辺鄙なところにあるが、森に行こうとする人間の落とすお金で、近隣の村に比べればかなり豊かなのだという。

 村人たちにとっては正に大賢者様々なのだ。


「それに賢者の森の魔獣は人を襲うこともないし、本当に大賢者様のおかげで安心して暮らしていけてるんですよ」


 なるほど、大歓迎の意味はわかった。


「あらやだ立ったままで、大賢者様、座ってくださいよ。今、料理をお持ちしますから」


 ひとしきりしゃべった女将は、倒れていた椅子を直して席をすすめると、厨房へと入っていく。

 客たちも、大賢者様の邪魔をしちゃいけないと、それぞれ自分の席に戻っていった。

 まあ、そう言いつつ興味津々な視線は感じるが、最初と違って好意的な感じだ。

アリス視点。タケル視点より書きやすいのは気のせいだと思いたい。ちょっと長くなったので分けました。次話はすぐにアップします。

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